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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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98、祈りの都




 城門をくぐった瞬間、最初に思ったのは――人、多っ、だった。


 いや、ほんとに。多い。


 人がいる。

 人がいる。

 まだ人がいる。


 行き交う人の頭の数で、視界が黒く埋まっている。

 その合間に荷馬車があり、その横で誰かが値段交渉をしていて、その後ろで子どもが転がり、そのまた向こうで店主が看板を直していて、要するに、視界のどこを切り取っても誰かが動いている。


 動いていないのは、敷石くらいだ。


「うわ……」


 わたしが思わず漏らすと、隣のベルロウさんが鼻を鳴らした。


「うわ、で済むのが平和なくらいだぜ。あーし、こういう街マジで嫌いなんだよな」


「ベルロウさん、街道の宿場でもそれ言ってたわよ」


「あーしは一貫してる派なんだよ」


「そういう一貫の仕方ある?」


 会話している間にも、すぐ脇を荷を担いだ大男が「ごめんよ、急ぐから!」と通り抜けていって、その後ろから小走りの子どもがついていった。何屋さんの誰かはまったく分からないけれど、二人で何かを売りに行っているらしい。


 城門のそばの広場では、行商人が荷を下ろし、護衛の冒険者風の人たちが地面に座って水を飲み、巡礼者らしき集団が壁際で輪になって祈っていた。


 ボーダーもダイスロープも大きい街だと思っていたけれど、ここはちょっと、別格だった。


 密度が、二段くらい違う。


「ねえ、これ、平日のお昼?」


「ええ、平日の昼」


 アリアさんがあっさり答える。


「年末年始の頃はもっと増えるわよ」


「これより!?」


「これより」


「うわー」


 わたしの語彙が崩壊した。


 でも、これだけ人がいるのに、街そのものはちゃんと回っていた。


 すごく不思議だった。


 肩がぶつかる。けれど、立ち止まらない。

 舌打ちもしない人が多い。

 ぶつかった相手が荷を落としそうになると、ぶつけた方が「悪い悪い」と即座に支えて、また流れに戻っていく。


 慣れている、というより、もう「これが日常」という顔をしている。


 その日常の上を、わたしたちは流されるように歩いていた。




 通りを少し入ったところで、急に声が上がった。


「おい、見て歩けって言ってんだろ!」


 男の声。ガラの悪そうな男だ。


 その向かいに立っているのは、荷車を引いていたらしい、もっと小柄な行商人だった。


「すまねえ、急いでてつい――」


「つい、で人にぶつかるなって話だ。荷ぐらいちゃんと――」


 いかにも喧嘩になりそうな空気だった。


 わたしは反射で半歩、踏み込みかけた。


 反射、ってほんとに反射で、別にこっちが何かできる立場でもないのに、足が勝手に動いてしまうあたり、たぶんわたしの性格の問題だ。


 ところが、わたしより先に声が割って入った。


「ちょっとお兄ちゃん、ちょっと」


 間に入ったのは、近くの店の軒先で野菜を並べていたおばさんだった。


 たぶん五十代くらい。腕がたくましい。


「あんた、急ぎだろ? あんたも、急いでたんだろ? じゃあ、もうそれで終わりじゃん。お互い様、お互い様」


 あっという間に間を取り、両方の肩をパンパン叩く。


「ほら、お兄ちゃんも、しっかりした体格してんだから、こんなんでブチ切れてたら王都じゃ持たないよ。あんたが歩く道、明日も同じくらい混んでんだから」


「……うっせえな、わかってるよ」


「わかってんなら、ほら、行きな、行きな」


 男はちょっとふてくされたまま、結局そのまま行ってしまった。

 行商人は何度も頭を下げて、おばさんに「ありがとうございました」と言って、また荷車を引いていった。


 おばさんは「はいよ」と軽く手を振って、何事もなかったみたいにまた野菜を並べ始める。


 わたしは思わず立ち止まってその様子を見ていた。


「……すごい」


「何が」


 ベルロウさんが、興味なさそうに耳を動かす。


「いや、なんかこう、間に入るの速い」


「あの程度の小競り合いは、王都じゃ毎日二桁数えるぜ」


「二桁!?」


「二桁」


 ベルロウさんはさらっと言った。


「いちいち全部止めにいけねえだろ。だから、近くにいた誰かが入る。あれが王都の作法だ」


「作法」


「作法だ」


 ベルロウさんに、わざわざ「作法」と言わせるあたりが、ちょっと面白かった。


 歩いていると、また別の場所で、別の声がした。


「あらあら、どこの子?」


 声の主はまた別のおばさん(白髪混じり)で、その足元には、迷子らしき小さな男の子が泣きべそをかいて立っていた。


「お母さんは? お母さん。お父さんでもいいよ。どっち? どっちー?」


「うぇぇ……」


「うん、うん、いいよいいよ、慌てないで。すぐ近くだろうから、はい、こっちおいで。ちょっと出店のお姉ちゃんに迷子の顔覚えてもらっとこ」


 手慣れている。


 たぶんこのおばさん、生まれてからずっとこれをやっている。


「これも、王都の作法?」


 わたしが小声でベルロウさんに聞くと、ベルロウさんはあっさり頷いた。


「人ごみが多い街は、迷子に強くなる」


「なんか、不思議ね」


「不思議?」


「街そのものは、なんていうか、整いすぎてて、ちょっと怖いんだけどさ」


 わたしは正直に言った。


「街にいる人は、わりと、ふつうに優しい」


「ふん」


「すごい、人の街って感じ」


「お前、感想がいちいち詩的だな」


「うるさい」


 でも、それが第一印象だった。


 整いすぎていて、ちょっと怖い街。

 なのに、その中で生きている人たちは、わたしが想像していたよりずっと、生活の手触りを持っていた。


 なんとなくだけれど、その事実が少しだけ嬉しかった。




 わたしたちは大通りをそのまま進まず、すぐ脇道に入った。


 城門からまっすぐ伸びる目抜き通りは、人と荷馬車と巡礼者で詰まっていて、見ているだけで疲れる。アリアさんはそういう場所をあっさり避けて、外縁寄りの平民街へとわたしたちを誘導していった。


