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13.フォレスター伯爵家、暗躍する

 ある日の中庭。私はジゼルと共に近衛隊士たちが訓練しているのを視察していた。彼らの身体能力は素晴らしかった。私には到底できない動きで矢をかわしたり、組み手をして相手を投げ飛ばしたり。幼い頃に見た旅芸人一座の興行を思い出すような人間離れした動きに夢中になる。


「プリムローズ様、あれ、マティアス様ですね!」


 ジゼルが言った方を見れば、いつもよりも軽装なマティアス様が、剣を片手に訓練場へ足を踏み入れたところだった。相手の近衛兵も精悍な殿方だったが、マティアス様は慣れた調子で剣を構える。


「隊長、指南のほどよろしくお願いします!」

「ああ。どこからでもこい」


 キン、キン、と甲高い金属音が響く。マティアス様の剣技は、素人の私が見ても重厚で、その一撃一撃を受ける近衛兵の方は苦しそうな顔をしていらした。怒涛の攻め方に呆気に取られつつ、ちらり、とジゼルの様子を見ると、彼女は夢見る乙女の表情をしていた。頬を赤く染めて、明るい黄緑色の瞳がとろりと蕩けそうになっている。


「かっこいい……」


 身軽に近衛兵の攻撃を避けながら、自身は重い剣戟を繰り出すマティアス様は、とてもお強いであろうことが窺えた。セルジュ様の身辺警護を任されるだけはある実力。ジゼルが見惚れるのもよくわかる。マティアス様達の奏でる剣戟の音に耳を傾けていると、遠くの方で明るい金の髪が見えた気がした。セルジュ様も視察にお越しになったらしい。話しかけに行こうとした時、ふと、胸の辺りで何かが光っている気がした。見れば、胸元の宝石――出立のときに母から持たされた――が光っている。びゅう、と強く風が吹いた。


「プリム、危ないッ!」


 遠くでセルジュ様の声が聞こえる。眩く光が視界を満たし、ばちん、と何かが弾ける音がした。からから……と転がる音。転がっていった物の方に視線を向ければ、真っ二つに折れた矢が中庭の石畳に落ちていた。


「お、王妃様、申し訳ございません……」


 弓を持った近衛兵が、真っ青な顔で頭を擦り付けるように叩頭していた。


「ええと……何があったのか、よくわからなくて」

「矢を放った後に強く風が吹いてしまい……王妃様の方へ飛んでしまって。俺の首で贖います」


 心の底から申し訳ない、といった様子で謝罪をする近衛の方。けれど、私は無事だし、風のせいなら仕方がないのではないだろうか。


「以後気を付けてくださいな。……セルジュ様、マティアス様、私、傷ひとつありませんので」


 凍りついたような顔で私と近衛兵のやりとりを見守っていた二人が、ふう、と安堵のため息をついた。マティアス様が未だ顔を上げられない弓兵の肩を叩き、厳しく、しかし温かみのある声で部下を叱責する。


