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33.元公爵令嬢、夜会に舞い戻る

 三日前、ソラール国王からある書簡がステラノヴァ王室へと届けられた。


 ――我が妻、プリムローズ・ソラールが行方不明となった。生国であるステラノヴァにも捜索に協力を願いたい。


 その文面で、ステラノヴァ社交界は騒然となった。ソラールとの良好な関係を保持してくれるはずのプリムローズが行方不明というスキャンダル。ソラール王が彼女を溺愛していると、隣国の噂は貴族たちも知っていた。『ステラノヴァの凍て星』であろうと、王妃が傷つけられてはソラール王も黙ってはいまい。百年前の青橙戦争を想起した貴族たちは皆、血眼になってソラール王妃を探した。しかも、噂では彼女へ対する毒殺未遂や暗殺未遂もあったという。ステラノヴァ貴族に目星をつけたソラール王が、犯人探しに来るのだ、と。

 怯えた王家、および貴族たちがソラール王を歓待する為に、夜会は開かれた。

 

 ☆


「息災か、セルジュ。……いや、ソラール王よ」

「お変わりないようで何よりです。先日の夜会ではお目にかかれなかったものですから、僕も心配していました」

「ああ、その件については、後ほど相談させてくれ。ちょっとな、思うところがあるんだ」


 大階段を登り終えた私は、大広間の扉を少しだけ開けて、中の様子を眺めていた。思えば、ここから落ちかけたのが全ての始まりだったわね。ほんの少し前のことなのに、色々ありすぎて懐かしい。

 大広間には、社交界の重要な貴族たちが全て顔を揃えていた。セルジュを怒らせたくないのだろう、皆、笑顔を浮かべてはいるがどこかよそよそしい。視線を動かして、誰がいるのかを把握する。アラン王子は相変わらずふんぞり帰って偉そうに第一王子の席に座していた。隣にいるミリアムは、いつもより静か、というより目が虚ろでどこか様子がおかしい。その近くでは、アラン王子によく似た少年――ギルバート王子が、所在なさげにそわそわとしていた。今回から夜会に出席できるようになったのだろう、物珍しさに目を輝かせているみたい。

 隣国に赴くのに相応しいよう、最上級の仕立てを纏ったセルジュの後ろには、正装を纏ったマティアス様が控えている。ジゼルも、子爵令嬢に相応しいドレスを着て、顔馴染みの令嬢達と歓談していた。私の両親もグラスを片手に周囲貴族といつも通りの情報交換に勤しんでいる。

 そして。

 ジェラルド・フォレスター伯爵が、王の傍で、無表情に控えていた。その紫色の視線が、ヘンリー陛下にじっと注がれている。セルジュに失礼のないように、王冠も、《《赤い宝石のついた王笏も携えて》》、礼装を纏った二人の王が表面上で微笑みあう。

 

――役者は揃ったようね。


「そうだ。ヘンリー陛下にご紹介申し上げたい人がいるんですよ。お通ししてもよろしいでしょうか」

「うん? 構わないが……誰だね?」


 私は大きく息を吸って、大きく吐き出した。それから息を整える。

 ギィィ……と。大広間の扉が開かれる。

 あの懐かしい、シャンデリアの煌めき。夜空のように輝く光を浴びる。シン、と広間が静まり返ったのがわかった。ソラール王室の色である橙色を身に纏って、ゆっくりと歩んでいく。視線が刺さる。けれど、誰も口を開けない。ふらつく足元を叱咤して、なんでもないことのように私は中央へ歩み出た。マティアス様、ジゼル、両親、そしてセルジュと目配せをして、私はゆるく口元で笑みを作る。

 カーテシーで一礼。


「ご機嫌麗しゅう、皆様方。ソラール王国が王妃、プリムローズにございます」


 私の挨拶で、失っていた言葉を取り返したように貴族たちがざわめいた。無理もない。行方不明になっていた王妃が、正装で、しかも元気に夜会へ現れたのだから。実際のところ、少しでも気を抜けば倒れそうだけれど。こういうのは気合いと、意地で耐え忍ぶものよ。


「おお、プリムローズ! いや、ソラール王妃よ。無事だったか!」


 ヘンリー王が、私の無事に安堵の表情を浮かべていた。彼の人柄を考えれば、私の心配をしていたのもあるはず。だが、真に恐れていたのはソラールとの関係悪化から起こる政治的リスクだろう。しかし、公爵令嬢であった頃とは異なり、対等な立場となって陛下とお話しする機会がこんな時とは、人生とはわからないものね。


「ご心配おかけして申し訳ありませんわ、ヘンリー陛下。各家の皆様も、私のために尽力いただきまして、嬉しく思います」


 にこやかに微笑む私の言葉が皮肉まみれだと、ヘンリー王以外は気がついたに違いない。『ステラノヴァの凍て星』と蔑んだ貴族たちに喧嘩を売るのは少しだけ心がスッとする。

 黙り込む貴族たちとは対照的に、一人だけ声を荒げた男がいた。


「お、おい……! なんで、お前、行方不明になってたんじゃないのか」


 アラン様が、自分の椅子から勢いよく立ち上がって、私に向かって指をさす。


「アラン。口を慎みなさい。彼女はお前の元婚約者だが、今は隣国の王妃殿下だ」


 無礼者め、と思ったが、ここは利用させてもらうことにした。ヘンリー王が息子を咎めるのを、片手で制する。


「いいえ。構いませんわ。……お久しぶりですね、アラン様」

「はっ、どの面下げて戻ってきたかと思えば。お前の居場所はこの国にはもうないってのに」

「相変わらず、品のない方ですこと。良い家庭教師を紹介しましょうか?」

「……………は?」


 鳩が豆鉄砲を喰らったように、アラン様がぽっかりと口を開けた。そうだ、昔の私はこんなにはっきり彼へと言い返せなかった。家の立場を考えて。だけれど、今の私は自分の正当性を知っているし――何より、セルジュがいる。

 私の返答に、周囲からくすくすと笑いが起こる。アラン様は自分がバカにされたと気がついて、その瞳と同じくらい顔を真っ赤にして、自席に座り込んだ。


「さて、皆様はなぜ私が行方不明になり、そしてどうして夜会に来たか。それを知りたいのではないかと思いますが――」


 ジェラルド・フォレスターと視線がかち合う。深い紫色の瞳は沈黙して、何も語らない。ただ、不気味に私の姿を見つめ続けている。恐れるな、と私は震える指先をギュッと握りしめた。


「その前に。私は、ステラノヴァに関わる三つの罪を明らかにしたく馳せ参じましたの」

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