2.公爵令嬢、とある手紙を受け取る
あの騒ぎから数日後。私は両親からは怒られることなく、むしろ腫れ物を扱うようにされていた。王子との破談は両親にとって痛手であるはずだが、二人とも私を責めることはなかった。むしろ、母からはしばらく屋敷でゆっくりしたらいいと言われたため、自室に引きこもってお茶を嗜みつつ歴史書を読み耽っていた。我がステラノヴァ王国と、ソラール王国が百年前に戦ったくだりは読み物としても面白く、繰り返し読むために栞を挟むほどだ。ぺらりと本を捲っていると、ぱたぱたと足音が近寄ってきた。
「お嬢様、お手紙が届いていらっしゃいますよ」
昔馴染みの侍女であるジゼルが、右手に手紙を持っていた。
「……手紙? 王家からのお叱り? それとも、高齢独身貴族の求婚かしら」
「お嬢様!」
ジゼルがとんでもない、と声をあげた。流石に自虐的すぎたかと反省する。ソーサーに紅茶のカップを起き、ジゼルが持ってきた手紙の蜜蝋を眺めて、あまりのことに手から落とした。……見間違いだろうか。
ジゼルが落としてしまった手紙を拾い上げ、その蜜蝋の紋章をみてあ!と大きな声をあげた。
「ソラール王国の紋章ですか」
「……みたいね。開けるわ」
封を破り、手紙を取り出す。美しい筆致だった。
――拝啓、プリムローズ・アステール公爵令嬢。
突然の手紙で困惑させて申し訳ない。貴女と語らう機会をいただきたく筆を取った。階段から落ちそうになった君のことを、天使だと思ったんだ。その星のような瞳に心を奪われた憐れな男に慈悲をいただけるなら、返事をくれると嬉しい。
名前の部分にはセルジュ・ソラールと流麗に署名がされていた。
「お嬢様、夜会でお知り合いになった方……ですか?」
「ええ、まあ。階段から落ちそうになったところを助けてもらったの」
「恩人からのラブレターじゃないですか!」
きゃっきゃ、とはしゃぐジゼルを横目に私はため息をつく。この手紙の内容を、両親に報告しなければならない。
「ジゼル」
「はい、お嬢様」
「この人誰だか知ってる?」
「いいえ、お嬢様。どなたなんですか?」
「……ソラールの国王よ」
まあ、とジゼルが両手で口元を覆い、可愛らしい顔を真っ赤にした。
名前だけは知っている。けれど、実際に姿を見かけたことがなかったから気づけなかった。セルジュ・ソラール、その噂だけは知っている。隣国の若き国王。明君と言われ、民からも厚く慕われているというが、未だに結婚をしないと貴族階級では噂になっていた。男色家だとか、幼女趣味だとか、いろいろ悪い噂も聞いたことがあるが、まさか私がそんな人間の目に留まるとは。




