とある平和な日曜日(博貴・真澄・勇真)
1996年(平成8年)7月。
真澄6歳。
勇真もうじき4歳。まだ3歳。
博貴31歳。
「じゃあ、子供たちを頼むよ」
穏やかな微笑みを残して、兄夫婦は出かけて行った。夫婦水入らずで映画デートだ。行ってこいと勧めたのは博貴だが、大ヒット中のアクションスパイ映画は、兄は好きそうだが優美はどうだろう。トム・クルーズが好きで喜んでいたから大丈夫か。
「真澄ー!」
名前を呼ぶと、居間で父の貴一とテレビを見ていた真澄が駆けてくる。囲碁番組を見せられていい加減飽き飽きしていたのだろう。真澄はキラキラとした目で博貴を見上げた。
「おいで、俺の部屋で遊ぼう」
そう伝えると、キラキラした目が一層輝く。この可愛さがたまらない。
「ユウ君、ユウ君!」
真澄が勇真を呼ぶ。父にもたれてうとうとしていた勇真はハッとした様子で顔を上げ、真澄を見て首を傾げる。
「博貴叔父さんの部屋へ行こう」
勇真は飛び起き、駆け寄ってくる。
「父さんと母さんにはナイショだぞ」
唇の前で人差し指を立てて、小声で釘を刺せば、幼い甥っ子ふたりは神妙な顔で頷いた。
「マリオ? マリオなの!?」
真澄が飛び上がって、やったー! と叫ぶ。
「静かに」と伝えて、真新しいNINTENDO64のコントローラーを真澄に渡す。
幼い兄弟ふたりは、14型のブラウン管テレビの前に正座して画面に見入る。
スーパーマリオのテーマ音楽は、おそらくすべての男児の心を高揚させる。
「ワンワンきらいぃ~」
見ているだけでプレイしていない勇真が涙目でしがみついてくる。博貴の背中にはりついて、それでも腕の隙間から真澄のプレイをしっかり見ている。
ワンワンの杭を押すステージで、真澄はもう何度もワンワンに(自分から体当たりしてしまって)やられてしまう。子供にはトラウマ必至のワンワン。
「今日はこれでおしまいだな」
そう伝えると、真澄はエエーーーっと不満そうな声を出した。
貸してみろとコントローラーを奪ってコースをクリアすれば、真澄と勇真が尊敬のまなざしでこちらを見てくる。むず痒い。
「また今度、父さんと母さんがいないときにこっそりおいで」
ふたりの頭を撫でて、居間に戻る。そろそろ兄夫婦が帰って来るころだろう。
ゲームをしたのはナイショのはずだったが、夕飯の席で勇真が口を滑らせた。真澄が勇真の頭を殴り、勇真が泣き出す。
子供たちと一緒に正座をさせられ、兄のお小言をくらう。真澄は口をとがらせて反論する。
「幼稚園のお友達も、みんなマリオをやってるもん!」
幼稚園の友達とは親同伴で互いの家に遊びにゆくため、優美は子供たちが家でどんな遊びをしているか知っている。スーパーマリオ64もその中に含まれているらしい。
優美はため息をつき、「週に一度、博貴叔父さんと一緒に1時間だけ」とルールを決めて遊ぶことを許した。
博貴には、絶対に約束を守らせるようにと、しっかり釘を刺す。博貴は神妙な顔で了承した。
その晩、勇真が熱を出した。おそらく知恵熱だろう。3歳の子供の脳に3Dゲームは刺激が強すぎたようだ。再び優美に怒られて、博貴はさすがにしょんぼり反省する。
幸い勇真の熱は翌朝には下がり、怒られたことを忘れたかのように、翌週にはまた長時間遊んで、優美に怒られた。
博貴は、甥っ子たちとこうやって、遊びながら笑う時間が好きだった。
それはまだ、真澄が山の館に行く前。真澄は普通の子供で、博貴もただの人間で、将来、真澄を殺し、兄夫婦を殺し、勇真の殺害を目論むことになるなどとは、夢にも思っていなかった頃。心の隅に痛みと悲しみを抱えながらも、まだ家族を愛し、家族と笑い合うことができた時代――血にまみれた手を握りしめながら、それでも大切に、彼の心の底にしまい込んでいる想い出のひとつ。




