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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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95、王都ダイベイドアで待つもの




 アシュドラは、以前ダイスロープで見た時と同じ、やたら整った顔で薄く笑った。


「再会を喜んでもらえて光栄だ、美しき同胞よ」


「喜んでない」


「そう冷たくするな。あの夜以来、ずっと気になっていた」


「それを普通は迷惑って言うのよ」


 アシュドラはわたしの言葉なんて聞いていないみたいに、優雅ぶった仕草で片手を胸に当てた。


「以前は無礼を働いた。あの場では、御身の高みを見誤っていたからな」


 うわ、前より面倒くさくなってる。


 そう思ったのは、たぶんわたしだけじゃない。


「あの拗らせてそうな奴、ドレミの知り合い? 友だちは選んだ方がいいぞ」


 ベルロウさんが露骨に顔をしかめた。


「同感」


 アリアさんも剣先を下げない。


 けれどアシュドラは、ほとんど彼女たちを見ていなかった。

 視線はわたしに向いている。まっすぐすぎて気味が悪いくらいに。


「我が名はアシュドラ。古き者の純血に連なる者」


 そこまでは前に聞いた。


「王都に近づくほど、夜に連なる者どもは騒ぎ出す。ならば、その前に確かめておきたかった。御身が敵か、あるいは並び立てる方なのかを」


「並び立つ気はないわ」


 わたしは即答した。


「前にも言ったでしょ。そっちの“夜の世界がどうこう”に、わたしは興味ないの」


「今はそうでも、いずれ理解する」


「しない」


「人間の都に近づけば、なおさらだ」


 赤い目が細くなる。


「王都には古い血の残滓がある。死にきれぬもの、縋るもの、救われたいもの。そういう者どもは、御身のような存在を放ってはおかない」


「だから先に仲間にしに来たってわけ?」


「共に歩む道を示しに来た」


「言い換えただけじゃない」


 そのやり取りの横で、統が小さくため息をついた。


「長い」


 いつもの、あの平坦な声だった。


「帰れ。姉上はお前の芝居に付き合うほど暇ではない」


 アシュドラの視線が、そこで初めて統へ向く。


 でも、その見方は前とは違った。


 恐れるというより、値踏みだ。

 わたしのそばにいる付き従う者、くらいの認識なのだろう。


「従者が口を挟むか」


 声が少し冷える。


「御身の傍に侍ることを許されているからといって、分を越えるな」


「誰が従者よ」


 わたしが即座に突っ込むより早く、統が言った。


「違うな」


「ほう?」


「私は面倒を見ている側だ」


 それがまた、無表情で棒読みみたいな口調だから余計にひどい。


 アシュドラの赤い目が、すっと細まる。


 明らかに機嫌が悪くなったのがわかった。


「……不愉快だ」


 その一言と同時に、空気が切れた。


 黒い刃が夜の中から生まれる。

 闇そのものを削って作ったみたいな、細く鋭い一撃だった。


 狙いは、統。


「統!」


 考えるより先に身体が動いていた。


 わたしは統の前へ滑り込み、右手を突き出す。

 腹の底で、あの“深い心臓”がひとつ強く鳴った。


 直後、皮膚の上を透明な膜が走るような感覚。

 統の絶対防御バフだ。


 黒刃がそこへぶつかる。


 甲高い音が夜気を裂いた。


 衝撃が腕を走る。

 でも、弾いた。


 黒い刃はわたしの前で砕けて、霧みたいに散る。


 アシュドラの目が見開かれた。


「……またか」


「またよ」


 わたしは一歩踏み込んだ。


「前も言ったけど、うちの身内に勝手に手ぇ出さないでくれる?」


 怖くないわけじゃない。

 でも、それより先に腹が立った。


 こいつは統を何だと思ってるんだろう。

 従者でも、ただの子どもでも、どっちにしたって勝手に切り捨てていい存在だとでも?


