96、白い夜の朝、訊かれる側
95、王都ダイベイドアで待つもの
一部修正しました。
いつの間にか、わたしはなかなか深く眠っていたらしい。
目を開けた時には、もう窓の外がしっかり明るくなっていた。
昨日の夜、あれだけ変なことがあったのに、寝つくとあっさり眠ってしまうのは、たぶんわたしのいいところでもあり、まずいところでもある。
身支度を整えて、食堂に下りる。
その時点で、空気がいつもと違うのに気づいた。
アリアさんも、ベルロウさんも、ノッピーニオさんも、すでに食堂のテーブルに着いていた。
まあ、それ自体はおかしくない。
毎朝アリアさんの方が早起きだし、ベルロウさんも宿の朝はけっこう早い。
問題は、誰もまだ朝ご飯を食べていない、ということだった。
アリアさんは茶を一口含んだ姿勢のまま動かない。
ベルロウさんは机に頬杖をついて、こちらをまっすぐ見ている。
ノッピーニオさんは腕を組んだまま、ほとんど置物みたいに座っていた。
完全に、待ち構えられている。
「……おは、よう?」
恐る恐る言ってみる。
ベルロウさんが、ぴくりと耳を動かした。
「あーしから一個だけ聞いていい? 昨日の、あれ、なに?」
即だった。
挨拶を返す気もないらしい。
「えーと……朝ごはんの前?」
「朝ごはんの前」
アリアさんがすっぱり言った。
わたしは無言で椅子を引いて、座る。
統がそのあとから何食わぬ顔で下りてきて、当然みたいな顔でわたしの隣に座った。
「あんたも、朝ごはんの前」
アリアさんが言う前に、ベルロウさんが言った。
「異論はないだろ」
「ない」
統が短く答える。
ほんとうにこいつ、こういう時の判断だけは早い。
アリアさんは、しばらく茶を一口飲んでから、ようやく口を開いた。
「いい? 私たち、別に責めたいわけじゃないの。それだけは先に言っとく」
「うん」
「でも、昨日のはちょっと、流せないわよ」
そりゃそうだろうな、と思う。
わたしだって逆の立場だったら絶対同じことを言う。
「順番に聞いていい?」
「……どうぞ」
「一個目。あの男、誰?」
「アシュドラ」
「名乗ってたのは知ってる。何者かよ」
「……えーと」
「二個目。あなたたちと、どういう関係なの」
「三個目。なぜあいつは、あなたを名前で呼んだ」
「四個目」
アリアさんは、ほんの一拍だけ間を置いた。
その視線が、わたしから静かに統に流れる。
「統。あなたは、何者なの」
来た。
わたしの中で、ぎゅっと何かが詰まった。
ベルロウさんが、机に頬杖をついたまま、ゆるい声で続ける。
「いやー、あーしらほんと、ずっと気になってたんだぜ? お前さん、十歳ぐらいに見えるくせに、力も、頭も、マジックバッグじゃ説明つかない規格外の【収納】、人間の子どもじゃねえだろ。最初は獣人かエルフの血が混じってんのかと思ってたんだけど」
ベルロウさんは、にっと笑った。
「だんだん、それじゃ説明つかなくなってきてな」
アリアさんも頷く。
「噂で聞く“魔族”の話、知ってる? 最近、王都の方でも少し出始めてるの」
「……」
「もちろん、決めつけてるわけじゃないわよ。ただ、あんたが普通じゃないってことくらいは、私たちも見ればわかるの」
空気が、わたしの方ではなく、統の方を向いた。
わたしはちらりと隣を見た。
統は、相変わらず表情を動かしていなかった。
手の中の杯を、ただ淡々と支えている。
「私の話は」
統は短く言った。
「あとでいい」
「あとで?」
「いま必要なのは、七色の話だ」
「……便利な言い方ね」
「事実だ」
アリアさんはしばらく統を見ていた。
たぶん、ここで押しても答えないことを、すぐに見抜いたのだと思う。
深いため息ひとつ。
「いいわ。じゃあ、ひとまずドレミの話から」
わたしは、深く息を吸った。
ここから先は、たぶんちゃんと話さないといけない。
でも、何を、どこまで話すか。
線を引かなきゃいけない。
わたしはわたしのことを話す。
統のことは、統が話す。
そう決めて、口を開いた。
「わたし、たぶん、この世界の人間じゃない」
最初に言ったとき、自分の声が少しだけ震えた。
アリアさんの目が、わずかに細くなる。
「……というと?」
「ぜんぜん別の世界から、来たの」
