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2.出会い

 一頻りの狂乱が去り、ホールが静まり返った頃。

 パリッと糊の効いたメイド服を着込んだ年老いた侍女が、はたきを手にしてやってきた。

 彼女は玄関扉の脇に掛けられた狩猟画の埃を払うため、私の端へと無造作に足を踏み入れた。


 背伸びをし、絵画の上部へ手を伸ばすたび、平底の作業用革靴が私の繊維をぐりぐりと踏み躙る。

 硬く鞣された革のダイレクトな硬質感が、私の面を一枚の板のように押し潰していく。重心が移動するたびに生み出される適度な摩擦と容赦のない実用的な踏み込み。作業に集中するがゆえの完全に無意識な蹂躙。

 ありがとうございます。


 夕方。

 規則正しく重々しい足音と共に、正面の扉が再び開いた。

 現れたのは、分厚い教本を小脇に抱えた男性だった。神経質そうに片眼鏡を直すその所作からして、家庭教師あたりだろうか。


 仕立ての良い高級な紳士靴。しかしその内側にある質量は女性たちの比ではない。

 ドスン、と私の上に乗り上げる、圧倒的な男性特有の肉厚。

 彼が靴の汚れを落とすために入念に足踏みをするたび、太い踵が私の中心に深く沈み込み、繊維の根元が悲鳴を上げる。床の石畳に私の身体が限界まで圧着される。抗えない絶対的な重力。

 ありがとうございます。


 夜。

 窓の外から響く豪奢な馬車の音と共に、今夜の晩餐に招待されたらしい貴族の夫妻が訪れた。

 二人は華やかに談笑しながら、この世の全てが自分たちのために用意されているとでも言わんばかりの当然の権利として、同時に私の上へと足を下ろした。


 右半分からは、ふくよかな夫のどっしりとした、しかしどこか品を保った革靴の圧力。

 左半分からは、むせ返るような甘い香水をまとわせた夫人の、細く尖ったヒールによる局所的な刺突。

 左右で全く異なるベクトルの快楽が、私という一枚の長方形の上でハーモニーを奏でる。

 夫婦の織り成す完璧な二重奏。

 ありがとうございます。


 私は満ち足りていた。

 たった一日で、これほど多様な荷重を受けた生涯がかつてあっただろうか。

 作業靴、紳士靴、そして夫妻の織り成す左右非対称の二重奏。私は冷たい石床に敷かれたまま、全身に刻み込まれたそれらの至高の感触を丹念に反芻していた。


 まさかドアマットに転生したおかげで、誰にも咎められることなく、堂々と他人の靴底に蹂躙され続ける日が来ようとは。


 ああ、なんて最高な第二の人生なのだろうか。


---


 そして、早朝。


 ぱたぱたと、遠慮がちな軽い足音が近づいてくる。

 それは昨日、大量の荷物に押し潰されそうになりながら夫人から怒声を受けていた、あの若い娘だった。


 彼女は私の前で立ち止まると、屈み込んで両端を掴み、ひょいと持ち上げた。そのまま扉を開け、外の冷たい空気の中へと私を運び出す。

 ああ、なるほど。日課の掃除というやつか。

 私はすんなりと納得した。


 しかし、彼女の手の中で揺られながら、私はある違和感を覚えていた。

 彼女の服装である。昨日、狩猟画の埃取りのために私を心置きなく踏み躙ってくれた年老いた侍女は、パリッと糊の効いた立派なメイド服を着ていた。夫人や令嬢のドレスも、当然ながら華やかだった。


 だが、彼女はどうだ。

 擦り切れ、つぎはぎだらけの薄い生地。この豪奢な洋館には到底そぐわない、あまりにも場違いでみすぼらしい服を纏っているではないか。


 バンッ! バンッ!

 思考を遮るように、彼女は手にした布団叩きのようなもので、私の繊維に詰まった泥と埃を手際よく叩き出していった。昨日の芳醇な思い出たちが空へと舞い上がっていくのは少し名残惜しかったが、これもドアマットの宿命というもの。


 やがて綺麗に土を払われた私は、外から重厚な玄関の扉を開け放った彼女の手によって、室内の定位置へと丁寧に敷き直された。

 朝の光を背にした娘が、室内へと戻るためにその小さな足を上げる。


 さあ、来い。

 綺麗になったばかりの新鮮な私を遠慮なく踏みしめるがいい。私は全身の繊維を逆立て、来るべき衝撃に備えて身構えた。


 が。


 彼女は私の直前でふわりと跳躍した。

 せっかく綺麗にしたのに汚してはいけないと気を遣ったのだろう。私という長方形を避けるように大きく脚を広げ、そのまま、ひょいと飛び越えてしまったのだ。


 えっ……


「……踏んでくれないのか?」


 静まり返った早朝の玄関ホールに哀愁漂う声が響いた。


「えっ……??」


 娘がビクッと肩を跳ねさせ、信じられないものを見るような、ひきつった顔で足元の私を凝視する。


 あ、なるほど。


 私、喋られるんだ。

 そして意思疎通できるんだ。

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