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37.ステラノヴァ国王、沙汰を下す

 貴族達が揃って、その姿を見てああ、と吐息を漏らした。『歪曲の赤(ルージュ)』の効果が切れた今、私たちは彼を正しく思い出す。どこかの歴史書で、どこかの肖像画で、その名を無自覚に知っていることを。


「『歪曲の赤』の呪縛が解けた。魔女の最後の計らいだ、この罪は俺が裁く」


 私と同じ青い瞳で、フレデリック様がヘンリー陛下に向き合い告げる。


「当代ステラノヴァ王よ、我が愚弟の裔よ。よく、百年この国を保たせてくれた」


 陛下は信じられないものを見ている、という顔で玉座から立ち上がった。勢いのままに階段を降り、フレデリック様に頭を垂れる。


「……身に余るお言葉です」


 うん、とフレデリック様はその姿に微笑んでから――フォレスター伯爵へ向き直る。


「その上で告げる。フォレスター、お前のやり方は間違っている」

「百年前の王、自らお出ましになるとは。これは手品の類ですかな、プリムローズ」


 ジェラルドの額に汗が滲んでいる。無理もない、私だってこんなことになるとは思っていなかった。かつての王と、簒奪者の末裔が向き合っている。現実離れした光景だ。


「俺は手品でも何でもない、この宝石(ザ・ブルー)に宿る魂の断片だ」


 眩く光る『至上の青』は、今まで見た中で一番の輝きを放っていた。夜空に光る一等星のように、美しい。その輝きと同じ色で、フレデリック様はジェラルドを見据えた。


「百年、中枢に食い込んだフォレスターが何をしてきたのか。俺は『至上の青』越しにずっと見ていたよ。なあ、ジェラルド。お前の言うとおりだ。収賄や脱税もあったし、勝手な法律を王名義で作ったこともあった。そうだな、フォレスター」


 ぎり、と歯軋りの音が聞こえた。フォレスター伯爵の余裕が、崩されている。


「全て、ステラノヴァのためだ」


 這うように低い声はけれど、先ほどよりも切迫している。


「フォレスターの裔よ。滅私奉公をしろとは言わん。働きに代価が必要なのもわかる、手段を選べない時だってあるだろう。だが、お前達はやりすぎた。周りの理解を端から無いものとして、身勝手に振る舞いすぎだ」

「だが、今まで許されてきた。私たちの執政を、皆受け入れてきたのだから」

「……誰ももう、黙っていられる状況じゃない。お前だって、本当はわかっているんだろう?」


 ジェラルドが、拳を握りしめて黙している。確かに、『至上の青』があれば全ての目論見は成就したのだろう。けれど、『至上の青』そのものに拒まれているのだ。フレデリック様の言う通り、フォレスター家には後がない。


「だいたい、黙ってる他の家門もそうだ。お前たち、やればできるんだから、働きなさい」


 フレデリック様がそう言うと、皆、ぽかん、と口を開けた。


「……何?」


 フォレスター伯爵さえも、呆気に取られていた。何を言い出すんだと、眉根を寄せている。


「そうだろう。フォレスターだけ、いや、誰か一人だけにすべてを任せるからこんなことになるんだ。だったらみんなで決めたらいい」


 ヘンリー陛下や、両親、セルジュですら目を見張ってフレデリック様の言葉を聞いていた。ジェラルドは、二の句が告げないまま口を噤んでいる。


「俺の父親が始めてしまった戦――青橙戦争は、一人で決めた愚行だった。貴族の後押しは確かにあったが、開戦は王が決めた。今の歪んだ体制だって、フォレスター家だけが決めて、抱え込んで維持していた。だったら、そんなことすぐ始められないようにすればいい」


 目から鱗だった。たった一人に権力を持たせすぎるからこうなるのだと、かつての王がそう言っている。


「百年、ずっと考えていたんだよ。王は飾りでもいい。貴族に多く資産が配分されたっていい。だが、それは健全に民を思って政が執り行われるのが大前提だ。そうだろ」


 何のために貴族階級に権力を与えられているのか。その意味を考えろと、フレデリック様は暗に告げていた。呆然としていた貴族達が、フレデリック様の言葉に背筋を伸ばしていく。


「その過程で、歪みや不満が出るのなら、是正しないといけない。だけど、たった一人がそれを背負うのはあまりにも酷だ。責任がありすぎる。それは、王であれ、誰であれ、同じことだ」


