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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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97、王都ダイベイドアの幕




「で、アシュドラと、あんたは何なの」


 アリアの問いに、すばるはわずかに目を細めた。


「正確な答えは持っていない」


「持っていない?」


「私はこの世界の住人ではない。あの男の属している系統も、組織の事情も、私自身、推察しかできない」


「ほう」


「ただ、たぶん、こちらの世界で言うところの“古き血”の系統に近い。伝説でそう呼ばれる類のものだ。私は転移先で耳にしただけだから、それ以上は知らない」


 ベルロウさんの耳がぴくりと動いた。


「真祖、ってやつか」


「そう呼ばれることもあるらしいな」


 アリアさんと、ベルロウさんと、ノッピーニオさんの間で、一瞬だけ、視線が交わされた。


 わたしの位置からは、その意味まではわからなかった。


 ただ、空気の張りが少しだけ変わった。


「あんたも、それなの?」


 アリアさんが、声を低くして聞いた。


「答えは、いまは持たない」


「便利な言い回しね」


「事実だ」


「あんたほんと、その台詞好きね……」


 アリアさんは半分笑ったような顔で、肩を落とした。


「いいわ。今のところは」


「今のところは?」


「今のところは、よ」


 その“今のところ”が、たぶんすごく重い。


 でも、追及はそこで止まった。


 ベルロウさんが、机に頬杖をついて、にやりとした。


「ま、あーしらも別に、聖人みたいなことしてるわけじゃねえからな。お互い、抱えてるもんは抱えてる。ただ、昨日みたいなのが王都でまた起きるってんなら、知らねえじゃ済まねえ。それだけだ」


