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24.ソラール王妃、誘拐される

 日記を読んでいた、というより、その場面を鮮明に見させられた、という方が正しかった。目の前でフレデリック様の悲しみに触れるような、そんな追体験。『至上の青(ザ・ブルー)』が日記を元にして当時の光景を私に見せたのだろう。呆然としていた。現実味がなく、まだ百年前にいるみたいだった。

 私が、遠縁や傍系ではなく、直系として王家の人間だったこと。フォレスター家が、百年も昔から暗躍して、ステラノヴァをいいように操っていたこと。そして、今も私と『至上の青』を狙って暗躍していること。今まで隠されていた真実を目の当たりにして、洪水のように押し寄せた情報がうまく処理できない。ぺたり、と地下書庫のひんやりした床に座り込む。


「セルジュに、伝えなきゃ」


 答え合わせができた。フォレスター伯爵家が暗躍する理由が、この手記には証拠として残っている。セルジュにこれを見せれば、きっとステラノヴァ側へ働きかけてくれるだろう。

 だが、と私は少しだけ逡巡した。私の先祖であるフレデリック様と、私は違う。私を『ステラノヴァの凍て星』と呼び、蔑んだ人たちが私の守るべき民なのだ。というか、そもそも他国へ嫁いでしまったのだし、他人事と言えば他人事でもある。アステール公爵家だけが安泰ならそれでいいのでは。そんな利己的な考えが浮かんで――慌てて首を振った。

 自分の領地だけ安泰、なんてことは不可能だ。ヘンリー・ノヴァリア陛下はあの簒奪者メルヴィンの子孫と考えればかなり篤実に治世をされているけれど。このままでは、アラン様とミリアムがステラノヴァを運営することになるのだ。

 想像してみる。夏に雨が降りしきって洪水が起きても、王宮周りは水捌けがいいから、アラン様には実感が湧かないだろう。冬に飢饉が起きたって、自分の食べる分があれば問題ない、と言い始めるのは想像に容易かった。そしてそんな男の背後に、フォレスター伯爵家がいる。

 ……絶対に、任せられない。そもそも、ステラノヴァの治世がめちゃくちゃになれば、難民を受け入れるのはソラールだ。母国が乱れたなんてことがあれば、ソラールの民に申し訳がない。まだ城下の民とはそこまで交流がなかったけれど、城で仕えている使用人たちは皆、私に優しくしてくれる。彼らのためにも、私がやらねば。

 手の中の『至上の青』がちかりと瞬く。手記の最後の一文に、一言。さっきまではなかったところに、青い光で文字が浮き上がっている。


 君のためにもなる。頼む、小さなプリムローズ。


 それっきり、眠りについたように『至上の青』は光を弱めたままになった。


「もう、フレデリック様ったら。子孫を信用しすぎです」


 言いつつも、彼がそうせざるを得なかったことはよくわかる。日記に追加された文字を読み、背中を押された気分になった私は、冷たい床からよいしょと立ち上がった。地下書庫から地上へ戻るため螺旋階段を上がっていく。行きは恐る恐る登っていたが、今は力強い足取りで一歩一歩階段を踏み締めて。

 待っていて、セルジュ。

 天井からは、月明かりが差し込んでいた。こっそり自室へ戻るため、どのレンガを押すのだったかしら、と壁をぺたぺた触っていた時。

 ギィ、と王室図書館の正面の扉が開いた。


「こんなところにいたのか、プリムローズ」


 セルジュ様が、そこに立っていた。怒りのためか、少し声が低く聞こえる。


「フォレスターの間者がまた城内に入り込んだって情報が入った。夜だというのに君が部屋にいないから、探したよ。……部屋から出るなと言ったよね?」

「ごめんなさい……それより、セルジュ。ちょうどよかったわ。フォレスター伯爵家が暗躍していた証拠を掴んだの」

「へえ。それは詳しく知りたいな。とりあえず戻ろう、続きは後で聞かせてくれ」


 ええ、と頷いて、私はセルジュの後を追う。図書館へ来るのはまだ2回目で、自室よりもかなり離れていたから『至上の青』がなければ元の部屋には戻れない。帰りも光って道順を教えてくれたらいいのに、と思ったが、なぜか日記を読み終えた後から『至上の青』は全く反応しなくなっていた。私に過去の光景を見せるのに、魔力を使って疲れたのかもしれないと、なぜだかそんな気がしていた。

 近道を使うね、と告げたセルジュの背を追いかけながら、右へ左へ曲がっていく。なぜか、裏門の庭園の方へとたどり着き、首を傾げた。こっちに来て、と彼の声に導かれるまま着いていくと、扉の開いた馬車が目の前にある。

「……待って、セルジュ。部屋に、戻るのよね」

 目の前のセルジュが、振り向く。月明かりに照らされた彼の笑みが、にたり、と深まった。脳裏で警鐘がなる。背格好も、顔も、よく似ているのに。表情だけがおかしい。セルジュは、こんな笑い方をしない。よく考えたら声もいつもより低い気がする。ああ、なんてこと。


 ――セルジュじゃない!


 慌てて逃げ出そうと踵を返すも、男の方が動きは早かった。叫ぼうとした瞬間口を手で塞がれ、そのまま馬車へと押し込まれる。手足を縛られてもなお暴れようとする私に、懐から取り出した短剣を突きつけながら男は変装を解いた。


「ご同行願おうか、プリムローズ様」


 あの時私を暗殺しようとした男が、目の前で笑っていた。

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