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38.透視の魔女、魂を解放する

 あの夜会からソラールへ戻り、一ヶ月が経った。

 ステラノヴァではさまざまな調整や、法整備、それから議会の改革が進められているとセルジュ経由で報告があった。アラン様は王位継承権を剥奪されたらしく、今は離れの塔に閉じ込められていると聞く。ギルバート様への教育が始まったよ、とセルジュが複雑そうな顔で教えてくれた。

 フォレスター家については、セルジュはあえて私に報告をしないようだった。彼の配慮は嬉しかったけれど、ミリアムのことは気がかりだった。どこかで会えたらいいのだけれど、と思いながら仕事をこなしているだけで、瞬く間に時が過ぎていく。

 ヘンリー陛下から再度招待状が届いたのは、少しずつ日が長くなり始めた夏の訪れの頃だった。招かれるままにセルジュとステラノヴァへと訪れる。陛下は少し疲れた顔をしていたけれど、私達を見て表情を綻ばせた。

 

「王笏の宝石を新しく取り替えようと思ってな」

「まあ、『至上の青(ザ・ブルー)』に?」


 あの夜会の後、私は『至上の青』をヘンリー陛下へとお渡ししていた。両親とも話し合ったが、元々はステラノヴァ王室の至宝だ。他国へ嫁いだ私が持っているよりも、王家の手元にある方が良い、という結論になった。ちなみに、本来なら王位継承権が生じるはずの父だったが、「私はそんな器ではないからね」と柔らかく断ったらしい。そんなわけで、ヘンリー陛下のノヴァリア王朝継続が議会で承認されたという。ただ、弟のニコラスが成長した時には、改めてどうするか相談したいと、ヘンリー陛下から打診が来ていると、父からの手紙には記されていた。


「宝石があった方が、王笏として見栄えがいいと貴族達が言うものだからなあ」

「古くは王権の象徴ですし、丁度良いのではないでしょうか」


 忌憚のない意見を述べると、やはりそうか、とヘンリー陛下が頷いた。


「その前に、やることが一つある。今日、招いたのはその件だ」

「やること?」


 セルジュと顔を見合わせて、二人で首を傾げた。ヘンリー陛下が徐に謁見の間の窓を開け放つ。風がびゅう、と吹き込んだ。空の彼方、遠くの方から人影が近づいてくる。

 銀色の美しい髪を靡かせて、箒に乗った魔女が優雅に降り立った。私は、あ、と声を漏らした。


「お初にお目にかかります、ステラノヴァ王、ソラール王、それにソラール王妃様」

「フレデリック様の日記に、出てきた……!?」


 なんてこと。百年前の日記に出てきた魔女が、目の前にいる。しかも、日記で見たままの姿で!

 驚いて口を開ける私に、魔女――アリオトが微笑んだ。


「私はアリオト。ルナ・ウェトゥスの魔女です。遠方の地に住まう魔女をお招きいただいて、恐悦至極ですわ」

「遥々、よく来てくれた。……実は、彼女から頼まれてこの場を設けたのだ」


 頭に被った大きな三角帽を取り、一言呟くだけで箒が姿を消した。これが魔術か、とセルジュが驚く。『至上の青』へ歩み寄ると、アリオトはそれを手に乗せる。


「『至上の青』はその役目を果たしました。この石は、きっと国を守り続けるでしょう。……今日はその中の魂を、あるべき場所に返しに来たのです」

「フレデリック様のこと、ですね」


 私が尋ねると、アリオトは柔らかく微笑んだ。


「ええ。少しお借りしてもいいかしら」


 魔女アリオトが『至上の青』を手に取る。ふう、と息を吹きかけると、青い宝石の内部に淡い光が灯る。魔女の吐息を受けて、内側から霧のように青い光が漏れて――一瞬だけ、フレデリック様の姿を模って、そのまま光は陽光に溶けて消えていった。ああ、終わったのだな、とそんなことを思う。


「これで、『至上の青』からフレデリックは解放されたわ」


 黒いドレスの裾を摘んで、アリオトは深々と礼をする。私もセルジュも、ヘンリー陛下も、彼女へ敬意を示して礼をした。遠視の魔女は優しく笑って、指を鳴らす。ぽん、と軽い音と共に箒が出現した。


「月の国の魔女から、新たな光に祝福を。星の国と太陽の国に、幸多からんことを」


 そうして、アリオトは再び箒にまたがって、風のように東へと去っていった。


 ☆


「プリム。君に……謝らなきゃいけないことがある」

「どうしたの、セルジュ。改まって」


 ステラノヴァからの帰り。馬車の中で、セルジュが私の手を握って俯く。覗き込むように彼の目を見つめると、セルジュが呻く。


「……君を愛しているのは本当だ。けれど、始めのうちは君を、利用しようと思っていた。僕はどうしてもギルバートを擁立したかったから、君の家の協力が欲しかった」

「ええ、良い選択だわ。フォレスター家が恐れていたのは我が家だもの」


 慧眼ね、と言えば、セルジュの眉間に皺が寄った。


「だが、僕がステラノヴァから君を連れ出したせいで、君は辛い目にあった。……ごめん、プリム」

「よいのです。セルジュ、あのね」


 秘密を打ち明けるように、私はセルジュの耳元に唇を寄せる。


「私、あなたに一目惚れだったの。だから、連れ出してくれて嬉しかった」


 囁けば、セルジュが真っ赤になりながら仰け反った。そんなになるかしら、と思いながらも私はくすくすと笑う。


「なっ、えっ!? だって、全然そんな素振り、なかったじゃないか!」

「婚約破棄されてすぐに他の人を好きになるだなんて、貴族令嬢として失格でしょう? だから、抑えていたんです」

「……ごもっともだけど」


 ずるいぞ、プリム。と呟く夫は、ソラールに戻っても顔が赤いままだった。

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