34.元公爵令嬢、罪を暴く①
「三つの罪……?」
罪などない、と貴族たちが囁き合う。なんの話だ、と彼らの声に非難の色が混ざる。まったく、自覚がないとはやっかいなものだわ。
「ではまず、私がなぜ、行方不明と公表されたのか。――単刀直入に申し上げますと、殺されかけました。誘拐されてから拉致監禁されまして。危うく飢えて死ぬところでしたの」
「誘拐!?」
ヘンリー王が声を荒げてくださる。うんうん、と私は頷いた。
「その前にも毒殺未遂、暗殺未遂がありまして。現場にはこのような短刀が」
目で合図を送ると、セルジュが懐から短剣を取り出す。玉座のヘンリー王がそれを検め、紋章に気づきはっとした顔をなさる。
「フォレスター家の紋章か」
「左様にございます」
ちらり、とジェラルドを見る。全く動揺していない。そうだろう、と私は息を吐く。こんな証拠で揺れる男ではない。
「ジェラルド、これはどういうことだ」
「……畏れながら。誰かがフォレスター家を謀ろうとしているものかと」
白々しい。……だが、口に出してはいけない。今はまだ、私が不利な状況だ。『凍て星』がなにか企んでいる、と大方の貴族は思っているだろうから。私がフォレスター伯爵に監禁されました、なんて馬鹿正直に言ったところで、気が狂ったと評価されるに違いない。だって、私、そのくらいステラノヴァ貴族に疎まれているもの。
「私を陥れようとしたものが誰なのかについては、後ほどわかるでしょう。一つ目の罪、つまり、ソラール王妃殺人未遂」
「……なるほど」
毒殺、暗殺、誘拐、監禁。そんな、悍ましい単語を貴族達が口々に囁き合う。どん、と手にした王笏を床に突いて、ヘンリー王が静寂を要求した。
「それで、二つ目とやらは」
「それは身に覚えがあるのではありませんか、ヘンリー陛下」
陛下が眉根を寄せる。
「……私が婚約破棄された夜会を覚えていらっしゃいますね。あの夜、なぜか、ヘンリー陛下は欠席されておりました。ステラノヴァの夜会は王侯貴族の社交の場、基本的には全ての家門の出席が望まれるものです」
「……おい」
アラン様の方から焦ったような声が聞こえる。私は気にせず続けた。
「公には体調不良、と伝えられておりました。ただ、のちに我が夫から聞きましたけれど。陛下は大変よくお眠りになって、夜会の終わった朝に目覚められたとか」
ギャラリーが騒ついている。アラン様の顔色が悪くなってきていた。青ざめて、唇がぷるぷると震えている。
「ですが、おかしなことです。私の知るヘンリー陛下は、どんな行事も欠かさずに出席なさる聡明なお方。体調管理が王の勤めだと、仰っていたのを聞いたことがあります。そうですわね、陛下」
「ああ。あの日は……そうだ。夜会に出る前にな、酒を一杯飲んだ。普段はそのくらいでは全く酔わぬが……気づけば朝になっていた」
訝しみながらヘンリー王が呟く。隣のアラン様が唇を噛み締めている。私は口角をあげた。ジゼル、と小さく侍女の名を呼ぶと、控えていた彼女が私に小さな小瓶を差し出した。
手の中で転がすと、錠剤が音を立てる。
「それは……私の眠剤、か?」
「ええ。調べたいことがあって、医務室より拝借させていただきました」
もちろん許可は取っていますよ、と申し添える。陛下が、私の手の中の薬を見て――それから、アラン様の方へと視線をやった。
「そんなふうに眠ってしまうほどの出来事が、仕組まれていたら。当然、夜会には出られませんわよね。そう……例えば。お酒の中にこの睡眠薬が入っていたとしたら、どうでしょう。ねえ、アラン様」
「……っ! し、知らん! 何の話だ、プリムローズ。隣国王室に嫁いだからと調子に乗っているなら、いい加減にしろッ! 大体、そんなことを俺がして、なんの徳があるって言うんだ!」
ヘンリー陛下の顔色がすぐれない。自分の息子がしたことに思い至ってしまったのだろう。私は貴族達にわかりやすいよう、それを言語化する。