「七色、下がれ」


 統が言う。


「やだ」


「邪魔だ」


「嘘つき。今の、完全に庇うべき場面だったでしょ」


 わたしが言い返した瞬間、ベルロウさんが横から飛び出した。


「あーしらもいるっての、忘れてんじゃねえよ!」


 双剣が夜を裂く。

 ノッピーニオさんも無言で前へ出て、重い一撃で間合いを潰しにかかる。


 アリアさんはやや後ろに位置を取り、逃げ道を塞ぐ形で剣を構えた。


「深追いしない!」


 アリアさんが叫ぶ。


「こいつ、試してるわ!」


 その通りだった。


 アシュドラは本気で殺しに来たというより、値踏みしている。

 強さも、反応も、立ち位置も。


 だからこそ気持ち悪い。


 アシュドラは後ろへ滑るように下がった。

 ほんとうに地面を蹴っているのかも怪しい、不快なくらい軽い動きだった。


「なるほど」


 赤い目が、愉快そうに細まる。


「娘。やはり御身は面白い」


「嬉しくない!」


「その力、その怒り、その執着。半端な血でそこまで到るか」


「勝手に決めつけないで」


「では、何者だ?」


 わたしはそこで一瞬だけ言葉に詰まった。


 何者なんだろう、わたしは。


 自分でもまだよくわからない。

 だからこそ王都へ行こうとしているのに。


 沈黙したわたしを見て、アシュドラは薄く笑う。


「知らぬまま進むのも一興か。ならば王都へ行け。あそこには、古い夜に縋る者どもがまだ残っている」


 ぞっとするくらい、楽しそうな声だった。


「御身が何であるか、誰が最初に膝を折るか。見るには悪くない舞台だ」


「見世物になる気はないんだけど」


「そういうものほど、勝手に舞台の上へ引きずり上げられる」


 アシュドラは最後に、また統を見た。


 その視線には苛立ちが混じっている。


「従者」


「違うと言ったはずだ」


「そうであれ、違っていようと同じことだ。次に私の前へ立つなら、その時はもう少し礼を学べ」


「お前よりはましだ」


 統の返しがあまりにも真顔すぎて、こんな場面なのにちょっとだけ笑いそうになった。


 たぶん、アシュドラも気に入らなかったのだろう。


 赤い目が細くなり、怒気がわずかに強まる。


 けれど次の瞬間、その気配はふっと薄れた。


「……今夜はここまでにしておこう」


 黒い外套が夜風に揺れる。


「以前は私が見誤った。今はまだ、人間どもも含めて見極めが足りぬ。ならば急ぐ理由もない」


「こっちは二度と会いたくないんだけど」


「そういう願いほど叶わぬものだ」


 うわあ、ほんとに嫌なこと言う。


 アシュドラはほんの少しだけ口元を上げた。


「ではな、七色」


 名を呼ばれて、背筋が少し粟立った。


「王都で待つものが、御身にとって福音か災厄か――楽しみにしている」


 その言葉を残して、アシュドラの姿は闇に溶けた。


 風がひとつ吹く。

 それだけだった。


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 最初に息を吐いたのはベルロウさんだ。


「……最悪だな、やっぱあいつ」


「ええ、かなり」


 アリアさんも剣を収めながら言う。


「宗教勧誘より質が悪いわ」


 ノッピーニオさんは無言で周囲を見回し、敵の気配が完全に消えたのを確かめてから、ようやく肩の力を抜いた。


 わたしは自分の右手を見下ろした。


 少し震えている。

 遅れてきたらしい。


「七色」


 アリアさんが近づいてくる。


「怪我は?」


「ない、と思う」


「“と思う”はやめなさい」


 言いながら、アリアさんはわたしの腕を軽く確かめた。

 その手つきが意外なくらい丁寧で、少しだけ力が抜ける。


「統は?」


 わたしが振り返ると、統はいつもの無表情で立っていた。


「問題ない」


「ほんとに?」


「お前が前に出た」


「そうだけど」


「助かった」


 一瞬、耳を疑った。


「えっ」


「聞こえなかったか」


「いや、聞こえたけど。今の統が言うんだ、って」


「失礼だな」


「自覚なさいよ」


 ベルロウさんが吹き出す。


「あーし、ちょっとだけ感動したぞ」


「余計だ」


「照れてんのか?」


「違う」


「子どもの顔でむくれると少し可愛いな」


「ベルロウ」


「悪かったって」


 そんな、少しいつもの調子みたいな空気が戻ってきて、ようやく息が整った。


 でも胸の奥のざわつきは消えない。


 王都へ行けば、答えの欠片がある。

 アシュドラはそう言った。


 知りたい。

 でも、知るのが怖い。


 その両方が、前よりずっとはっきりした気がした。




 部屋へ戻ったあともしばらく眠れなかった。


 窓の外は静かで、宿場は何事もなかったみたいに眠っている。

 でも、わたしたちだけが少し別の夜を見てしまった気がする。


 隣の寝台から、統がぽつりと言った。


「気にするな」


「何を」


「アシュドラの言葉だ」


「便利ね、そのざっくりした慰め方」


「慰めてはいない」


「でしょうね」


 でも、そのそっけなさは少しだけありがたかった。


「王都に行く理由は、あいつに言われたからじゃない」


 統が続ける。


「お前が決めたからだ」


 わたしは天井を見たまま、少しだけ黙った。


「……うん」


「ならそれでいい」


 それだけ言って、統は黙った。


 説明も、飾りも、立派な励ましもない。

 でも今は、それで十分だった。




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