19.ソラール王妃、図書館に夢中になる
この後しばらく、私の身が安全になるまで執務に忙殺されるであろうセルジュ様の代わりに、マティアス様が図書館へと案内してくださった。王宮から渡り廊下で繋がる建物を進んでいくと、大きな扉が目の前に現れる。
「ここが王室図書館です、プリムローズ様」
「わあ……!」
呑気に本を嗜んでいる状況ではないとわかってはいたが、この光景にはさすがに感嘆の声が漏れた。
天井まで堆く積まれた本の山。けれどただ殺風景ではなく、本棚や梁など至る所に精巧な彫刻が施されている。天井には美しい星座が天球儀の如く描かれ、部屋の中央には柔らかそうなソファが置いてあった。
「ソファはセルジュの趣味ですが、それ以外は歴代ソラール王家の好みで作られた部屋です」
俺も来るたびに感動します、とマティアス様も率直な感想を述べられる。実家で引きこもっていた時にお父様の書斎に入り浸って本を読み漁っていたが、ここまで立派な図書館は初めてだった。内装もさることながら、驚嘆に値するのはその蔵書量、そして内容だった。
「ソラール王国史だけではなく、ステラノヴァ建国史まで……ああ、すごい、なんでもあるのですね……!」
目を輝かせながら、あちこちをみて回る。しばらくそうしていると、ごほん、とマティアス様の咳払いが聞こえた。
「御身に危険がなければ、ここにずっといていただいても構わないのですが……」
暗に、早く本を選んでくれと言われているのに気がついて、私は耳を赤くした。マティアス様もセルジュ様の護衛に戻らなければならないのだということを失念していた。
「ご、ごめんなさい」
「いえ。俺としても心苦しいのですが。……もちろん、プリムローズ様が本をお選びになるまで、ここにおります」
「わかっているわ。なるべく早く選ぶから、少し待っていて」
いくつか歴史書を手に取る。ぱらぱらと捲るだけで、面白そうな文献が目に飛び込んでくる。もしかしたら、ステラノヴァと同じ出来事が他の視点から書かれているかも。そう思いながら、分厚い歴史書を次から次へとソファ前のテーブルに重ねていく。……少し詰みすぎたかもしれない。
「……プリムローズ様。流石に、全ては持っていけませんよ」
「そ、そうよね。じゃあ、この三冊にするわ」
えり抜きの三冊を胸に抱えて、持ちきれず。結局二冊分はマティアス様に運んでいただくことになった。
☆
夕刻。本来であれば食堂での食事なのだが、私の身を案じたセルジュが私の部屋へと料理を持ち込むように命じていた。食事を終えた後、ジゼルが食事をさげてくれる。一人になった私は、ソファでくつろぎながら持って帰った本を開く。
ソラール王国史、と金箔でタイトルが書かれている。私が持って帰ってきたのは、複数ある王国史の中でも百年前の戦争に関わる部分の巻だった。
ぺらり、と紙を捲る音が部屋に響く。私の知っている歴史の、ソラール視点の物語。ステラノヴァの歴史書で悪とされていた人が、ソラールでは英雄と記載されているのが興味深く、みるみるうちにページが進んでいく。
ぴた、と手が止まったのは、挿絵のページを開いた時だった。胸の宝石が、じんわりと、青く光り輝いている。
「宝石が、なぜ……?」
今まで私の身の危険を知らせるために光っていた胸の宝石が、ちかちかと、星の瞬きのように輝いていた。首からそっと外して手に取ると、宝石はさらに光を強めた。そして――歴史書の方にも、青い光を灯す。
「本が、光って……」
先ほどまで何も書かれていなかった挿絵のページ。その空白部分に、青く光る文字が浮き出ていた。
『汝、真実を見届けるべきものよ。星の国からの来訪者よ。太陽の国に隠されし、真なる物語を知る覚悟はあるか?』
まるで、宝石に語りかけられているような気分だった。ステラノヴァの、真なる物語。まるで、私の知る歴史が嘘だとでもいうかのような書きぶりだった。迷う私を促すように、青い光が増えていく。
『偽りを暴くのなら、汝を導こう』
あまりにも不思議な現象だった。けれど、私は――宝石の言葉に、何か大事な意図があるような気がしていた。いつもこの石は私を守ってくれる。ならば、この出来事もきっと、私を守るために起きているのだろう。
「教えて。……私に、真実の歴史を」
宝石は一際大きく輝くと、ある方向を光で指す。部屋の暖炉のレンガ、その一箇所を青い光が示していた。誘われるままに指で触れると、がこん、と音がして暖炉の奥にぽっかりと空間が開いていた。火の使われていない暖炉へ体を潜らせると、暗闇の向こうに、道が続いている。――隠し通路だった。




