32.プリムローズ、実家に帰る
家に着くなり、お父様とお母様が荷馬車へと駆け寄ってくる声がした。駆け寄ってきた二人に向かって、セルジュがしーっと、息を潜めるように促している。
「お久しぶりです、アステール公。《《プリムはまだ見つかりません》》」
「……! そう、か。引き続き捜索をお願いします、ソラール王よ」
意図を汲み取った父が、素早く邸宅正面の扉を開け放つ。
そうして、毛布でぐるぐる巻きにした私を横抱きにして、セルジュはすばやくアステール公爵邸――私の実家へ転がり込んだ。ジゼルと、マティアス様も後に続く。ぷは、と私は毛布の隙間から顔を出して抗議した。
「もう、セルジュ! 私を荷のように扱うなんて!」
「ごめん、プリム。だけど、君がまだ見つかっていないことにした方が、利が大きいと思って」
それに、二日も飲まず食わずで動けないんだから、僕が運ぶ方がいいだろ? と悪びれもせずにセルジュはそう言った。確かに、そうかもしれないけど。
「ああ、ローズ、ローズ……! 無事でよかった……!」
お父様が毛布ごと私をもみくちゃに抱きしめた。こんなに取り乱している父を見るのは、いつぶりだろう。幼い頃に戻ったようで、なんだか胸の辺りがくすぐったかった。
「セルジュ陛下から聞きましたよ。……フォレスター家のことも、全て」
お母様が険しい表情で私の頬を撫でた。
「かわいそうなローズ、こんなに痩せこけて」
「それにしても、なぜフォレスターが、うちの娘を?」
首を傾げる父に反応するように、胸元で光が灯った。ぱあ、と。息を吹き返すように、『至上の青』に輝きが戻る。金色の内包物が、踊るように瞬いた。
両親が、はっ、とした顔になる。どうしたのだろう、と様子を見ていると、
「『至上の青』!?」
二人して声を合わせて大きな声を出した。
「夢で見た殿方が、嫁入り道具にローズに持たせろというから持たせたけれど……ただのお守りの石だと思い込んでいたわ」
「そうか、見覚えがあると思ったが……百年前に失われた王家の秘宝……!」
両親が目を丸くして慄いていた。これが、『歪曲の赤』の効果が打ち消された証左なのかもしれない。
「あのね、お父様、お母様。大事な話が、あるの、だけれど……」
安堵からか、力が抜けていく。目の前がちょっとずつ暗くなって、急速に眠気がおずれる。ああ、そういえば、牢屋ではあんまり眠れなかったんだっけ。
「議会資料室を、探して。……フォレスターの、関係する資料を……私に……」
そのまま、意識が闇に溶けていった。
☆
がばり、と目を覚ます。
実家の部屋だ、と気づいて胸を撫で下ろした。私の目覚めに気づいたジゼルが、セルジュを呼んできてくれる。
「プリム! ……ああもう、無茶しないでくれ」
「ごめんなさい、セルジュ。今は……夕方?」
窓の外の世界はすっかりオレンジ色に染まっていた。まだ体は気だるいけれど、少しは動けそう。ぐう、と私の腹の虫が鳴ったのをセルジュが笑った。
「ろくに食べていないだろう。スープ……でもいいが、ちょっとな。粥にしよう。ジゼル、頼めるかい」
「はい、旦那様」
スープでもいいのに、と思ったが、セルジュが毒殺未遂を思い出しているのは想像に難くなかった。
「プリムが眠っている間、ご両親と情報を共有したよ。フォレスター家を告発する準備を整えないといけないだろうからね」
セルジュの口元は弧を描いているが、目は一切笑っていない。
「ええ。……でも、告発するだけじゃ、駄目な気がするの」
「ああ、勿論ジェラルドは死刑まで求刑して、フォレスター家は取り潰しだ」
当然だろう? と美しくセルジュは笑う。でも、と私は首を横に振った。
「そうじゃなくて。……セルジュ。よく聞いて。ただ、罪を罰するだけでは、いけないの」
「どういうこと、かな」
「こうなってしまう仕組みそのものを、指摘して。貴族たちにわかってもらわなければ……同じことの繰り返しになる」
文机に移動して、父親から提出されたフォレスター家関連の資料に目を通していく。
「フォレスターの百年の妄執は、そうできてしまう国家体制に瑕疵があるから生じたの、でしょう。全てを明らかにしなければ、ジェラルド・フォレスターがまた現れるだけ」
民に課す税の割合。出稼ぎへ行った民の数。宝物庫の管理。各領地を収める貴族と、フォレスター家の会食履歴。さまざまな記録に目を通していく。
「……《《呪い》》を、解く時なの。きっと、そのために、私の元に『至上の青』があるんだわ……」
首にかけられた宝石が、応じるように瞬く。内側にいるだろうフレデリック様から、そうだ、と囁かれたような、そんな気がした。
「だが、君は、命を狙われて。餓死寸前だ。王宮なんて魔物の巣窟に行くべきじゃない」
「いいえ、セルジュ。今が千載一遇の好機なの。時間をかければかけるほど、フォレスター家が有利になるのはわかるでしょう。私にしかできないのなら、私がやらなければいけないわ」
ぺら、ぺら、と紙を捲っていく。一通り、お父様から預かった資料に目を通し終わると、私は口角をつりあげた。
「さて、セルジュ。問題よ。今日は、何の日でしょう」
「……プリム、まさか」
「あなたを歓迎するための夜会が開かれる日よ、ソラール国王陛下」
ゆっくりと立ち上がる。足はまだ震えるけれど、きっと、なんとかなるだろう。
「今晩中に、夜会に乗り込むわ」