 フォレスター家が担ってきていた部分は、確かに必要悪なのかもしれない。だけれど、誰も感知しないままそれが行き過ぎるとこんなふうに澱が積もる。フレデリック様が皆を見渡して、声を張る。


「一人が間違えたって、周りが止めればいい。……その為に、何をしたらいいか。よく考えてくれ」


 その通りだ、と背後でセルジュが呟く声がした。私も小さく頷く。ちら、とジェラルド・フォレスターを見れば、信じられないものを見たとでも言うように、毒気を抜かれた顔をしていた。

 フレデリック様が、玉座を降りたヘンリー陛下へ視線を送る。


「ヘンリー・ノヴァリア。俺の話を聞いて、この国をどう運営するかはお前に任せるよ。だが、どうか忘れないでくれ。上に立つものの責任は、一人だけが背負う必要はない。……こんなこと、二度と繰り返してくれるなよ」


 新月の夜に輝く『雫星』ほど光っていた、青い宝石の明滅が止まる。フレデリック様の姿が揺らぎ、瞬く間にかき消えた。そのあとは、黙して、ただ握られる石となった。

 夜会はしん、と静まり返っている。誰もが俯き、所在なく、己の罪を振り返っていた。そして、これからの身の振り方を考えているのだろう。

 口火を切ったのは、ヘンリー陛下だった。


「……ソラール王妃、いや、プリムローズよ。この国のために、身を挺してくれたのだな」


 ぽつりと、呟くようにヘンリー陛下がそう仰る。


「私は、ただ――知ってしまった者の義務を果たしただけですわ、陛下」

「だとしても、だ。我が国を想っての行動、王として深く感謝する」


 玉座へ戻り、陛下が王笏をとん、と鳴らす。嵌め込まれた宝石のない王笏の音は軽かったが、不思議とその音は会場に響いた。


「沙汰を下そう。みな、聞いてくれるか」


 ヘンリー陛下が、宝石の砕けた王笏を手に、王令を下す。俯いていた人々が、顔を上げた。


「アランよ」


 名を呼ばれたアラン様は、椅子から跳ね起きた。唇を噛み締めすぎたせいで、血の気が失せて真っ白になっている。


「甘言に耳を貸し、自分で考えることをやめた者に、上に立つ資格はない。頭を冷やせ」

「ち、父上、俺は……!」


 陛下の視線だけで衛兵が動く。真っ青な顔のまま、アラン様が喚き散らしながら広間から連れ出されていった。

 ヘンリー王は、不出来な息子を見送って、ため息をつき。それから、黙り込んだまま動かないジェラルド・フォレスターの名を呼んだ。


「……お前のやってきたことは、確かに国の為を思う部分があった。だが、その罪は贖わねばならん。話をよく聞かせてもらってから、お前の罪を定めよう」

「……好きにしろ」


 衛兵に両脇を囲まれ、ジェラルド・フォレスターは夜会を後にする。一瞬立ち止まり、私の目と、輝きを失った『至上の青』を名残惜しそうに見つめて――おとなしく、去っていった。

 くら、と体が傾ぐ。セルジュがそれを受け止めて、後ろからぎゅう、と強く抱きしめられた。


「どうなるかと思った。君はいつも無茶をするから……」

「セルジュがいたから、頑張れたのよ。ありがとう」


 セルジュの温もりが、体に伝わる。ジゼルやマティアス様、両親が駆け寄ってきて、よくやったと口々に言ってくれるのが嬉しかった。ふと、ミリアムが気になって彼女の方を見る。アラン様の隣に座っていた彼女はやおら立ち上がって、私の方を見ていた。しばらく見ていると、何事か呟いて、ふい、と目を逸らしてしまった。 

 私の気のせいじゃなければ、ありがとう、と言っていたと思う。

 彼女の元へ行こうか迷っていると、ヘンリー陛下が私に近寄って、頭を下げた。


「陛下、頭を上げてください」

「そうもいくまい。長きに渡り、貴女には不名誉な噂が付き纏っていたが――もはやこの国に、貴女を蔑むものは居ないでしょう。隣国の王妃として、この国の行く末を見届けてくれるかね」

「ええ。隣国の王妃として、生国の変革を楽しみにしております」


 断罪劇は、こうして幕を閉じる。もう、私を『凍て星』と囁く者は、いなかった。

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