17.ソラール王妃、侍女に泣かれる
のそのそと寝台から抜け出し、支度を整えて私室へ戻る。気がつけば翌日の昼になっていたが、私やセルジュ様を咎める者はだれもいなかった。あんなことがあって、我がことながらよく生きていたと胸を撫で下ろす。無意識に胸の宝石を握りしめながら、ふう、と息を吐いた。いまだに気が気ではないけれど、セルジュ様に抱きしめられていたせいか、少しだけ気持ちは楽だった。
同じく寝巻きから着替えたセルジュ様が私の部屋を訪れる。難しそうな顔で報告書に目を通していらした。
「報告してもいいかい、プリム」
「……かまいませんわ」
セルジュ様が私の隣に座った。近い。
「じゃあ、まず、毒殺未遂の話から」
私から宝石を奪おうとした男は逃したままだったが、マティアス様の働きによって、毒を仕込んだ人間は直ちに捉えられたのだという。下働きの使用人で、最近城下に出入りするようになった男だった。おそらく、間者がすぐに切り捨てられるように選んだ駒だろう。近衛隊士達に尋問され、男は命乞いをするように情報を吐き出したらしい。
「アーセニカムの出所を聞き出したんだが……プリム、ステラノヴァのリバーサイド治療院って、知っているかい」
ぴくり、と傍で控えていたジゼルが体を震わせた。
「……リバーサイド子爵領にある医院ですね。それが」
「どうやら、そこにあった毒物らしいんだ」
かしゃん、とジゼルの手にしていた食器が音を立てて床に落ちた。ばしゃりと紅茶が絨毯に溢れ、そのまま染み込んでいく。へなへなと崩れ落ちて、みるみるうちに、ジゼルの明るい黄緑色の瞳に涙が溜まっていく。
「わ、たし……そんな、プリムローズ様……!」
ジゼル・リバーサイド子爵令嬢は、自分が犯した罪のように瞳から大粒の水滴を溢す。
「落ち着いて、ジゼル。あなたのせいではないのよ」
「で、でも、ローズ様に私の実家が迷惑をかけたかもしれないと思うと……」
「ジゼル、と言ったね。リバーサイド子爵令嬢、今は僕の妻の侍女だが――心当たりはあるかい」
セルジュ様は穏やかに、けれど確かめるようにジゼルへ言い含める。
「っひ、ぐっ……あり、ません……!」
「君はプリムを傷つけたりしないと、誓えるかな」
「あ、たりまえです……っ、お嬢様が、こんなに、こーんなに小さな頃から、大事に、してるんです……! 毒殺なんて、ありえませんっ……!」
大粒の涙を溢しながら、ジゼルが顔を覆って泣きじゃくる。ああ、この子はこんなにも、私を大事に想ってくれていたのだ。私の方まで目頭が熱くなった。
「セルジュ様。疑いの目がジゼルに行くのもよくわかります。けれど、彼女は私を陥れるような人間ではありません」
きっぱりと言い切る。セルジュ様はしばらく考え込んで、私とジゼルを見比べ、うん、と頷いた。
「――君の忠誠は真実そのものだね。疑って悪かった、ジゼル嬢」
「……え?」
ジゼルが顔をあげる。私も驚いてセルジュ様の方をまじまじと見つめた。
「あの毒、盗まれたんだよ。ついこの前」
ジゼルがポケットからハンカチを取り出して、涙を拭った。鼻もかんでいる。
「わざわざリバーサイド子爵家の領地で管理されていた毒を使ったことが露見した場合、子爵家に責任が問われる。それでジゼル嬢の評判が落ちれば、王妃付き侍女の任はどうあっても続けられない」
――なるほど。私を孤立させるために。
毒が持ち出されたのがジゼルの領地なら、確かにリバーサイド子爵家に罪科の責が問われるだろう。ジゼルを失うことは私にとってかなりの痛手だ。そこまで理解している人間が、裏で一枚噛んでいる。
「君を狙うやつは、よく考えてる。恐ろしいくらいにね。さて、ここで僕は思った。ステラノヴァの内情に詳しすぎやしないか、って」
確かに、と得心する。仮にソラールや、それ以外の国の人間が私を狙うにしては、敵はあまりにステラノヴァ国内の力関係や人間関係を知悉している。ただ、私を厭う人は、ステラノヴァ社交界にはたくさんいるだろうけれど、命まで狙われる覚えなんて一切なかった。
「……長年、プリムローズ様にお仕えしておりますけれど。こんなことは初めてです。なぜ、今になって立て続けに狙われなければならないのでしょう」
目を赤く晴らしたジゼルが首を傾げていた。
「どうやら、間者はこの宝石を狙っていたようなのです」
ちゃり、と首のペンダントの鎖が鳴る。青く美しい宝石を、セルジュ様が眺めた。深い青、星が散らばったような金色の内包物。石はシャンデリアの輝きをきらきらと反射して、夜空のように輝いている。それにしても不思議な石だ。私の身に危険が迫った時、石は三回も私を助けてくれたのだから。
何か、気になることがあるのか。じっとセルジュ様が宝石を見ていた。
「セルジュ様?」
「いや、僕の思い違いかもしれない。あとで調べるよ」
それよりこれを見て、とセルジュ様が懐から取り出したのは、暗殺者の残した短剣。見知った意匠に、私の背筋がぞくりと寒気を訴えた。短剣の柄に、ある家の紋章が刻まれていた。
ジゼルが両手で口もとを覆った。私も、信じられない、と目を見開く。
「フォレスター伯爵家……?」




