36.元公爵令嬢、罪を暴く③
「以上が、私のお伝えしたかった三つの罪。そして、これらの罪の背後にいる男こそ、私を攫い、閉じ込め、殺そうとした者」
淡々と、事実だけ伝えようとするけれど、どうしたって声が震えてしまう。セルジュが、ふらつく体をそっと支えてくれた。射抜くように、強く視線を送って。私は男の名を呼んだ。
「そうですわね、ジェラルド・フォレスター」
もはや敬称すら付けず、私は毅然とフォレスター伯と対峙する。くつくつ、と喉奥を鳴らしてジェラルドは笑った。玉座の隣に控えていた彼が、階段を降りて私に近寄る。肩に置かれたセルジュの手が強張った。
「……なるほど、全てがフォレスター家の陰謀だと、プリムローズ様は言いたいようだ。だが、私が貴女を攫う理由がないでしょう」
周りの貴族を見渡して、ジェラルドは首を傾げてみせる。私は手にした扇子を閉じて、ジェラルドに突きつける。
「この宝石を手に入れたいからだと、あの牢屋であなたは言った。『至上の青』があれば、『歪曲の赤』の効果を延長させることができたのでしょう? フォレスターの支配を続けるために、あなたは『至上の青』を手にしたかった」
『至上の青』がどういう仕組みか、私にはわからない。でも、殺意や悪意を跳ね返していたのは、当事者だからわかる。宝石だけを手に入れようとして、失敗して。私ごと攫った。だけれど、私が生きている限りは手出しができない。だから、飢えさせて殺そうとした。
「でも、あの宝石は私が砕きました。あなたの、いいえ、フォレスター家の企みはもうおしまいです」
静かに言い放つ。
罪を指摘し終えた私を見て、ジェラルドはあろうことか――大きく口を開けて、嗤った。声が、大広間に響き渡る。
「随分とお綺麗な言葉を並び立てるのだな、アステールの裔」
這うような低い声で、ジェラルドが広間中の貴族に語りかける。どこか蠱惑的な眼差しで、フォレスター伯はじっとりと一人一人、彼の掌中に収めてきた貴族を見つめていく。さながら、呪いを纏わりつかせるように。
「我が家門が、どれだけこの国に貢献したと思っている?」
肌が粟立つ。けれど、私は目を背けない。ジェラルドは最後、真顔に戻って私を睨め付けた。紫色と視線が交錯する。
「ああ、そうだ。全て認めよう。王位簒奪、誘拐、殺人。その他様々な罪と呼ばれる行為を、私たちはやってきた」
声も出せぬまま、皆が彼の声に耳を傾ける。華やかなりし社交界、その裏側を担い続けた末裔が、夜会の明かりでその正体を表す。
「貴方がしているのは越権行為だわ。国を私物化しているのも同然よ」
「王がただ玉座に座るだけでは、国は立ち行かぬ。時には手段を選ばずに解決せざるを得ない事態もあった。だが、どの家門も――王さえも。己の手を汚すことを嫌がった。だから、全てを行う我々が、執政に深く携わった。それは罪か? プリムローズ」
毒のように胸に沁み込んでくる言葉はけれど、誰も拒み切ることができない。必要悪だろう、とジェラルドは微笑んでさえみせる。私は静かに頭を横に振った。
「だからって、誰かを踏みつけにしたり、民を蔑ろにすることが許されるわけではないでしょう。目的のためなら、手段をも問わないと?」
何を当たり前だ、とでも言うように、ジェラルドは鼻で笑う。
「無論だ。この国はそうやって、栄華を極めてきた。そのための犠牲など、微々たるもの」
大仰に両腕を広げて、支配者のようにフォレスター伯爵は高らかに宣う。
「民は我々が管理し、国の行先は我々が舵を取ろう。私達以外は何も考えずとも、ただ運命に身を委ねればいい」
誰もが言葉を失った。ヘンリー王を含め、玉座の隣に影のように佇んでいた男を、高位貴族すら咎められない。彼のしてきたことは確かに罪に塗れていたけれど、誰も糾弾できない程に、この国に根深く影響してしまっているのだ。水面下で行われていた、フォレスター家との間で発生した収賄、保身や利得。甘い言葉に唆された経験に、誰しも心当たりがあるのだろう。
「理想だけでは国家など成り立たぬと、お前もわかっているはずだ。プリムローズ。……さあ、その美しい輝きを、『至上の青』を渡しなさい。私が、お前達を導いてみせる」
ジェラルドは恍惚と、私の手にする『至上の青』へ手を伸ばす。ああ、この男は、どうしようもなく破綻している。
思わず一歩後ずさるけれど、男は歩みを止めない。セルジュが腰の柄に手をかける。どうしよう、二人を止めきれない。祈るように『至上の青』を握りしめた時。
――握った手から、青い光が溢れ出す。
「触れるな、簒奪者」
不意に、声が響いた。獣のように低く唸る声は、セルジュのものではない。日記を見た時に聞いた声。
「プリムローズ、よくやった」
幻影なのだろう、体はうっすら透き通っているけれど。その姿を見て、誰もが息を飲んだ。
「フレデリック様……」
百年前のステラノヴァ国王、フレデリック・アステールが、ジェラルドの前に立ちはだかっていた。




