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1.公爵令嬢、王子に捨てられ運命に出会う

 婚約破棄だ、と告げた殿下の眼差しは冷たく冷え切っていた。傍に寄り添うのは今をときめく伯爵令嬢。かつて、親しくしていた時期のある見覚えのある少女が、王子の腕に自分の腕を絡めている。


「まあ、アラン様ったら」


 扇子で口元を覆っているが、その下で唇が弧を描いているのは誰にだってわかる浮かれぶりだった。王子主催の夜会で突然始まった修羅場に、娯楽を求めていた貴族たちが色めき立つ。


「もう一度告げる。第一王子アランの名において、プリムローズ・アステール公爵令嬢との婚約を破棄し、ミリアム・フォレスター伯爵令嬢を新たな婚約者として迎えさせていただく!」


 会場が大きくざわめいた。無理もない、こんな愚かな発言を王位第一継承者がするとはまともな貴族なら誰も思うまい。そんなことを知ってか知らずか、アランの言葉を聞いたミリアムが幸せそうに微笑む。アランは勝ち誇ったように傲慢な態度で、二の句の告げなくなった私を鼻で笑った。


「実家にお帰りになってはいかがかな、アステール公爵令嬢」


 アランが嘲るように私へ笑いかける。ぶつり、と堪忍袋の尾が切れた。努めて冷静を装って、愚か極まりない王子へ問いかける。


「――陛下はご存じなのね」


 国王陛下に無断でこんなことをしていれば、さすがの王位継承者でも問題になる。私の爵位は公爵家、つまりは王族の血も少なからず混じり、国政に大きく影響する家門だ。我が一族を敵に回してもいいのか、という言外の問いかけ。だが、アランは得意げに鼻を鳴らした。


「むろん、知っているとも。君のしたことも全て報告してあるさ」

「私の?」


 眉を顰めた。何の話だか、身に覚えがない。アランの腕にはしたなくぎゅうぎゅうとしがみつくミリアムが、目を潤ませて顔を背けた。


「ミリアムに対して、君が行ってきた非道の数々だ。彼女の醜聞を撒き散らす、彼女の私物を勝手に捨てる、挙げ句の果てには階段から突き落としたと。そんな女を我が妻に迎えるなど、言語道断!」


 鼻息荒くアランはそう言った。バカ王子、と内心の罵りは誰にも聞かれない。釈明させてもらいたいが、全くの誤解であり、でっちあげだ。おおよそ、ミリアムの実家が私を排斥するために仕込んだ嘘だろう。そうまでして王家との繋がりを持ちたいかと、フォレスター家に失望する。


「プリムローズ様、ごめんなさい。私……プリムローズ様にいじめられるようなこと、しちゃったんですよね」


 ミリアムが震える声音でそう言った。瞳にはうるうると涙を溜めて、私が悪いように広間の貴族たちへ訴えかける。国内の有力貴族たちの視線が、一気に私へ向いた。好奇の視線が私を取り囲む。



――ああ、そう。私を悪者に仕立て上げたいのね。



「……いいわ」


 所詮は王家と公爵家の勝手な契約に基づく婚約相手。もとより心など離れたまま、近づくことのなかった相手だ。後悔など星屑ほどにもありやしない。


「そのお話、お受けいたします。婚約破棄、上等ですわ。……さようなら王子様」


 おおよそ貴族令嬢に相応しくないような眼光の鋭さで王子を睨みつけ、私はドレスの裾を摘んで優雅に夜会を立ち去った。



 はあ。と、ドレス姿のまま王城の大階段を下る。お父様やお母様に叱られるだろうな、と暗澹たる気分で赤い天鵞絨の絨毯を踏み締めていく。降り続ける最中、ふと意識が緩んで階段から足を踏み外しかけて――誰かに抱き止められた。


「わ、あ……!?」


 危ない。死ぬかと思った。階段から落ちたの私になっちゃうよ、なんてことをぶつぶつ言いながら、抱きとめてくれた人影の方を見る。


「怪我はない?」


 深い緑をたたえた瞳が二つ、私のことをじっと見つめていた。美しい金色の髪がさらりと流れる。夜会に招かれた招待客だろうが、見覚えのない顔の殿方だった。


「お手を煩わせて、申し訳ありません。助かりました。私はプリムローズ・アステールと申します」


 アステール、と低いテノールが呟く。美しい緑眼に、吸い込まれそうになる。じっ、と見つめてしまって、失礼だと気づき慌てて距離を取った。


「……君は、夜会から帰るの」


 こてん、と首を傾げて、目の前の彼は尋ねてくる。


「ええ、そのつもりですが……」

「だめ」

「え」


 ぐい、と手を引かれる。階段の踊り場にそのまま連れて行かれ、端正な顔が近づいてくる。


「あ、あの!?」


 何をする、と胸板を押すがびくともしない。不届きもの、と睨みつける。


「何をなさるの」


 ぴしゃりと冷たい声で告げれば、男の手の力が緩む。ごめん、と呟いた声色が沈んでいた。


「……君があまりに美しかったから、行かないでほしくて」


 長いまつ毛が伏せられ、緑色の瞳が翳る。


「でも、帰るんだよね。しょうがない。またね、アステールのお嬢さん」


 赤いマントを靡かせ、男は大階段を登って夜会の会場へ向かっていく。せめて、名前だけでも聞いておこうかと思い――やめた。

 夜風が頬を撫でる。熱くなっているのは、アラン王子にバカにされたからであって、断じて風変わりなあの恩人に言い寄られたせいではない。

手癖で王道貴族令嬢ものを書いたらどうなるかな、と思って書き始めました。終わらせることが目標ですが、楽しんでいただければ幸いです。

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