3.公爵令嬢、隣国の王に求婚される
両親に手紙の内容を報告した数日後。私はかなり気合の入った豪奢なドレスを纏わされ、ソラールの首都、オランジュへと向かっていた。アステール公爵家の領地からは馬車で半日ほどの距離。がたがたと舗装されていない道を走り続けて、やや体力を消耗している。両親にとってはまたとないチャンス――他国の国王に輿入れさせる機会と踏んだのだろう。ベージュを基調としたドレスの差し色には、ソラールをイメージするようなオレンジ色が使われている。
首都オランジュはその名の通り、橙色の意匠が随所に施された華やかなる都だった。外国へ出ることがほとんどなかった私からすれば、珍しいものばかりで心が躍る。馬車の小窓から旅芸人の一座の奏でる陽気な音楽が、夜会の一件で沈んだ気持ちを浮き上がらせてくれるよう。
ややあって、馬車は王城へと続く橋を渡り、降車場でぴたりと止まった。戸をあけて足台を差し出す御者にありがとう、と礼を述べ、馬車から降り立つ。
「やあ、長旅ご苦労様」
夜会で聞いたあの声がする。声の方向を見やれば、そこには夜会の時よりも生き生きとした顔の男――セルジュ・ソラールがそこにいた。
「……陛下自らお出迎えいただけるとは、恐悦至極に存じます」
「ああ、いいんだ。僕が君に会いたかっただけ。……ようこそ、ソラールへ。プリムローズ嬢」
陽光に照らされ、セルジュ陛下の金髪が煌めく。深い森のような緑眼が、私の瞳をじっ、と見つめてきた。居た堪れずに目を逸らすと、陛下がくつくつと笑みを溢した。
「そう固くならないで。案内するよ、おいで」
☆
王宮はステラノヴァの無骨な作りとは少し異なり、華やかな建築様式だった。自国の城が城塞を思わせる無骨な作りとするならば、ソラールは細部に魂が宿ると言うべきか。城に必要な機能は備えながらも、細かなところに装飾が施されておりどこか柔らかな印象を受ける。
「やあ、他国からは度々賓客を迎えるけれど、『ステラノヴァの凍て星』を招待できるなんてね」
「……お恥ずかしゅうございます」
『ステラノヴァの凍て星』は、私の、プリムローズ・アステール公爵令嬢にあだ名された、周囲からの評価だった。曰く、美しいが笑顔が少なく愛嬌がない。曰く、隙をみせず男を要しない。曰く、突き放した態度で冷徹に見える、など。あんまりな言い草に嘆息した日々を、この人は知っているのだろうか。私の青い瞳を覗き込んだ貴族たちが、氷のようと呟いたのが、今でもありありと思い出せる。
セルジュ陛下は私が押し黙ったのを見て、おや、とつぶやく。
「君は気に入っていなかったのか、失礼したね」
「いえ。社交界はあまり好きではありませんので、そうしたあだ名をつけられるのは仕方のないものと思っております。……この目を厭う人は多くおりましょう」
「そう。僕は好きだよ、その瞳」
……この人は。出会った時からそうだが、こんな歯の浮くような口説き文句(に、私が聞こえているだけかもしれない)をつらつら垂れ流して、恥ずかしくないのだろうか。
「ああでも、僕の前ではその氷が溶けてくれると嬉しいんだけれど」
セルジュ陛下の緑眼にじい、っと見つめられると、なんだか騒ぎ出したいような、むず痒い気持ちになる。そんなやりとりをしながら、やってきたのは美しい庭園の一角。東屋にテーブルと椅子が用意されており、紅茶やその茶請けとして様々な菓子が用意されていた。焼き菓子はどれもいい香りで、長旅ですり減った胃を刺激する。
座って、と促され、私は陛下の対面に着席した。紅茶もよい茶葉を使っているのか、香りづけに使われた柑橘の香りがふわりと立ち昇って、快い。
「紅茶が好きとご両親から伺って、用意したんだ」
「……好みです」
「よかった。香りは緊張をほぐしてくれるからね」
優雅にティーカップを持ち上げる仕草は、さすが王族と感嘆するものがあった。アラン王子はその辺りがやや粗野であったけれど、セルジュ陛下は自然に美しい所作をなさる。
「それで、ここに君を呼んだ理由だけれど」
居心地のいい空間で、セルジュ陛下が切り出す。真剣に聞こう、とティーカップをソーサーへと戻した。かちゃり、と静寂の中で食器の音が響く。
「聡明な君のことだから、察しはついているかな。単刀直入に言うが――僕のところに嫁いでくれないか」
鷹揚な口調とは反対に、真剣な眼差しだった。
「……何故、私なのです」
「一目惚れ、と言ったら君には呆れられそうだね。政略結婚の方がお好みなら、理由はいくつも挙げられるけど」
どっちがいい? と笑んでみせるセルジュ様は、目だけが笑っていない。ひやり、と喉元にナイフを突きつけられたようなそんな錯覚。背筋に寒いものが走った。
「欲しいものを欲しい、と言うのが僕の信条でね。君が欲しい。――それが理由ではいけない?」
声が詰まった。穏やかで軽薄な男だと、無意識に侮っていたことを後悔する。
「……っと、あはは。ごめん、怖がらせちゃったね」
緊張が緩む。だが、その瞳の奥がまだ燃えているのは、錯覚ではない。中途半端な返答は許されない。こくり、と唾を飲み干して、どうにかこうにか言葉を絞り出す。
「考える時間を、ください」
「構わないよ。嫌がる令嬢を無理やり、だなんて真似は僕だってしたくないからね」
紅茶の味がわからなくなったまま、逃げ出すように茶会を後にした。




