39.エピローグ:王妃は夫の腕の中
「あ! おうひさま!」
城下の子供が私に駆け寄ってくる。手には花冠を持って、とてとてと走る姿が愛らしい。
「まあ、花冠?」
「うん! 前にお花をくれたから、そのお返し!」
「ありがとう、嬉しいわ」
陽は高く上り、夏の風が私の髪を揺らしていく。城下を歩けば、ソラールの民たちが気さくに話しかけてくれるのが嬉しかった。身辺警護をしてくれるマティアス様も、小さな子供に花冠を乗せられていて、私はくすくすと笑った。
あれから。色々と世界は変わっていった。
ステラノヴァの議会制は、調整を続けながらも少しずつ軌道に乗ってきているらしい。時折父から愚痴混じりの手紙が届くが、前よりも生き生きとした筆致なので仕事熱心だな、と思いながら引き出しにしまっている。
それからジゼルは、マティアス様と付き合い始めた。私にまつわる事件で行動を共にしていたら、気がついたらお互いに想い合うようになっていたらしい。お似合いだな、と彼女の惚気に耳を傾けることが増えた。マティアス様には花冠を被ったまま帰って、ジゼルに見せてごらんなさいと言っておいた。きっと、可愛らしさにジゼルが身悶えるだろうから。
フォレスター家は取り潰しになると、ヘンリー陛下から書簡が送られてきた。セルジュは私に詳細を見せたがらなかったが、半ば勢いで取り上げ、その詳細に目を通した。様々な罪状と、国への利を考慮して、即時の死刑ではなく、無期懲役といった形でジェラルド・フォレスターは幽閉されることになったとの報告があった。セルジュは立腹していたが、私はそれでいいと夫を宥めた。……確かに、生きていればまた、何かを企むかもしれない。だけど、ジェラルドは、あの時、フレデリック様の言葉に心を揺さぶられていたような、そんな気がするのだ。
罪は無くならない。だから、時間をかけて向き合って、贖ってほしい。そう言ったら、「プリムは優しすぎる、僕の法律ならあいつをもっと裁けるのに」と駄々を捏ねていたので、セルジュはマティアス様に頬をつねられていた。
ミリアムはというと、保護の名目で神殿勤めになった。彼女を罰する動きもあったが、フォレスター家に利用されていたとの私の証言で、今はノースウッドにある神殿にほど近い孤児院で日々を過ごしているという。ステラノヴァの主な宗教である星の女神に関連する施設は、身寄りのない子供を保護する機能も兼ね備えているため、彼女の処遇には丁度良いのかもしれない。時折私のところに新しい生活についての手紙と、ノースウッド産の林檎が送られてくる。今度、オランジュ名産の柑橘を添えて、返事を書こうと思う。
☆
「ねえ、プリム。ちょっと抱きしめさせてもらってもいい?」
寝室に戻ってきたセルジュの目がぎらついていた。書類仕事に追われすぎたのだろう。私が頷けば、力強くその腕の中に納められる。
「くそ……本当に、君は愛らしいな……」
眉間に皺を寄せながら、セルジュが呻くように息を漏らす。ああ、この人が好きだな、と思って、私は彼の名前を呼んだ。
「ねえ。セルジュ。初夜、しませんか」
「………………えっ」
びくり、と夫の動きが凍りついた。聞き間違いか、と独りごちるので、もう一度告げる。
「私がしたくなった時が初夜だと、セルジュ、言いましたよね」
「いや、あの。言ったけど」
セルジュが拳を握りしめながら、理性と戦っている。その様が可愛らしいな、と私は微笑んだ。
「……私。何も望まないようにしていたと、伝えました」
そう。何も望まなければ、辛くない。ずっとそう思っていた。でも、私は手を伸ばすことを知った。そうして掴み取れるものがあることを、変えられるものがあることを、この国に来て、あの国に戻って知ることができた。
だから、今度はあなたに手を伸ばす。
「セルジュが、ほしくなりました。くださいます?」
「……全部君にあげるよ、プリム」
ぎゅう、とセルジュに抱きしめられる。
ああ、幸せ。そう思いながら、彼の重みごと体がベッドに沈み込んだ。空は満天の星。一際輝く『雫星』が、私たちを見守るようにちかり、と瞬いていた。




