21.百年前の真実①
フレデリック・アステール。それが俺の名前だ。
父はステラノヴァの国王であり、名君と謳われていた。その息子である俺も、当然王になるものだと、幼い頃から当たり前のように信じていた。
俺が二十歳になる頃には、妻を娶り。それから数年すると幼き息子が生まれ、すべては順調に進むと思っていた。
だが。突然、ソラール王国との戦争が始まった。きっかけは些細なことだった。確か、酒宴でソラールの王族を、ステラノヴァの王族が罵ったとか、そんな大したことない話。それが遠因で、ステラノヴァ側から攻撃を仕掛けてしまったのだ。俺としては、我が父がそのような選択をするとは夢にも思っていなかった。だが、貴族たちの傷つけられた誇りのためにも、剣を持って戦う必要があった。
ソラールは三方を山脈に覆われた攻め込みづらい地形であり、そのうち一方――南側の山を超えたところに、我がステラノヴァ王国はあった。山越えをしながらも俺たちは戦いに明け暮れ、不毛な戦に互いの民を減らしていった。やがて、半年が過ぎ、雪に覆われた山々で互いの兵が命を散らしていた頃。――父が死んだ。
長きにわたって平和を保っていた近隣国との慣れぬ戦争に心労が祟ったのかもしれない。俺は予定よりも早く玉座に座り、ソラール王国との和平交渉を行った。ソラール王国も、不毛な戦を終わらせたいと願っていたようだ。厳冬になる前に、俺たちは戦を終わらせた。
さて、ソラールとの停戦交渉から帰った俺を待っていたのは、双子の弟であるメルヴィン・アステールだ。こいつはことあるごとに俺に突っかかってくるようになっていた。幼い頃はもっと仲が良かったのだが、メルヴィンにフォレスター家から来た家庭教師が付くようになってから、俺たちは争うようになっていった。
だから、久々に会う弟が、不敵に笑っているのも、いつものことだろうと思い込んでいた。
「お帰りなさい、お兄様」
謁見の間。そう言いながらメルヴィンが座っていたのは、あろうことか玉座だった。妻と息子の姿はない。一人、誰も居ない謁見の間で、メルヴィンは満足げに俺のいるべき場所を奪っていた。
「……メルヴィン。王でもない人間が、玉座にいるなんて、気でも違えたか?」
メルヴィンはくつくつと笑いながら、俺の忠告も聞かずに玉座へ座り続ける。左手に、なにやら得体の知れない赤い宝石を手にして。
「っははは、何をいうかと思えば。お兄様、いいや、ステラノヴァ王国"元"国王、あなたにお別れを告げるため待っていたのです」
「何……?」
訝しむ。こいつは一体、何を言ってるんだ? 意味がわからない。
俺が困惑していると、いつのまにかメルヴィンの隣に、フォレスター伯爵が立っていた。さながら、国王と、それを支える宰相のように。
「ふざけた真似はよせ。フォレスター伯、どういうことか説明してもらおうか」
「その必要はございません。さあ、メルヴィン様、今です」
俺を抜きにして、自体は進行していく。何が起きているか全くわからない。赤い宝石が薄暗い光を放ち、メルヴィンがくす、と不敵に笑ってみせる。
「『赤く輝く魔石よ、我が願いを聞き届けよ』」
突如として、俺の体は床に叩きつけられた。突然の衝撃で息ができない。上から何者かに拘束されるような重圧。普段の俺なら多少は抗えたのかも知れないが、ソラールからの長旅で疲れた体には堪え難い。
「ぐ、あ……!?」
何か、大切なものが俺から抜け落ちていく気がする。脇腹に何かを喰らったのか、その場所がじくじくと痛んだ。
「王位はボクが貰う。さようなら、お兄様」
狂ったようにメルヴィンは笑い続ける。隣に佇むフォレスター伯も、にやにやと俺たちの事を眺めていた。余興を演じる道化とでも言いたげな視線。奥歯を噛み締めるも、上からの重みが増して、動けなくなる。
メルヴィンは赤い宝石を天に掲げた。そうして、宣言する。
「『ボクがこの国の王だ。そこの男はボクの王位を簒奪しようとする不届者。ボクが新しい王、新しい星――メルヴィン・ノヴァリアだ!』」
一際大きく石が光って――気が付けば、俺は近衛に取り囲まれていた。
「メルヴィン国王の治世を脅かす簒奪者め!」
「不届き者!」
「アステール公爵家と驕ったか!」
など、近衛達は本気でメルヴィンが国王だと思っているような口ぶりで、俺に刃を向けていた。
「そこの男はボクから王位を簒奪しようとした不届き者だ。速やかに捕らえろ!」
もはや、抵抗する力も残っていない。俺は、こんなところで死ぬのか。諦めかけたその時、胸のブローチが一際強く輝いた。
「何――!?」
フォレスター伯の驚愕の声が遠い。瞼の裏で、青く美しい光が瞬くのを見て、俺は意識を失った。
☆
目が覚めると、俺は草むらの中で倒れていた。体はぴくりとも動かない。喉はからからに乾いていて、指一本動かすことさえままならない。
俺は目を閉じて、自分の身に起きたことを反芻する。父が死に、俺が王になった。ソラールと和平調停を行って、やっとステラノヴァを立て直す――そう思った矢先に、変な石を持った弟が俺から王位簒奪を図った。
悪夢なら、覚めて欲しかった。いや、もしかしたら夢なのかも知れない。そうであってくれ。
祈りながら歯噛みしていると、遠くから茂みをかき分ける音が聞こえた。
「――『至上の青』に守られたのね」
澄んだ女の声。足音が近づいてくる。
「ステラノヴァの紋章に……王族の服装。あなたね、フレデリック・アステール」
霞んだ目で声の方を見ようとする。気力を振り絞って顔をあげると、この世のものとは思えないほど美しい女がそこにいた。
「だ、れだ……」
掠れた声は弱く、空気を震わせたかどうかもわからない。「もう少し眠って」と声がかけられて、俺は瞬く間に再び気を失った。
20260505 区切りのいいところまで少し追加しました




