16.ソラール王妃、甘えられる
ミリアム・フォレスター伯爵令嬢と知り合ったのは、デビュタントからしばらく経った夜会の時だった。殿方の間に挟まれ、何やら言い争いの渦中にいた彼女が縋るように見つめてきたのを、つい助けてしまったのが知り合ったきっかけだった。
「あなた方、何を言い争っていらっしゃるの」
と声をかければ、蜘蛛の子を散らすように殿方達は去っていった。残された少女に声をかけると、ほろほろと涙を流しながら彼女は私の手を取った。
「ありがとうございます、アステール公爵令嬢さま!」
「構わないわ。お困りだったみたいだから」
「私、ミリアム・フォレスターと申します。フォレスター伯爵家の娘です。……実は、デビュタント、アステール公爵令嬢さまと同じ時期なんですよ」
大輪の花が咲くように、あどけない笑顔でミリアムはそう言った。
「プリムローズで構わないわ」
なんども公爵令嬢、と呼ばれるとなんだか居心地が悪いような気がして、私は名前で呼ぶことを許した。あとから考えれば、これも間違いの一つだったのかもしれない。
「じゃあ、私のこともミリアム、と呼んでください。わあ、なんだかお友達になったみたい! ……っと、流石に失礼でした。ごめんなさい、プリムローズ様」
ぱあっと顔を明るくした後に、しゅん、とわかりやすくしょげてみせる仕草。こういう表情のわかりやすさや愛嬌が人好きするのだろう、と思いつつ、私には真似できないという諦念が心を占めた。ステラノヴァの社交界は、どうやらわかりやすく愛想を振りまける令嬢の方が優遇されるらしい。鈍い私にもなんとなくわかりはじめていた。
(それは、勉強してこなかったわ……)
と、遠い景色に視線を向けて現実逃避をしてしまう。失礼にならないような言葉遣いやマナー、動き方、そういったところは父も母も家庭教師も教えてくれた。だけれど、どうやったら人から愛されるかなんて、私にはわからない。
「なんだ、プリムローズじゃないか。探したぞ」
肩に何かが触れている。当然声をかけられ、びくり、と体が跳ねた。肩の手を視線で追えば、そこにはアラン王子がにやにやとした笑顔で私を見ていた。
「お前、俺の婚約者なんだから、夜会では俺のそばにいないと。……そこの令嬢は?」
「まあ! 私、ミリアム・フォレスターと申します。初めまして、アラン様!」
甘い声でミリアムはアラン王子に話しかける。
「フォレスター伯爵令嬢か。プリムローズの友人か?」
「はい、さっきお友達になりました」
「へえ、堅物そうなお前も、こんな可愛らしい令嬢の友人がいるんだな」
なんだかバカにされているような、格下に見られているような気がして、心がもやもやする。アラン王子と私が婚約者で、ミリアムはただの知り合いはずなのに。私が爪弾きにされているような、そんな感覚。
「やだ、可愛らしいだなんて……照れてしまいますわ。でも、プリムローズ様の方がもっとお綺麗でしょう、アラン様?」
わかりやすくしなを作って、ミリアムが微笑む。
「まあ、な」
じろじろとアラン様が私のドレスを見て、それから顔を見る。舐めまわされるような視線が嫌だったけれど、相手は王子で家の決めた婚約者。ここは耐えるしかない。
「お二人の邪魔になるといけませんから、私はこれで。プリムローズ様、またお話ししましょうね」
ふわり、と花が舞うように、薄紅色のドレスを翻してミリアムは去っていった。アラン王子がしばらくミリアムの方をじっと見ていたのを、その時の私は見ないようにしていたのかもしれない。
☆
ふと、意識が浮上する。柔らかな寝台は馴染みのものだが、なんだか体が重たい。何か上にのしかかっているような感覚がある。
目を開ければ、そこには私に覆い被さるように眠っているセルジュ様がいた。ぎゅう、と体を抱きしめられているせいで、身動きができない。
「……セルジュ?」
声をかければ、ぴくり、とセルジュ様が反応する。
「起きてらっしゃるなら、どいてくださると嬉しいのですが……」
「やだ」
駄々をこねる子供のようだった。セルジュ様の顔が私のお腹あたりにあるせいで、声がくぐもって聞こえた。
「今日は離さない。いや、明日も離したくない。……君が、僕の目の届かないところにいるのが嫌だ」
そうは言いましても。確かに毒殺未遂やら暗殺未遂やらがあり、心配されるのはよくわかる。私もセルジュ様に抱きしめられていると安心するし、可能ならずっとこうしていたい。けれど、彼は国王なのだ。ずっと私にひっついているわけにはいかない。
「……間者を放った人間が誰か、わかりましたか」
甘やかな空気をあえて台無しにするように、私は尋ねた。はあ、とため息をついてセルジュ様が体を起こす。
「その話は後でしよう。……あと五分だけこうさせてくれ」
ぎゅう、ともう一度大きな体が私を抱きしめる。私の存在を確認するような仕草に、つきん、と胸が痛んだ。