アリアさんとベルロウさんは、視線を合わせなかった。
でも、ふたりの“反応のしなさ”が、すごく揃っていた。
驚いて固まったというより、何かを内側で確かめている時の沈黙だった。
「気づいたら、変な草っ原に倒れてた。最初は何が何だかわからなくて、しばらくしてから、ここがわたしの知ってる世界じゃないって気づいた」
「……うん」
「そのあと、魔獣に襲われて、わりとあっさり死にかけた」
「あっさりは余計じゃないかしら」
「実感の話なの」
アリアさんが、ほんの少しだけ口元を緩めた。
でも、目は緩んでいない。
「で、統と会ったの」
「あんたを助けたって聞いたわね、いつだったか」
「うん。たぶん、半分くらいわたし死んでた。腕も足も、もう普通じゃ治る状態じゃなかった」
「……ふん。それで、こうして座ってるわけだ」
ベルロウさんが目を細める。
「うん」
「やり方を聞いていい?」
「……」
わたしは少しだけ言いよどんだ。
「生命力を、分けてもらった、みたい。詳しい仕組みは……正直、わたしも全部は理解してない」
たぶん、これ以上の説明は、わたしの口からはまだ無理だ。
アリアさんは、それ以上は突っ込まなかった。
「で、スバルも同じ世界の人間なの?」
「うん。少なくとも、わたしと同じ世界に居たことはある人」
「同郷ね」
「だと、思う」
ここで、わたしは自分でも少しだけ意外なほど、はっきり言った。
「わたしから先に言わせて。アシュドラ、あいつね、わたしたちと同じ世界の住人じゃないの」
アリアさんが、片眉を上げた。
「あいつ自身は、こっちの世界の生まれだと思う。少なくとも、わたしたちは知らない。出会ったのもこの世界の中だし、向こうがわたしのことを勝手に勘違いしてるだけ」
「勝手に?」
「うん。向こうは、わたしを“自分の身内”だと思い込んでる。同じ血の側、みたいな感じで」
「で、実際は」
「違うのよ」
わたしは少しむっとして言った。
「ぜんぜん違う。わたし、あいつとどっかでつるんでたとか、そういう関係じゃないの。ダイスロープで偶然鉢合わせて、向こうがひとりで盛り上がって、こっちに迷惑かけてきてるだけ」
「シンパシーの押し売りね」
「ものすごい大迷惑」
ベルロウさんが、ぷっと笑った。
「お前、それを今、いちばん力を込めて言ったろ」
「だってほんとに迷惑なんだもん」
「アシュドラ、聞いたら泣くわよ」
「泣いてほしいわよ」
その会話で、空気がほんのちょっとだけ緩む。
でも、本題はここで終わりじゃない。
「自分の身体のこと、少し聞いていい?」
アリアさんが声のトーンを落とした。
「うん」
「あんた、普通の人間じゃないっていうのは、自覚があるのよね」
「ある」
「どう違うの」
わたしは、できるだけ正確に答えようとした。
「もの、あんまり食べなくても動ける。喉も、そんなには渇かない。傷の治りが、わたしの知ってる人間より速い」
「うん」
「夜が、よく見えすぎる」
「ふん」
「あと、力が、たまにバカみたいに出る」
ベルロウさんが、また顔をしかめた。
「あーしの鼻、ずっと、お前から濁った匂いがしてるって言ってただろ」
「うん」
「あれだな」
「たぶん」
わたしは、少しだけ視線を落とした。
「自分の世界に居たころは、こんなふうじゃなかった。だからこれが、異世界人だからこうなったのか、それとも、わたしが個別に特別なのか、正直、自分でもわかってない」
最後の一言を出すのは、思ったよりずっと勇気が要った。
でも、全くの嘘より、その方が正しい気がした。
「わからない、を、わからないって言ってくれるのは、こっちとしてはありがたいわ」
アリアさんは、静かにそう言った。
「全部嘘で固められるより、ずっといい」
……たぶん、見抜くつもりだった、ということなんだろう。
その怖さを、わたしは飲み込んだ。
アリアさんは、それから統を見た。
「で。あんたは」
「私の話は、いまは要らない」
「これだけは聞かせて」
アリアさんは、声をかぶせるように言った。
「あの男――アシュドラと、あんたは何なの」
統はわずかに目を細めた。
第四章 テンペタ・フロップス編まで細部の修正完了。
追って修正していきます。