「城郭三周だ、行け。二度と弓引く間合いを間違えるなよ」


 はい!と涙声で弓兵の方が走り去る。


「寛大なお言葉、ありがとうございます」

「いえ、武器持つ人たちの前で不注意だった私にも責がありますし。それに……私に傷がないのに罰を下すのは過剰な措置ですもの」


 それにしても、なぜ自分は無事だったのだろうか。直前、胸の青い宝石が眩く光を放っていたのと、関係があるのかもしれない。


「そのペンダント、プリムを守っているみたいだね」


 セルジュ様がふむ、と顎に手を当てながら私の胸元を覗き込む。


「我が家に伝わる家宝だそうです。お守りがわりに持って行けと、母に渡されまして。……特に、不思議な言い伝えなどは聞いたことはないのですが」

「文字通りお守り、か。なにか力が込められた物なのかもしれないね」


 返事をするように青い石がちかり、と光ったような気がした。



「どうなってるんですの、お父様!」


 ヒステリックな声が屋敷に響いた。フォレスター伯爵家の一人娘であるミリアムが、愛らしいドレス姿に似合わない形相で父親――ジェラルド・フォレスター伯爵を糾弾する。


「アラン王子が私を王妃にしてくれるって話、ぜんぜん進まないじゃない! それに、プリムローズがソラールの王妃になってるんだけど!?」


 ミリアムの薄桃色の瞳が怒りに燃えていた。柔らかな金髪を振り乱して、ぎり、と歯噛みする。娘の怒りを抑えるため、ジェラルドは穏やかな声で彼女を制止しようとする。


「ま、まあまあ、落ち着きなさいミリアム」

「落ち着くですって!? アランと結婚したらお前は未来の国母だって、そう言ったのはお父様じゃない!」


 金切り声がキンキンと部屋に反響する。


「だがな、ミリアム……」

「お父様のお言付け通り、階段から落ちて転んで怪我をした私の努力が水の泡よ! ばかばか、お父様のばか!」


 ジェラルドは頭を抱えながら、髭を撫でつつ気分を落ち着かせようとする。ミリアムの癇癪にも困ったものだが、ジェラルドが目下問題視したのは例の公爵令嬢――いや、現ソラール王妃だ。

 プリムローズ・アステール公爵令嬢をステラノヴァの社交界から排することができ、ようやく自分の望みを叶えるために動き出そうとした矢先の出来事だった。


「よもや、ソラール国王があの小娘を拾って妻にするとはな……」

「本当よ。プリムローズったら、いっつも必ず美味しいところを持っていくんだから。許せないわ!」


 そうだな、と娘に適当な相槌を打ちながら、伯爵は思案に耽る。想定外なことが次から次へと起こる。ステラノヴァ国内であれば、ジェラルドの息のかかった貴族は数多いる。だが、他国にいかれてしまえばそう簡単にプリムローズと接触することは難しい。ましてや、王城に住まう王妃となれば、その難易度は跳ね上がった。

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。ジェラルドは顎鬚から手を離し、ミリアムに背を向けたまま告げる。がたがたと、外の風が強くなっていた。


「ミリアム、お前はそのままアラン王子と仲睦まじく過ごしていなさい。私の目的が達せらられば、自然にお前はステラノヴァ王妃になるだろう。お前は、プリムローズに勝ちたいのだろう?」


 ぱらぱら、と雨が降り始める。窓を叩く雨の音が大きくなる。


「目的って、なによ」


 ミリアムは首を傾げて、父親へ言い募った。


「お前にはまだ秘密だ。だが、いずれわかる」


 ステラノヴァ上空に雨雲が立ち込める。そのうちゴロゴロと雷鳴が響き始め、フォレスター家の近くでもぴしゃん、と雷が音を立てていた。


「……お父様ったら何も話してくださらないんだから。もうしらない!」


 ばたん、とミリアムが書斎を飛び出していく。自室に戻って、不貞腐れるのだろうと娘の癖を思い出して苦笑し――次の瞬間、ジェラルドから一切の表情が抜け落ちた。


「『狩人』よ、聞こえるか」

「はい、ご主人様」


 書斎の角、薄暗い闇の方へ向かって、ジェラルドは語りかける。『狩人』と呼ばれた人影が、ジェラルドの問いに返答する。迅速な応答に伯爵は満足そうに頷く。


「お前に命を下す。――狩りの時間だ。手段は問わない。我が獲物を持ち帰れ」


 影は頷き一つで、音もなくその場から姿を消した。誰もいなくなった部屋で、くつくつ、とジェラルドは笑い出す。


「ああ、なんとしても……何を犠牲にしても……手に入れたい。どうしても忘れられぬのだ、あの光が……!」


 大きな雷鳴。狂気にも似たジェラルドの独白は、雷雨によって隠される。雨雲は、ステラノヴァから、ソラールの方へと流れていくだろう。


 ――嵐が来る。

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