「宿、もう取ってあるから」


「相変わらず手回しがいいのね」


「冒険者って、こういう事務作業もわりと得意なのよ」


「絶対その『冒険者って』のあとに続く言葉、毎回ジャンルが違うわよね」


「気のせいよ」


 アリアさんはさらりとそれだけ言って、先に歩いていく。


 宿は、平民街の外縁、商人や行商人がよく使う一画にあった。


 立派でも、みすぼらしくもない。ちょうど目立たない、絶妙に普通の宿だ。


 主人は、四十代くらいの、地味だけれどしっかりした顔立ちの男だった。アリアさんを見ると、ほんの一瞬だけ目線で挨拶をして、それ以上は何も言わずに鍵を出してきた。


 すごく、洗練された無口さだった。


 わたしは、まあ、こういう宿なんだろうな、くらいに思っていた。


 その横で、統がほんのわずかに目を細めたのに気づいたのは、たぶん、わたしだけだった。


 なんか、こいつ、最近そういう反応が増えている。


「部屋割りは、いつも通りでいい?」


「ドレミとスバル」


「あーしとアリア」


「ノッポは一人部屋」


 ノッピーニオさんが、無言で軽く頷いた。


「集まるときは食堂奥のあそこ。あそこの席、声が外に漏れにくい」


「えっと、なんかすごく慣れてない?」


「冒険者にも、会議室は要るのよ」


「その台詞、二日連続で聞いたわ」


「気に入ってるの」


「便利だから?」


「便利だから」


 うん、たぶんそれは正しい。

 わたしも、この街では便利な台詞をひとつくらい身につけた方がいいかもしれない。




 部屋は二階の、街路に面した側だった。


 窓を開けると、街の音が一気に押し寄せてくる。


 車輪、荷を下ろす声、店先の値段交渉、子どもの足音、誰かが大笑いしている声、犬、馬、鍋を叩く音。

 その奥に、もっと薄く流れている市場のざわめき。

 そして、いちばん奥に、高いところから降りてくるみたいな、祈祷の声。


「……すごい街」


 わたしは思わず口に出した。


「音が、いっぱい重なってる」


「街が大きいからな」


 部屋の奥で荷を下ろしながら、統が言った。


「珍しいわね、わたしの感想をそのまま受け入れるの」


「事実だからだ」


「あんた、最近その台詞ばっかね」


「他に言うことがない時だけだ」


「他に言うことがない時、けっこうあるわよね」


「気のせいだ」


 軽口を交わしながら振り返ると、統は部屋の中央で立ち止まっていた。


 いつものことだ。

 こいつは新しい部屋に入ると、必ずまん中で一度立ち止まる。


 今日は、その間がいつもより少しだけ長かった。


「……結界、内向きだな」


 ぽつりと言う。


「うん?」


「この街は、外より内側に注意が向いている」


 たったそれだけだった。


「もっと詳しく説明する気は?」


「ない」


「ないんだ」


「いまは、それで十分だ」


 いつもの統だった。


 でも、その「十分だ」が、今日はちょっとだけ嫌な響きをしていた。


 わたしは窓辺に戻って、また街を見下ろした。


 たぶん今夜は、この街の音を聞きながら寝ることになる。


 いつもの宿と、いつもの夜と、ちょっとだけ違う気がした。




 昼すぎ、わたしたちは街に出た。


 ノッピーニオさんは「事務処理」と称して宿に残った。「事務」の中身を聞こうとしたら、アリアさんがすっと話題を変えたので、たぶん追及してはいけないやつだ。


 残りの四人で、まずは市場を回った。


 ……というか、回ったのだけれど、わたしのテンションがいまいち上がらなかった。


「魚、ない」


「ないわけじゃないでしょ」


「あるけど、なんかこう、小さい」


「ボーダー基準で見ないでよ」


「だってボーダーで見たやつ、両手で抱えて、とったどーって叫べそうだったんだよ」


「あんた、何の話をしてるの」


「魚の話」


 たしかに、魚屋には魚はあった。

 あったけれど、種類は少なく、サイズも小さく、塩漬けの切り身や加工品が多かった。要するに、内陸への運搬を前提とした魚たちだ。


 市場の主役は別だった。

 香辛料。

 保存食。

