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11.ソラール王妃、夫の過去を知る

 一通り城内を見て回り、いろいろな使用人に会釈されながら私は自室へと戻ってきていた。


「お帰りなさいませ」

「ただいま、ジゼル」


 ジゼルはソラールに来てからも私のために甲斐甲斐しく働いてくれていた。トレードマークの三つ編みおさげが、猫のしっぽのようにぴょこぴょこと跳ねるのが愛らしい。


「ソラール貴族の方々から贈り物やお手紙が来ておりますよ」


 気づけば、部屋の一角にさまざまな包みが置いてあった。結婚のお祝いにどうぞお受け取りください、とか、我らが女王の今後の生活に栄光あれとか、どの包みにも手紙が添えられている。


「あとで開封するわ。お茶にしましょう、ジゼル」

「はい、お嬢さ……奥様!」


 手際よく、ジゼルがアフタヌーンティーの準備を始めてくれる。私室の窓を開けると、空色のカーテンが春風に揺れる。テーブルに手際よく真っ白なクロスがかけられ、ケーキスタンドが用意されていく。厨房へ行ったかと思えば、すぐに台車と共にジゼルが戻ってきた。ぴこぴこと、ジゼルの赤毛がおさげとなって揺れる。二つ年下であるジゼルは十八になるが、時折子供らしい表情が覗くところが可愛らしかった。

 台車には焼き菓子が何種類かと、果実のジャム、それにセイボリーとして魚の燻製が用意されていた。手際よくそれらをケーキスタンドに並べて、ジゼルは自慢げに私へ見せびらかす。


「どうですか、奥様!」

「ええ、素敵なレイアウトだわ。紅茶は何を持ってきてくれたのかしら」

「ソラール特産の茶葉に、柑橘と青薔薇の花びらをブレンドしたお茶だと伺いました。名付けて『青き王妃(レーヌ・ブルー)』と」

「……まあ」


 洒落た名付けに思わず微笑んでしまう。誰かが私の瞳の色と、オランジュの調和を考えてくれたのだろう。柑橘の爽やかな中に、薔薇の香りがほのかに漂う。飲み口は柔らかく、お茶菓子によく合う味だった。

 と、控えめな調子で私室の扉が叩かれる音がした。ジゼルが相手を伺えば、マティアス様がいらしていた。せっかくだし、一緒にお茶を楽しんで下さらないかしら。


「どうぞ、お入りになって」

「プリムローズ様……お茶の最中でしたか。急ぎの要件ではありませんし、俺はこれで」

「まって。せっかくだし、お茶でも如何かしら」

「……俺と? 構いませんが、良いのですか」

「ええ。よければその……セルジュ様のこと、もっと教えていただきたくて」


 まあ、とジゼルが口角をあげて、にこにこと微笑んでいる。た、確かに、夫のことを知りたいと思うのはやや気恥ずかしいところもあるのだけれど。一国の主を支える立場として、結婚相手の人となりについては把握しておいた方が都合がいいに決まっている。


「わかりました。――あいつ、プリムローズ様が自分のこと知りたがってるって聞いたら、喜ぶだろうな」

「そうなのですか?」


 首を傾げる。ジゼルが用意した椅子に腰掛けながら、マティアス様はそうです、と首肯した。


「そりゃ、好きな女に自分のことを知りたいって言われたら、男は嬉しいですよ。しかもあいつ……セルジュ陛下は好きなものしか身の回りに置かないタイプなので。プリムローズ様がこの城に来てくれるって聞いた時からずっと有頂天です」

「そう、なの?」


 確かに、大階段で会った時、手紙のやりとり、初夜もどきなど、さまざまなタイミングでセルジュ様は私に愛を囁いてくださっていた。それにしても好きな女、だなんて。まるで、恋愛結婚をしたみたい。


「そうです。幼馴染兼近衛隊長の俺が言うので、間違いないと思っていただきたい」


 マティアス様の、紫水晶を思わせる深い色の瞳が、真剣に私のことを見据えていた。どうやら本当らしい、と言われた言葉を飲み込む。


「セルジュ様とは、長い付き合いなのね」

「ええ。まだガキの頃からの付き合いです。乳兄弟でして。俺はデシャン侯爵家の跡取り、あいつは王子。しょっちゅう喧嘩ばかりしていました。……流行病で家族を喪ってから、今まで、ずっと無理ばかりしている男ですよ、セルジュ陛下は」


 手にした紅茶の液面が波打つ。


「無理、ばかり」

「ええ。今から十年前――セルジュがまだ十八の頃です。病でソラール王家は殆ど熱に浮かされ、そのままくたばっていく中、あいつは十八で国の全てを任されることになっちまった。その年は酷く寒い冬で、穀物の貯蔵も十分じゃない中での流行病。深刻でした」


 想像するだけであまりの過酷さに胸が締め付けられた。今の私とそう変わらない年齢で、全てを背負って国のために生きねばならない少年を思う。


「ノヴァリア王家の支援もあって、なんとかソラールの民を飢え死にさせずにすみましたが――あれ以来、セルジュは新しい人間関係を作ろうとしませんでした。女を侍らすことはあっても、深い仲にはなろうとせず。普段軽薄に笑っちゃいますが、正直、まだ傷が癒えてないんだろうと思いますよ」


 そういえば、と古い記憶を思い出す。十年前ということは、私がまだ十歳の時だ。その年は確か、ステラノヴァも酷く寒くて、夏のうちから両親が穀物の管理を厳密にしていた気がした。それのもっと酷いものを経験したのだ――しかも、家族を失った悲しみを抱えたまま。


「なので、プリムローズ様に求婚した、って聞いたときはびっくりしました。天変地異の前触れかとも思いました。実際会うまではどんな方かと思っていましたが……お優しい方で、良かった」


 強張っていたマティアス様の表情が和らいでいた。


「話してくださって、ありがとうございます。……こんな大事な話、マティアス様から伺ってよかったのかしら」


「いいんですよ。俺が話さないと、あいつは格好つけたいいところだけプリムローズ様に見せるつもりですからね」


 弱みも知ってこその夫婦でしょう、とマティアス様がジゼルに相槌を求めて振り向く。ぶんぶん、とジゼルは首を縦に振っていた。猫のしっぽのようにおさげが踊る。


「そういうわけなので、どうか、セルジュを――この国を、よろしくお願いします」

「……わかりました」


 改めて、セルジュ様の孤独を思った。家族同然に育ったマティアス様でも踏み込めない部分に、私は立ち入らせてもらえるだろうか。せめて、星あかりのようにセルジュ様の闇を照らしてあげられたらいいのに。なんて、傲慢かもしれないけれど、祈りのように思うのだった。

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