10.ソラール王妃、仕事を手伝う
さて、王妃たるもの陛下の仕事を手伝わねばなるまい。何をしろ、と言われているわけではないが、ただ蝶よ花よと遊んでいることが許される寵姫ではなく、王妃として娶られたのだ。するべき仕事はやる。
執務室をノックすると、マティアス様が控えていらした。本当に仲がおよろしいのね、と思いながら、近衛隊長でもあるのでその配置は適正なのだろう。
「おはようございます、プリムローズ様」
「おはよう、マティアス様。陛下はいらっしゃるかしら」
「朝から書類に追われてますよ。セルジュ、奥方だぞ」
大きなデスクに堆く積まれた書類の山から、すでに疲れたという顔をしたセルジュ様が顔を出した。私の姿を見て、少しだけ目に輝きが灯ったような気がする。
「プリム! こんな朝早くから君に会えるなんて」
「……昨日は夜通し一緒でしたけれど……」
ごふ、と後ろでマティアス様がむせていた。いけない、初夜だった。あまり大っぴらに話すべき話題でなかったことに気がつく。
「失言です、お忘れになって!」
こくこく、とマティアス様が神妙な顔で頷いている。ちらり、とその様子を見てセルジュ様が
「夜のことは僕と二人だけの秘密だよ、プリム」
などと仰るので、私は咳払いで誤魔化した。
「それで、朝から僕に何か用かな?」
「業務内容を伺っておりませんでしたので。私にできることであれば、なんなりとお申し付けください」
「……手伝ってくれるの?」
心底不思議、と言った顔でセルジュ様が私を見つめていた。
「妃ですので。ひとまず使用人たちの顔と名前と人となりは覚えるつもりですが、それ以外に喫緊の用件があれば可能な限り対応いたします」
使用人の管理と配置は基本的に王妃の仕事だ。おそらく今は円滑に回っているだろうが、昨日のような晩餐会を主催することもあるだろう。誰が何の仕事が得意か、誰と親しいか、そういったことを把握して損はない。
ただ、それよりも先に、セルジュ様がうんざりしていそうな書類を手伝う方が優先されるべきだろう。
「私に見られて困る書類などはございますか」
「一切ないよ」
ぺらり、と目を通していく。年間の予算案に始まり、各領地の収益の統計。疫病の発生状況、貴族達の政治的主張など、国の運営のために必要なさまざまな分野の書類が無造作に積まれている。
「……整理整頓から、してもいいでしょうか」
「助かるよ。うちの文官、仕事が早いのはいいことなんだが、署名欲しさに書類の積み方が雑でね」
なるほど、と頷き、とりあえず用件別に書類を並べ直していく。ただ王族の署名だけが必要な書類はそのまま自分の名前を書いて弾き、セルジュ様が読むべき書類だけを並べていく。念の為私の名前を書いた書類も束としてまとめ、情報に過不足がないように整えた。
「プリム。君……かなり慣れていない?」
「さすがに国一つを任されたことはありませんが、セルジュ様に娶られなければ、アステールの領地運営は私が行う予定でしたので。その延長の仕事であれば、多少は」
流石に国王直々に採決が必要な案件についてはセルジュ様にお任せするほかないが、そうでない書類が上がってくることもあるだろう。父が病気で一時的に臥せっていた時に、母と一緒に書類を捌いた経験が生きていた。
「……うん、完璧だ。ありがとうプリム」
「お褒めいただき光栄です、セルジュ様」
私のまとめた紙束を一瞥して、セルジュ様は納得した顔で頷いていらっしゃった。
「君が奥方でよかった。僕の目に狂いはないね」
くすり、とセルジュ様が微笑む。褒められて、くすぐったいような気持ちになり、なんだか逃げ出したいような気持ちになる。あの、新緑の緑よりももっと深い、エメラルドのような瞳にうつされると、落ち着かなくなってしまうのだ。
「プリム?」
なおも、じーっと、セルジュ様は私のことを見つめ続ける。まるで私がたじろいでいるのを楽しげに観察するように。視線が熱い。なぜか二の句が告げなくなり、ぱくぱくと、魚のように口を開けたり閉めたりしてしまう。どうしてしまったのかしら、私。
「おい、セルジュ。あまりいじめてやるな」
そんな私たちの様子を見ていたマティアス様が、慌てて間に入ってくださった。
「……ちえっ。いいところだったのに」
子供のように不貞腐れるセルジュ様を、マティアス様がため息で制した。
「陛下。執務が終わってから、奥様とお戯れください」
「それは確かにそうだ。……ありがとう、プリム。今日のところはこれで十分だよ。庭やら屋敷やら、自由に見て回ってくれて構わない。夕食はともにしよう」
「承りました、セルジュ様」
名残惜しそうな緑色の瞳から逃れるように、私はするりと執務室を抜け出した。マティアス様が、口の動きだけで「はやくいけ」と仰っていたのが気になったけれど。きっと、陛下の前で落ち着かなくなっていたのを気にかけてくださったのだろう。
簡単な仕事でも満足してもらえるのは嬉しいものだ。一息吐こう、と私は自室へと踵を返した。




