14.幕引き
義母の絶叫と、乱暴な男たちの足音が完全に遠ざかると、荒らされた屋敷には嘘のような静寂が戻った。
クラリッサは応接室を出て、玄関ホールの大階段をゆっくりと上がっていった。
二階の廊下は惨憺たる有様だった。
あらゆる部屋の扉は開け放たれ、床には空になった宝石箱や、踏み荒らされた包み紙などが散乱している。
壁に飾られていた絵も、金目のものと見なされたのか、いくつか消えていた。
一番奥の部屋。かつて自分の部屋だった場所の前で、クラリッサは足を止めた。
中には、一人だけが残されていた。
ドレスも髪飾りもすべて剥ぎ取られたのだろう。
下着同然の薄い寝間着一枚で、床に座り込んだまま、異母妹はガタガタと震えていた。
「お、お義姉様……っ」
クラリッサの姿を認めると、彼女は縋るように顔を上げた。
いつも自信に満ちて、明るく笑っていた顔が、今は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
「私、どうすれば……。お母様も連れて行かれて、宝石も、ドレスも、全部……」
血の気を失った顔で見上げてくる異母妹。
クラリッサは、しばらく黙ってその姿を見下ろしていた。
ふいに、この部屋を追い出された日のことを思い出した。
ある日突然、理由の説明なく、荷物をまとめろと言われた。
急かされるまま連れて行かれたのは、屋根裏の物置だった。埃と黴の匂いがして、窓は嵌め殺しの小さなものが一つきり。
何が起きたのか分からなかった。何か悪いことをしただろうかと必死に思い返していた。
そのうち、階下から声が聞こえてきて。
「まあ、素敵! 天井が高くてお庭も見えるわ!」
「あなたに相応しい部屋でしょう?」
「お母様、ありがとう!」
弾んだ声だった。心の底から嬉しそうな明るい声。
ああ、と理解した。
ただ、あの子が欲しがったから、自分は追い出されたのだ、と。
……改めて、異母妹の顔を見ても、不思議なほど何も湧いてこなかった。
怒りも、憐れみも、勝利の実感すら。
「もう、私を姉と呼ばないで」
クラリッサは静かに言った。
「今日から私が、この伯爵家の当主です」
「……っ」
「出て行きなさい。そしてもう二度とこの敷地に入らないで」
「そ、そんな……っ、私、行くあてなんて……!」
床に手をついて泣きじゃくる異母妹に、クラリッサはわずかに小首を傾げてみせた。
「あるでしょう?」
「え……?」
「あなたには、大勢の前で永遠の愛を誓い合った、素晴らしい婚約者がいるではありませんか」
クラリッサは、わざとらしく微笑んだ。
「彼ならきっと、すべてを失ったあなたでも喜んで迎え入れてくれるのでは?」
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それから数日後。
玄関ホールに、血相を変えたノーマンが転がり込んできた。
「ク、クラリッサ! 頼む、話を聞いてくれ!」
かつての艶やかな面影は消え失せていた。髪は乱れ、上等だったはずの服も皺だらけ。彼はひどく滑稽な姿で、クラリッサの前に膝をついた。
「騙されたんだ! 義母上が借金まみれだったなんて知らなかった! 莫大な持参金があると言われたからあんな女と……っ!」
あんな女、とクラリッサは胸中で繰り返した。
数日前まで永遠の愛を誓っていた相手を、あんな女、とは。
「……ええ。お義母様も、あなたのご実家が火の車だとはご存じなかったようですし。お互い様ではありませんか」
「なっ……なぜ、それを……!?」
ノーマンは驚愕に目を見開いた。
クラリッサは、足元に敷かれた見慣れたドアマットを一瞥し、冷ややかに笑った。
「持参金は回収されました。諦めてください」
「ま、待ってくれ! 金がなくてもいい。君が当主になったのなら元の婚約に戻そう! 君の家と僕の実家が結びつけば、少しずつでも立て直せるはずだ! 昔のように……!」
クラリッサは内心で呆れ果てていた。
この期に及んで、まだ同じことを言っている。金のなくなった異母妹に価値はないからと捨て、当主になった私に価値が生まれたから戻る。持参金に飛びついた時と、何一つ変わっていない。
すがりつこうと手を伸ばすノーマンを、傍らに控えていたセバスチャンが冷徹な動作で制止した。
クラリッサは、かつて心を砕いた男をまるで路傍の石を見るような目で見下ろした。
「見苦しいですよ、ノーマン様。あなたは先日の夜会で、大々的に真実の愛を謳い上げ婚約を発表したのでしょう? 今更それを破棄すれば、あなたのご実家は貴族社会からの信用を完全に失い、それこそ致命傷になるのでは?」
「あ……ああ……っ」
「まあ、妹と添い遂げるか、破談にして後ろ指を差されるかは、どうぞご自分で自由にお決めになってください。どちらに転んでも私には関わりのないことですから」
「そ、そんな……! 待ってくれクラリッサ! 僕たちは、昔は……!」
「……セバスチャン、扉を」
「はっ」
クラリッサは踵を返した。
重厚な玄関扉が、絶望に泣き崩れるノーマンの顔を完全に遮断した。
もう、彼に関心を割く理由など、欠片もなかった。