「――夜会に王がいなければ、アラン様の一存で婚約破棄が進むでしょう?」
貴族達がひゅっ、と息を呑んだ。王に薬を盛って眠らせる行為が何を指すか、アラン様以外は皆知っている。そんな周りの反応も解らぬまま、アラン様が勢いよく立ち上がった。
「さっきから聞いていれば、何なのだ貴様っ! さてはプリムローズを騙る魔女だな? 俺のプリムローズは淑やかで、凍てつく星のような女だ。こんな、ぺらぺらと小鳥のように話す女では」
「ちょっといいかな、アラン王子」
顔を真っ赤にしながら捲し立てるアラン様を、セルジュが笑顔で制する。ああ、彼を怒らせたな、と私は呆れた。
「彼女はお前のものじゃない。それと、これはここにいる者に告げておくが――今後、プリムローズへの侮辱は僕に対する侮辱として受け取るから」
さすがセルジュ、笑顔が怖い夫だこと。私は貴族たちが怯える姿を愉しみながらも――少し趣味が悪い自覚はあるのだけれど、虐げられていた鬱憤が晴れるわ――アラン様へ、更なる証拠を突きつける。
「錠剤の個数は、侍医が管理していらっしゃるはずですよね。私、その記録を確認させていただきましたの」
医師の記録した睡眠薬の管理状況を、ジゼルから渡される。ぺら、ぺらとめくれば、夜会の日取りが目に入った。
「夜会の日。一粒、多く減っておりますわね」
陛下がアラン様の方を見つめた。夜会に集まった紳士淑女、令息令嬢の冷たい視線が彼に突き刺さる。
「っ……! 違う、俺はただ、お疲れ気味の父上によく眠って欲しくて」
シーン、と。私が入場した時のように、再度貴族たちが静まり返った。さっきまで眉間に皺を寄せながら私の話の行く末を待っていたヘンリー陛下が、驚愕に目を見開いている。アラン様だけが、何もわからない、といった顔でオロオロと周りを見渡していた。呆れた、自分が何をしたかもわかっていなかったなんて。
「……アラン様。王に無断で、しかもお酒に睡眠薬を混ぜるなんて」
「な、なんだよ。何がいけないんだ……?」
「無知は罪ですわね。配合によっては、今頃ヘンリー様は目覚めぬ眠りの中ですわ」
「え……」
アラン様が初めて知った、という顔で愕然としている。そもそも王に無断で薬を盛る時点で罪深いというのに、その組み合わせが命取りになることも知らぬまま使ったとは。一体、誰がこんなに彼を愚かに教育したのかしら。
ヘンリー陛下が、難しい顔をしながら息子達のことを見つめていた。アラン様と、それから、ギルバート様のことを交互に見て、ため息。
「お、れは。そんな、父上を、殺すつもりなんて……だって、ミリアムと結婚するには、それしかなかったんだ。ちょっと、眠っててもらおうと思って……だから……相談したのに……」
会場の視線が、ミリアム様の方へ集中する。彼女は黙したまま、何も語らない。――いや、語れないのだろう。普段の、あるいは本当の彼女であったなら、何かしらの言い訳をするはずだ。俯いたまま、人形のように、椅子に座ったままぼんやりとしている。フォレスター伯爵に何をされたのか、嫌な想像が浮かぶ。
「少し黙っていなさい、アラン」
冷たい声で、ヘンリー陛下がそう告げた。アラン様はそのまま黙してしまう。ギルバート様が心配そうに、けれど訝しげに兄の様子を眺めていた。
「……私の懸念は、当たっていたようだな」
苦しそうに、ヘンリー陛下が呟いた。薄々、酒に何かが盛られていたことにはお気づきだったのだろう。まさか、自分の息子がそこまで愚かだったとは思うまい。
「だが、ソラール王妃よ。その話がなぜ、貴女を狙うものと関係があるのだろうか」
「今、アラン様が相談したと仰いました。……どなたに、話をされたのか、お聞かせ願えます?」
ぴくり、とジェラルド・フォレスターの眉根が動いた。
「誰って……ジェラルドだよ」
アラン様が、確かにそう言った。




