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23.百年前の真実③

「そんなに、待てるわけ、ないだろうッ!」


 反射的に大声が出た。アリオトへ叫んだって、どうにもならないことはわかっていた。だが、焦りと、不安。そして怒りが俺を突き動かしていた。


 百年。百年だぞ。


 俺はとうてい生きていられない。だが、つかみかからんばかりの俺の剣幕を目の当たりにしても、アリオトは微動だにしなかった。


「……ええ、そうよね」


 アリオトは俺がそう怒るのをわかっていたのだろう。軽く受け流され、俺は気持ちのやり場を失う。呆然としている俺の視界が、だんだんと滲んでいく。


「滅ばずとも、内側から腐っていく自国など、みたくない」


 魔女が俺の肩に手を置く。戦へ出陣する時の妻の仕草を思い出して、俺ははっ、と息をのんだ。


「今すぐにどうにかできる方法はないの。でも、『至上のザ・ブルー』さえあれば、いつか必ず呪いは打ち砕ける」

「『至上の青』……?」


 古から王家に伝わる宝石の名だった。その青く美しい宝石は、内側に金色に煌めく内包物を有しており、国内で右に出るものはないと言われている至上の石。ゆえに名付けられたと。肌身離さずつけろと父から言われ続けていたから、今も俺の胸元にブローチとして付けられている。


「ステラノヴァ王国の至宝、身につけるものに祝福を与える、『歪曲の赤(ルージュ)』と対になる魔石」

「これ、そんな代物だったのか」


 驚きながらブローチを外して手に取った。俺の手の中で、石がぴかぴかと光っている。


「『至上の青』は主と認めた存在を絶対に守る宝石よ。石があなたを守り、私の元へ導いた。だから、私はその信頼に応える必要がある」


 魔女は澄んだ眼差しで『至上の青』を見つめる。その様が、石と対話しているように思えた。初対面であり、異邦の術者ではあるが、アリオトが嘘をついていないことは俺にもわかった。彼女を信じて、今はやれることをやるしかない。


「アリオト。お前が仕事熱心なのは何となくわかった」


 俺は滲んだ涙を袖で拭って、魔女へと向き直る。


「どうやったら、俺の国を守れる?」


 魔女は小さく頷いた。


「……問題は、あなたの弟より、彼を唆した方でしょうね」

「フォレスター伯か」

「都合がいいと思わなかった?」


 今更ながら、そう思う。魔石を手に入れたフォレスター家が、うまく利用できる王族が現れるまでずっと狙い続けていたのだろう。考えれば、父上がソラールに戦争を仕掛けたのも、フォレスター家の進言だった気がする。ずっと前から、狙われていたのだと背筋に怖気が走った。


「あなたの弟が死んでも、フォレスター伯爵家とやらは甘い蜜を吸い続けるはず。それこそ、何代にも渡って」


 アリオトの瞳が輝く。未来を見通すという魔女の力がどこまで本当かはわからなかったが、その言葉は納得できてしまうものだった。


「『歪曲の赤』はとても強力な石。だけど必ずいつか効果が切れるし、かけられる望みは一度きり。百年後には効果が薄れるはずよ。その時に力の込められた『至上の青』がそばにあれば、『歪曲の赤』は砕け散る」

「なるほど」


 途方もない時間だが、希望がないわけではないことに俺は少しだけ安堵した。


「ただ、あなたを守るために、今の『至上の青』は力を使い果たしているみたい」


 輝きが弱っているでしょう、とアリオトが告げる。確かに、言われてみれば。いつもはもっと元気よくぎらぎら光っていたような気がするが、今は遠くの星の瞬きに近しい。


「今のままじゃ対抗できない、ということか」

「そうね。ほとんどただの石ころだもの」

「どうしたらいい、教えてくれ。解決するのが百年先だって構わない。俺は、俺の国を守りたい」


 アリオトは唇に指を当てる。深刻そうな眼差しで、告げた。


「……その身を、石に捧げるの」


 魔女に伝わる秘術だという。俺の魂を『至上の青』に注ぎ込み、本来の力を回復させるのだと。詳しい原理ややり方はわからなかったが、この魔女ならばできる力があるのだろう。アリオトは躊躇いながらも、けれど言葉を止めない。


「寿命は擦り切れるわ。魂ごと石に力を注ぐのだから、あなたはじきに死に至る。それでも、やる?」

「やる。……やらせてくれ」


 俺は即答した。

 アリオトはしばらく俺を見つめてから、そう、と呟いた。魂を石に注ぐ術式については、日記に書くなと厳命されたので割愛させてもらう。とにかく、俺のほとんどは『至上の青』のものになった。

 それから俺は、なんとか命あるままステラノヴァまでたどり着いた。魔力の込められた強く、美しい『至上の青』を携えて。

 最後の時間を振り絞って、俺は妻と息子に旅の隠者を装ってどうにか接触した。


「あら、旅のお方?」

「ええ。ルナ・ウェトゥムから来たのです。守りの石を、あなた方に授けましょう」

「ですって。……あら、坊や。嬉しいの?」


 妻と子供の笑顔があまりに眩しい。本当なら王城で不自由なく暮らしていけるはずの愛する人達と、俺は別れなければならかった。

 泣きそうになりながら、ローブを目深に被り直す。必ず守り通せと言い含めて石を託した。

 そして。いつか、アステール王家の血を引く人間が、フォレスター家の陰謀を明かしてくれることを願いながら、俺はこの手記をソラール王室図書館へ隠すことを決めた。ステラノヴァに隠して、『歪曲の赤』の効果を受ける可能性があったのもあるし、ソラール王との和平交渉の場がこの図書館だったのも理由の一つだ。

 ともかく、木を隠すのなら森の中、日記を隠すなら本の中、だ。こっそりとアリオトに教えられた裏口から隠し通路を使って、俺はこの日記を君の手に取った場所へ隠している。魔力の込められた『至上の青』なら、きっと君をソラールへ導き、この手記へ導いてくれるだろう。

 準備は整った。俺の命はもう長くない。

 いつか真実に辿り着く俺の裔よ。愚かな俺を笑ってくれていい。だが、ステラノヴァの偽りを、明かす時が来たはずだ。決してその宝石を手放してはいけない。それは君の絶対の護り、そして、フォレスター家の持つ魔石を破壊するための唯一の存在だ。


 ――誰にも渡すな。


 そして、王家の誇りを思い出せ。

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