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幼虫(寅三)
1923年(大正12年)10月。寅三9歳。
「寅さん!」
鼻たれ小僧が頬を上気させて駆けてきた。
両手いっぱいのカブトムシの幼虫を、寅三に得意げに見せてくる。
いつもならば子供のふりをして一緒にはしゃいでいるところだが、今日の寅三は友人の幼さを嫌悪する。寅三の中に潜む大人が、児戯を拒否する。
おそらく、ひと月前の、母とふたりの姉の震災死が寅三の心を蝕んでいるのだ。
友人と同じように、子供らしい感覚で、子供らしい感情で、くだらないことで笑い、戯れようと決意するのに、その決意は長く続かず、すぐに彼の中の大人が子供の遊びを嘲笑しだす。子供特有の愚かさを嗤いだす。この世の無常に気づかぬ者を唾棄する。
「元の場所に返してやりたまえよ。可哀想じゃあないか」
つっけんどんに吐き出す正論に、友人の顔が硬くなる。つい今しがたまで友人だったはずの少年は、その瞬間、寅三の敵になった。子供らしい素直な喜びに輝いていた頬は、羞恥と怒りにすげ替わる。
寅三は、少年に背を向けた。その背中に、少年が、両手いっぱいの幼虫をなすりつける。命が潰れる感触を背中に感じ、寅三は嗤う。その潰された幼虫たちが己の魂のような気がして嗤った。




