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22.百年前の真実

 次に目を覚ました時には、柔らかなベッドの上に横たえられていた。体の至る所に包帯が巻かれていたが、草むらで倒れていた時よりは体が軽い。


「目を覚ましたのね」


 声に反応して、がばりと身を起こす。大きく、とんがった黒い帽子を被った美女がそこにいた。


「っ……!」


 体を動かした反動で、脇腹がじくりと痛む。よく見ると、縮れたような傷から血が滲んでいた。こんな傷、負った覚えがない。


「まだ動かない方がいいわ。魔力撃による裂傷の治癒は時間がかかるから」


 言われるがまま、俺は頷いた。どうやらここは彼女の家のようだ。壁には正体不明の薬草が所狭しと並び、部屋の中央の暖炉近くて、ぐつぐつと何かが煮えている。料理なのだろう、よい香りが空腹の俺の鼻腔をくすぐった。ぐう、と腹が鳴る。


「想定より元気そうね。……食事にしましょうか。食べながら、聞きたいことに答えるわ」


 女は俺の枕元に置いてあった椅子から立ち上がる。長い銀の髪がさらりと揺れた。彼女は鍋から木の器に汁物を装うと、俺へと手渡す。一口啜ると、内側から温まるようだった。そのまま口に運び続ける。その様子をよし、と思ったのか、女が話し始めた。


「私はアリオト。ここ、ルナ・ウェトゥムに住む『透視の魔女』よ」


 ごくり、と食事を嚥下した。


「ルナ・ウェトゥムだって……!?」


 ステラノヴァは大陸の西側だが、ルナ・ウェトゥムは遥か東方に位置する国だ。移動するのにかなりの距離がある。いったいなぜ、俺はこんな所にいるんだ。


「ステラノヴァからの客人を迎えるのは初めてだから、何が不都合があったら教えてちょうだいね。フレデリック国王陛下」

「……おい。なぜ俺を知っている?」


 目の前の女――アリオトと名乗った――は、もともと知り合いだったかのように俺のことを知っている。ルナ・ウェトゥムは魔術の国と聞くが、まさか俺のことまで知っているとは。わからないことばかりで頭が混乱してきた。アリオトは俺の様子を見て、ふう、とため息をつく。


「私は現在、過去、未来を見通す力を使う者。……あなたがここに来ることも知っていたわ」


 アリオトの赤い瞳が、淡く光る。魔力の強い者の瞳はわずかに発光して見えるのだと、かつて学んだ気がする。もっとも、ステラノヴァやソラールに魔術師は少ないため、間近で見ることは殆どなかったが。


「ルナ・ウェトゥムの魔女よ。なぜ俺を助ける?」


 俺は正直、魔術だなんだというものは眉唾物だと思っている。武芸や力こそ身を立てる全てだと教わってきたのもあるが。俺のそんな様子に、ふん、とアリオトが鼻を鳴らす。


「……それが私の仕事だから」


 俺は眉根を寄せた。


「どういう意味だ。お前には何の利益もないだろうに」

「利益がなくても、やらなければならないことがあればやる。それが魔女よ」


 アリオトとやらは、俺の身の上や、何が起こったかを把握しているような口ぶりだった。


「魔女よ。……教えてくれ。俺は、何に巻き込まれている?」

「――まず、今の状況について。あなたは魔力撃を喰わらされて瀕死だった。傷跡と魔力を考えると『歪曲の赤』と呼ばれる魔石にやられたわね」


 思い出す。メルヴィンの右手で妖しく輝いていたあの宝石に、そんな力があったとは。魔力撃と言うのは、上から思い切りのしかかる衝撃のことだろう。雷撃の、魔力で行われる攻撃ということかと俺は勝手に納得した。


「『歪曲の赤』は持ち主の望みを一度だけ、けれど強力に叶えるもの。その願いは百年続くと言われているわ。彼は……あなたの弟が何を願ったのか、覚えている?」


――ボクがこの国の王だ。


「王位を、望んでたな」

「ええ。今現在、メルヴィン・ノヴァリアはステラノヴァの国王――ということになっているわ」

「本当なのか!? あの出来事は、悪夢じゃ、ないのか」


 思わず大声が出る。簒奪者とはいえ肉親、しかも双子の弟だ。夢であって欲しかった。


「彼がそう願ってしまったんだもの。メルヴィン・ノヴァリアによるノヴァリア王朝がずっと続いていたと、ステラノヴァの民は今頃深く信じ込んでいるはずよ」

「っ……!」


 和解したばかりのソラール国王に、無実だと訴えてもまだ蟠りが残っている。父の蛮行を諫めた形で即位したというのに、これではまたソラールとの関係が悪化しかねない。


「今のあなたがどれだけ逆立ちしたって、あの魔石の願いを打ち消すことはできない。でも、いいじゃない。身内でしょう? 政くらいやらせたら」

「……メルヴィンは、ダメだ……」

「なぜ?」


 俺は項垂れる。本来王位継承権は俺にも、メルヴィンにもあった。だが、メルヴィンの性格を俺はよくわかっている。あいつは子供の頃から俺のものを欲しがるだけ欲しがって、いざ手に入った後は放っておく。そういう性分だ。忠臣の言葉に耳を傾けず、甘い言葉だけに惑わされる。そんなやつを王にしてはいけない。そう考えた父上が、メルヴィンから王位継承権を取り上げたのだ。


「あいつは……王の器じゃない」

「諌めてくれる忠臣がいれば何とかなるかもしれないわよ?」


 アリオトは試すように俺のことをじっと見ていた。赤い瞳に射すくめられる。俺は静かに首を横に振った。


「……フォレスター伯が、メルヴィンを唆していた。背後から権力を握ろうって算段だろう。俺が、止めに行かないと」

「国外追放のお尋ね者なのに?」

「じゃあ、どうすれば! このまま国が傾いていくのを、黙ってみてろっていうのか。俺の国を、俺の民を、見捨てろって!?」

「今戻るのは危険よ。『歪曲の赤』はステラノヴァ全体に認識歪曲をもたらしているでしょうから。自国に戻った瞬間、縛り首にでもなるでしょうね」

 

 ぎり、と奥歯を噛み締める。してやられた、と拳を握りしめて、自分の太腿に打ちつけた。


「……その、魔術の効果ってやつは、いつ切れるんだ」

「百年」


 魔女がつぶやく。聞き間違いかと思って、もう一度尋ねた。


「なんだと?」

「百年、待つしかないわ」


 アリオトは、長いまつ毛をそっと伏せていた。

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