「ね。私たちの依頼主も、こういう話には敏感なのよ」


 アリアさんがさらりと言った。


 依頼主、という言葉だけで、わたしの中ではぼんやりと“監査院って組織なんだっけ”という認識が浮かぶ程度だ。


 その横で、統がほんの少しだけ視線を流したのが見えた。


 あ。


 また気づいてる、こいつ。

 でも口にしない。いつものことだ。



「もっと早く言いなさいよ、馬鹿」


 最後にアリアさんは、ふっとそう呟いた。


 怒っているわけじゃない。

 怒鳴る声でもない。

 もう少し肩の力が抜けた、ただの“あきれ声”だった。


「言えなかったの」


「言えなかったのはわかる。私が逆の立場でもたぶん言わない。でも、知らないままだったら王都であんたを守れない。それだけ」


「うん」


「謝らなくていい。これで、ようやくちゃんと組める、ってだけだから」


 わたしは黙って頷いた。


 怖いような、軽くなったような、変な気分だった。


 ここから先、わたしはアリアさんたちの前で、もう“ただの女子高生のフリ”ができない。


 それは思っていたよりずっと、肩の荷が下りる感覚でもあった。


 すぐ横で、統がぽつりと言った。


「ひとつ条件がある」


「条件?」


「危険判定は、私がする」


 その一言の意味を、たぶんアリアさんはすぐに理解した。


「七色を、本人の意志でない方向に動かさざるを得ない状況が来た時。その判定は、私がする」


「あなたたちの方針より、自分の判断を優先する、ってこと?」


「そうだ」


「ふーん」


 ベルロウさんが小さく笑った。


「ま、そっちのほうがこっちも気が楽だね。化け物の責任を化け物に取らせるってのは、悪い話じゃないさ」


「ベルロウ」


「事実だろうが」


「事実だが言い方はある」


「あーし、こういう言い方しかできないんだもん」


 アリアさんが、軽く頭を抱える。


 その時の彼女の苦笑が、たぶん今朝いちばん人間らしい表情だった。


「いいわ。あなたのその判断、私は信用する」


「光栄だ」


「だから棒読みでお礼するのやめなさいって!」


 わたしは思わず噴き出してしまった。


 ものすごく重い話をして、ものすごく重い線を引いて、それなのに最後はこういう会話に戻ってこられる。


 たぶん、この人たちと組んでいてよかったな、と思った。


 ちょっとだけ、素直に。


 その後の朝食は、いつも通り、ほどほどに固いパンとほどほどに薄いスープだった。


 空腹のせいか、それ以上に話し終えたせいか、味は思っていたよりずっと美味しく感じた。


「ちなみに」


 パンを千切りながら、アリアさんが何でもないみたいに言った。


「王都に着いたら、もう少しちゃんと話をする時間を作りたいの」


「ちゃんと話、って?」


「私たちが、これまで聞いてきた『夜寄りの噂』とか、最近の貴族の動きとか、白布の連中の話とか。あなたたちにも、こっち側の事情を共有しておきたい」


「共有」


「ええ。あなたたちはたぶん、何も知らないままだと、王都で勝手に利用されかねないわ」


「うっわ、嫌な言い方」


「事実だもの」


 たしかに事実っぽい。


「で、その『ちゃんと話す時間』、どこでやるの?」


「ちゃんと部屋のある場所」


「ここにも部屋があるけど?」


「壁の薄くないちゃんとした部屋よ」


 まあ、そう言われればそうだ。

 わたしだって、聞こうと思えばここから二階の部屋の話し声くらいは聞こえるしね。


 その横で、統がほんの少しだけ目を細めたのを、わたしは見た。


 目を細めただけ。

 口は開かない。

 いつもの統だ。


 でも、たぶんこいつ、また何かに気づいている。


 あとで聞いてみよう。

 いま聞くと、たぶんこの場がややこしくなるから。


「とにかく」


 アリアさんはパンをスープに浸しながら言った。


「王都までは五人で動く。あとは、王都に着いてから」


「了解」


「あ、それと」


「うん?」


「王都の中では、なるべく静かにしてね?」


 わたしは思わずぐっと詰まった。


「……善処はする」


「言質取ったわよ」


「ちょっと?」


 ベルロウさんが横で噴き出した。


「あーし、王都に着いて三日以内に七色が誰かと喧嘩する方に賭けるわ」


「ベルロウ!?」


「ノッポは何日?」


 ノッピーニオさんが、無言で指を二本立てた。


「あーしより短くて笑った」


「ちょっと、二人とも!?」


 みんなの間で笑いが起きる。

 アリアさんも、肩を揺らして笑っていた。


 今朝の食堂は、入ってきた時には空気が重かったのに、今はもうほとんど普通の朝に戻っている。


 会話の中身は、ぜんぜん普通じゃなかったのにな、と思う。




 食事が終わり、宿の前で馬車に乗り込む。


 幌の隙間から空が見えた。

 今朝は雲が少なかった。


 馬車が動き出す。

 石畳が後ろへ流れ、宿場町が遠ざかっていく。


 わたしはサコッシュを抱えたまま、隣に座った統を横目で見た。


「……ねえ、統」


「なんだ」


「アリアさんたちって、ほんとにただの冒険者?」


 統は窓の外を見たまま、すぐには答えなかった。


 でも、その沈黙の意味を、わたしはなんとなく知っていた。


「お前は、どう思う?」


「答えにくいことを質問で返すの、ずるい」


「人生はそんなものだ」


「説教風に逃げないで」


 統はわずかに息を吐く。

 たぶん、笑ったのに近いのだと思う。

 目元はまったく動いていないけれど。


「悪い連中ではないだろう」


「うん、それは知ってる」


「ならそれでいい。今のお前には、まだそこから先は要らない」


「……うん」


 たぶん、統はもうかなりのところまで察している。

 でも、わたしに今それを抱えさせる気はないらしい。


 いつかちゃんと教えてくれるのか、それとも、わたしが自分で気づくのを待つのか。

 どちらにしろ、今ではない。


 わたしは、それでいいことにした。


 考えなきゃいけないことは、たぶんもうすぐ、もっとたくさん向こうからやって来る。


 街道の先に、それは見えた。


 最初は、空の下に何本も並んだ、白っぽい線にしか見えなかった。


 でも、近づくにつれて、それが塔だとわかった。


 東西南北、四つの方角に、それぞれ天を貫くように伸びた塔。

 その中心に、街そのものを抱え込むようにそびえる王城。

 周囲を囲む、巨大な城郭。


 王都ダイベイドア。


「うわ……」


 思わず声が漏れた。


 大きい、というのとは少し違う。

 大きい街は、ボーダーもダイスロープもオーミも、それぞれにあった。

 でも、ここは違う。


 なんていうか、街全体が、ものすごく強い意志で形を保っているように見えた。


 建物の高さが妙に揃っているのにも気づいた。

 商家も民家もきれいに低く、その上に四つの塔と王城だけが突き抜けている。


 空が広い。

 でも、その広い空ごと、街が抱え込んでいるみたいだった。


「あんなにきれいな街、なんかちょっと、こわい」


 わたしがぽつりと言うと、ベルロウさんがふっと笑った。


「あーし、こういう街マジで嫌い」


「同感」


「大丈夫よ。王都だからって、仰々しいばかりじゃないわ。普通の人もたくさん住んでる」


 アリアさんがフォローしてくれる。


 それでも、わたしは塔と王城から目を離せなかった。


 なんとなくわかっていた。


 たぶんこの街は、わたしを“何者かに決めたがる”街だ。


 あの白布の連中も。

 アシュドラも。

 たぶん、わたしがこれから会うだろう人たちも。


 わたしのことを、わたしより先に決めたがってくる。


 その気配が、もう遠くからでも伝わってくる。


「中の方が、外より厄介だ」


 隣で、統が静かに言った。


「……うん。たぶんね」


 わたしは小さく頷いた。




 城門の前は、思った以上に混んでいた。


 商人の隊列、巡礼者らしき一団、貴族のものらしい立派な馬車、護衛つきの旅人、農作物を運ぶ荷馬車。


 その全部を、衛兵たちがてきぱきとさばいている。


 検問の声がそこここから聞こえてきた。


「目的は」

「滞在は」

「所属は」

「身分を証す物を」


 ボーダーやダイスロープの門とは、もう密度が違う。


 わたしたちの番になった時、アリアさんが当然みたいに前へ出て、衛兵に一枚の通行証を差し出した。


 衛兵の表情が、ほんの一瞬で変わった。


「……失礼しました」


 短いやり取り。


 わたしたちは“同行者”ということで、ほぼ何も聞かれずに通された。


 門をくぐる。


 城門の影が、わたしたちの上をすっと滑った。


 その先に、王都ダイベイドアの空気があった。


 乾いた石畳の匂い。

 無数の人の声。

 遠くから流れてくる祈祷の響き。

 市場のざわめきと、香の匂い。


 すごい街だった。

 すごすぎる街だった。


 わたしは思わず、半歩だけ統に近づいた。


「ねえ、アリアさん」


「ん?」


「あの通行証、なに?」


「お上の仕事を請け負ってるんだもの」


「ものすごい雑な答え!」


「いまは詳しい話、しない約束でしょ」


「言ってないわよそんな約束!」


 アリアさんは涼しい顔で先に歩いていく。


 ベルロウさんが横でけらけら笑っていた。


「あーし、お前が王都到着早々これに引っかかる方に賭けときゃよかったな」


「ベルロウさんちょっと黙って」


 統はずっと無言だった。

 ただ、いつもよりほんの少しだけ、視線を細めて街を見ていた。


 その横顔を見て、わたしは内心、思った。


 ボーダーの北門を出てから、本当に長い道のりだった。


 でも、ほんとうの幕が上がるのは、たぶん、ここからだ。




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