↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
64/64

第12話「同じ、夜」幕間★最終話



これも、彼女の知らない、同じ夜の話の続きだ。



水の都の夜は、更けきって、まだ明けない。

記録の府の高い窓には、まだ灯りが点いている。夜のいちばん底の刻限を過ぎても、消えない。窓の灯りが、黒い水面に、細長く映っている。

都の水は、音を低くして、朝を待っている。



同じ夜は、海の向こうの帝国にも降りている。

こちらの夜は、眠っていなかった。

軍港に、いつもの夜より多くの灯りが点いている。倉から埠頭へ、夜通し、荷が運び出されていく。石畳の上を、伝令の馬がいくつも走った。夜のうちに馬を走らせるのは、朝を待てない者だけだ。

夜明け前から、あちこちの家の門が叩かれはじめた。

届くのは、王宮の紋の入った、短い文だ。日付。集まる場所。家の名。書いてあるのは、それだけ。なぜ集まるのかだけが、どこにも書いていない。

理由を書かない文が、夜の明けきらないうちに、都じゅうへ配られていった。



盾の家にも、その文は届いた。

フェルドラク邸の朝はいつもどおりに始まって、いつもどおりのまま、家令が銀の盆を書斎へ運んだ。盆の上の文には、王宮の紋。エルハルト・フェルドラクは書き物の手を止めて、封を切り、読んだ。

読み終えるまで、顔色はひとつも動かなかった。


「……支度を」


家令に告げた言葉は、それだけだった。武門の家の返事は、いつも準備の形をしている。

朝の食堂で、アルフォンスは父に呼ばれた。


「近く、家の名が動く」


父は、それ以上の説明をしなかった。しない、ということの意味を、この家の息子は知っている。


「……相手の名は」


「——まだ、ない」


まだ、ない。その四文字が、卓の上に、低く置かれた。

訊きたいことは、ひとつしかなかった。相手に名が付く日、その名が、どの海の向こうを指すのか。訊けば、この卓の上に、あの名前を載せることになる。だから、訊かない。まだ、訊かない。訊く代わりに、アルフォンスは頭を下げて、席を立った。

胸の奥では、今朝の分の灯が、いつもどおりに点っている。

世界がこれから何にどんな名前を付けても、この暦だけは、変わらないままだ。



それは、まだ名前を持たない。

名前のないものが、いちばん速く育つ。文は理由を書かないまま走り、灯は夜通し消えないまま点り、海の両側で朝だけがいつもどおりに来る。

彼女は、それを、まだ知らない。

——また、朝に。

その言葉だけが、今日も、名前を持っている。




※本作はnoteでも掲載中です。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

第2部『深海の雫は、太陽に焦がされていく』は、この幕間で完結いたしました。

(第3部『深海の雫は、太陽と溶け合う』も、準備中です)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。