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35.元公爵令嬢、罪を暴く②

 フォレスター伯爵の方へ、視線が集まる。


「ええ、確かに。アラン様にはこのジェラルド、助言をさせていただきました。王はここのところ公務でお忙しくされていたから、何か休ませてやれないか、と相談されたのでね。眠剤を飲んで貰えばいいとはお伝え申し上げたが……まさか、酒に睡眠薬を入れるとは、私も思わなんだ」


 平坦な調子で、ジェラルド・フォレスターはそう宣う。アラン様は放心した様子で、虚ろな眼差しのまま、椅子にゆっくりと沈み込んだ。


「お分かりいただけたかしら。これが、二つ目の罪」


 アラン様はぶつぶつと、何かを呟き続けている。背後で動いていただろう男の方をきっ、と睨みつけると、ジェラルドは唇を歪めて――笑った。背筋に寒気が走る。


「……先ほどから聞いていると、プリムローズ様は、私に対して恨みでもお有りのようだ」


 ありまくるわよ。毒殺と暗殺と誘拐と監禁と餓死を目論まれたらそりゃああるわよ。……なんて、はしたない言葉を喉の奥に引っ込めて、私は怒りをやり過ごすために手のひらに爪を立てた。冷静に追い詰めなければ、いつでもフォレスター伯爵は優位な立場になってしまう。そういう風に、フォレスター家がこの国を作り替えてしまったから。


「あら、そうかしら。たまたま、フォレスター家に縁のある物が手に入るので、私も驚いておりますの。まるで、伯爵様に何かあるみたいで」

「ほう。……一体、なんの罪状を暴こうとしているのですかな、ソラール王妃よ」


 紫色の瞳が、少しだけ愉悦に光って見える。この状況を楽しんでいるのなら、この男は常軌を逸している。というか素直に気持ちが悪い。セルジュの方へ少し近づきながら、ある書面を受け取る。


「これは、百年前の宝物庫の記録です。管理していた家は、フォレスター家」

「……ほう」


 ジェラルドが目を細めた。


 「百年前、その王笏が破損したとの記録がありました。修理を手配したのは当時のフォレスター家」


 ステラノヴァ王に代々伝わる王笏。据えられた真っ赤な宝石が、鈍く不気味に夜会を照らす。


「百年前、フォレスター家は、ただの宝石を『歪曲の赤(ルージュ)』と呼ばれる魔石にすり替えたのです」

「なんと、魔石……?」


 ヘンリー王が首を傾げて自分の手にした王笏を見つめた。血のような赤が、シャンデリアの光を返す。


「『歪曲の赤』、それは、人々に都合のいい認識をもたらす魔石です。今、陛下が手にしているその石こそが、諸悪の根源」


「百年前。青橙戦争でステラノヴァを導いていた王の名を、覚えていらっしゃいますか」

「……メルヴィン・ノヴァリア、ではなかったかな」


 百年前の王か、とヘンリー陛下が呟く。


「彼には双子の兄がおりました。その名を、フレデリック・()()()()()


 かしゃん、と誰かの手にしていた食器が床に落ちた。周囲の視線が私を、それから両親を見る。


「フレデリック王は弟のメルヴィンの罠にかかり、王位を簒奪されて失意のうちに亡くなりました。その手引きをしていたのが誰か。……あなたなら、知っていますね。ジェラルド・フォレスター伯爵」


 貴族の視線が、王の隣に控えるジェラルドに向く。


「百年前……さて、何のことやら」

「しらばっくれても無駄ですわ、伯爵。すべてはこの、フレデリック・アステールの手記に書いてあります」


 セルジュが懐からあの日記を取り出した。ヘンリー陛下に手渡すと、最初のページに記された紋章を確かめる。百年前のステラノヴァ王家の紋章、そしてその下にフレデリック・アステールの署名。


「そんなもの、王を名乗る不届きものの贋作でしょう、陛下。……仮に真実だったとして、自分がステラノヴァの正当なる王位継承者とでも言いにきたのですかな、プリムローズ様」

「そうね、継承権は不要だけれど……ステラノヴァ王国を治めていた正当なる血筋として、あなたに伝えさせていただくわ」


 しっかりと。ジェラルドの、昏い紫の目を、見据える。震える手に、セルジュの手がそっと触れる。大丈夫だ、と小さく囁いてくれるのが、心強かった。

 もう、負けない。


「フォレスター伯爵。当時、王位継承権を剥奪されていたメルヴィン様を唆し、実際に王権を簒奪させた黒幕。フォレスター家の罪を、あなたはまだ重ねている」

「何を証拠に」


 物的証拠はない。状況証拠はあるけれど、私の訴えだけでは弱い。だから、まず、周りの目を覚まさせなければ。


「その前に。今、皆様の呪いを解いて差し上げますわ」


 私の声に反応するように、『至上の青(ザ・ブルー)』が光り輝く。ヘンリー陛下へ歩み寄り、彼の手に持つ赤い宝石に、光り輝く青を近づけた。


「『我が血において、その権能を打ち消さん。偽物の赤よ、疾く打ち砕かれよ』」


 赤い宝石が、『歪曲の赤』が、パキン、と音を立てて罅割れる。そのまま石は砂に変わり果て、さらさら……と床に零れていった。


「ジェラルドよ……なぜ、私の隣に控えている? そこは、宰相の座であろう?」


 心底不思議だ、というように。ヘンリー陛下がそう言った。おや、とフォレスター伯爵が少し驚いている。周りの貴族たちも、口々に伯爵家のいるべき場所ではないとジェラルドへ非難の視線を向けていた。どうして、と騒めく聴衆に、私は続ける。


「『歪曲の赤』は、メルヴィン王によって使われました。その効果は、ステラノヴァにいる民全てに向けられていて、百年続く強力なものです」


 日記を開いた時の光景を思い出す。メルヴィン様の狂ったような笑い声が、頭の奥で響いているような気がする。少しだけ怖くなって、隣のセルジュの手をぎゅ、っと握り返した。


「メルヴィン王は、こう願ったのです。――自分を王にと。そして、それを叶えるべく動いてきたフォレスター家が執権を握れるように、『歪曲の赤』はフォレスター家に力を与えたのです」


 フォレスター伯爵は、私の話を遮らずに、大人しく耳を傾けている。


「正確な効果は推測しかできませんけれど。おそらく、フォレスター家のすることが、何にも阻まれないように、私たちの認識が歪めらるようになっていたのでしょう。……例えば、ヘンリー陛下のお隣に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、誰も咎めないように」


 だから、フォレスター家はずっと、伯爵家にも関わらず、執政の中央に根を張り続けることができたのだ。


「そして。フォレスター家の甘言は百年、ステラノヴァを蝕みました。でも」


 夜会の席を眺める。俯き足元を見つめる紳士。扇子で私の視線を遮る淑女。ええ、そうね。貴族達は皆、甘い言葉が好きだから。自分の利益を一番に考えていたから。私の言葉を、私の視線を拒むのでしょう。


「誰も、拒まなかったでしょう。それが、三つ目の罪」


 貴族達は、何も言えなくなっていた。『凍て星』と蔑んだ女に、真実を突きつけられても、誰も向き合うことができない。皆一様に顔を青くして、私から目をそらす。

 ただ一人。

 ジェラルド・フォレスターだけが面白い、と呟いた。

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