 布。革製品。貴金属。装飾品。宗教用の小物。


 “食って楽しむ街”ではなく、“持って動かす街”だった。


「うーん……」


 わたしは口をへの字にした。


「王都って、こう、もっと美味しい街なのかと思ってた」


「王都の自慢は食じゃなくて、香辛料と細工物よ」


「最低だわ」


「最低ではないでしょ」


「最低じゃないけど、最高でもない」


「あなたの中の評価軸が極端なのよ」


 ベルロウさんが横で笑った。


「あーし、肉が硬い街は嫌いだ」


「同志」


「お前と方向性違うけどな」


「いや、わかる、わかるわよ」


「お前は基本、食ってんのか」


「失礼ね、食と治安と治世のことを同時に考えてるわよ」


「治世」


 統が短く繰り返した。


「順番がおかしい」


「うるさい」


 市場の人ごみの中を歩いていると、商人のおじさんに「お嬢さん、この香辛料、ボーダー帰りか? 目利き顔してるよ」と笑顔で声をかけられた。


「目利き顔って何」


「魚見るときの顔だ。あんた、いまそういう顔してる」


「うわ、ばれてる」


「ばれるよ。じゃ、これ、一袋持ってきな。土産代わり」


「いや、買うわよ買うわよ」


 結局、よく分からない香辛料を一袋買ってしまった。


 あとで開けたら、わりと辛かった。


 でも、その値切りの間に、おじさんが横の店の人と「あんたの娘、嫁に行ったって本当か?」「行った行った、しかも王都の中じゃない、外だ、外」「うらやましいねえ」「うらやましかないよ、孫の顔見るのが遠くなった」みたいな会話をしていて、その距離感がやけに人間くさかった。


 ベルロウさんが横で「あーしは、王都嫌いだけど、王都の人間自体は嫌いじゃねえな」とぼそっと言った。


「……うん、なんかわかる」


 わたしも、少しだけ同意した。


 市場を抜けると、ふいに視界が開けた。


 通りの先に、白い塔がそびえていた。


「東神殿」


 アリアさんが、目を細めて言った。


「太陽神ベッケルの神殿。四つの大神殿のうちのひとつよ」


 参道は石畳で、白い石の階段が長く延びていた。


 参拝者の列は途切れない。

 観光客らしき身なりの人、敬虔そうに頭を垂れた老人、慣れた足取りで階段を上っていく地元民、神殿の使いらしい白い装束の人々。


「うわ、おっきい」


「子どもみたいなこと言うわね」


「子どもみたいな感想しか出ない」


「あんた中身も子どもだもんな」


「あーしは違うからな」


「ベルロウさんちょっと黙って」


 神殿の階段の途中、小さな子どもが手を引かれて上っていた。

 たぶん家族連れだ。子どもの方は階段の段差にいちいち感動していて、両親はその子のペースに合わせて立ち止まったり、また少し進んだりしていた。


 たぶん、その後ろにも、似たような家族が何組かいた。


 神殿が、生活の一部になっている街なのだと思った。


 ただ、ベルロウさんだけは、その風景を見ていながら、耳をぴくぴく動かしていた。


「ベルロウさん、神殿苦手?」


「あーしか? あーしは別に普通だぜ。獣人と神殿、相性悪いって言われるけど、街によりけりだ」


「でも、なんか嫌な顔してない?」


「嫌な顔っつーかな」


 ベルロウさんは少しだけ声を落とした。


「王都の神殿、奥の方の匂いがな、煮詰まってる」


「煮詰まってる」


「人間の信仰の匂いと、それ以外の匂いがな、近い距離で混ざってる感じだ。あーしの鼻が悪くなったわけじゃねえぞ」


 アリアさんは否定しなかった。

 ただ、目だけは少しだけ細くなった。


 統は塔を見上げていた。

 いつもの無表情のままだった。

 でも、視線が塔の上部を一度なぞって、地面に戻り、また塔へ戻る。

 その動きが、明らかに普通じゃなかった。


「またなんか気づいた?」


「気づいた」


「素直に認めると逆に怖いわね」


「いまは、それで十分だ」


「またそれ」


「便利だからな」


 ふっ、と短く笑ったように見えた。

 目元はまったく動いていなかった




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