18.伯爵令嬢、嫉妬する
「これも、敵の撹乱なのでしょうか」
紋章の入った武器は、基本的には他家に持ち出されないように数量が厳格に管理されている。もしかしたらこのフォレスター家の印が入った短剣も、リバーサイド子爵領のように、あの間者によって持ち出されたものかもしれない。今頃数が足りなくなって大騒ぎしているかも。だが。どうにも、ミリアム・フォレスター伯爵令嬢の存在が頭にちらついて、あの家を擁護することが私には難しかった。
「いや。……僕は、フォレスター伯爵家がこの騒ぎの裏にいると思ってる」
セルジュ様が剣呑な眼差しでそう呟いた。
「なぜ、ですか。フォレスターも、リバーサイドのように利用されただけかもしれないのに」
「……フォレスター伯爵家は、『狩人』と呼ばれる密偵を使って暗躍している疑いがある」
セルジュ様が報告書を捲る。
「ステラノヴァとは国としても、それから個人的な付き合いとしても親しくしているつもりなんだけど。フォレスター伯爵はどうにもきな臭くてね。前々から色々と調べていたんだ。彼ら、伯爵家なのに妙に顔が効くだろう?」
ミリアムのことを思い出しながら、ええ、とプリムローズは頷いた。もちろん、もともとの彼女の愛嬌もあるが、確かに思い返してみれば彼女はいつもタイミングよく様々な貴族との付き合いを深めていっていた。私は、ただ単に運がいいと思っていたけれど。
「優れた諜報がいるって噂は僕の耳にも入ってきていてね。まさか、僕の大事なものを奪おうとするなんて夢にも思ってなかったけど」
時折見る、セルジュ様の翳った瞳。暗く、深く、奥に潜むものが読めない緑色に、心がざわつく。私のせいで、こんな顔をさせてしまうことがどうしてもつらかった。
「プリムローズ。……なるべく、自分の部屋から出ないでくれ。君を守りたいんだ。どこかへ行く時も、必ず誰かと一緒に居て」
セルジュ様が私の手を握る。強く、強く、決して離さないとでも言うように。
「……わかりました」
私を失うより、職務が滞る方が良い。そう、セルジュ様が判断されるのは自然なことだった。私も、セルジュ様が同じ立場だったらそう考える。
「一つだけお願いがあります」
「なんだい」
「……本を、いくつかお借りしてもよろしいでしょうか」
部屋から出られないということは、時間を持て余すということだ。セルジュ様の書斎から書類を動かしすぎるのも機密に触れるだろうから、仕事を手伝うこともままならない。せめて、ソラールの法律書や歴史書を読んでこの国ためになるような知識を身に付けたかった。
「いいだろう。マティアス、ついていってやれ」
セルジュ様は仕方がない、と頷いてくださる。まだ目が赤いジゼルを部屋に置いて、私はマティアス様の後を追った。
☆
窓に打ち付ける雨粒を眺めながら、私はぼんやりと遠雷を聞く。お父様が、プリムローズに対して、何かを企んでいる事は、なんとなく知っている。だけど、具体的に何が起こるか、私には知らされない。いつもそう。お父様は、私には何も教えてくれない。
幼い頃から、お父様のいうことさえ聞いていればなんだって叶ってきた。たくさんの人に愛される方法も、偉い人に気に入られる方法も、嫌いな人を陥れる方法も、全部お父様から教わった。
社交界で貴族達に気に入られれば、きっとお前は幸せになれる。それが、お父様の口癖だった。
「可愛いミリアム。お前は宝石のように輝いている。お前を愛さない人間はいない」
だから、私はたくさんの人から愛されて、ほしいものはなんだって手に入る人生になる。きっとそうなるんだ、そんな夢を抱いて、十六歳の誕生日が過ぎた。そうして迎えたデビュタント。社交界にこれからデビューして、いろんな人たちと親しくなって、自分の価値を証明するんだ。真っ白なドレスを纏って、まっさらな未来に思いを馳せて。そう意気込んでいた私を打ちのめしたのは、あの忌々しい公爵令嬢だった。
プリムローズ・アステールは、名前に負けない、星の輝きを纏ったような完璧な美少女で。私以外の貴族令嬢もみな思っただろう。物語から出てきたんじゃないかと思うほどの佇まいに、あの人が会場に現れた時、思わず呼吸を忘れた。
美しい薄茶の髪はゆるく波打って。目は海のような深い青を湛えた理知的な輝き。真っ白な肌は陶器のように透き通って。体は華奢で、薄青いチュールドレスがよく似合っていた。妖精みたいな見た目。完璧なカーテシーに、澄んでよく通る柔らかな声。所作も美しく、使用人にさえ礼を述べるできた人格が窺える。
なのに。表情だけは物憂げで、笑顔は硬い。この場にいるのが苦痛と言いたそうな、そんな顔をしているから、なんだか無性に腹が立った。
――ずるい、と思った。
生まれながらになんでも持ってるくせして、どうしてそんな顔をしてるの。私が努力して、必死になって手に入れたものを、もっといいものを持っていると見せびらかすくせに。そんな物憂げに、まるで社交界なんて興味ないですみたいな顔をして。
私の存在を馬鹿にされたみたいな気分になって、全身の血が沸騰するようような錯覚さえ覚えた。
だから私は決めたのだ。
この子から、全部のものを取り上げて。私が一番優れてるって証明してやると。




