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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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99、閉じる街


99、閉じる街




 神殿前の広場の隅で、ふと気づいた。


 白い布。


 また、いた。


「またあの人たち」


「ええ」


 アリアさんは特に驚かなかった。


「王都の中だと、活動の出し方が違うのよ」


 たしかに、街道で見たような大声の説法はしていなかった。

 むしろ、口数は少ない。

 札を希望者にそっと渡しているだけ。

 断られても表情も変えない。


 お行儀のいい姿だった。


 ベルロウさんが、いやな顔で言った。


「お行儀いいフリして、目だけ忙しいぞ。獲物選びの目だ、ありゃ」


「うわ、嫌な観察」


「あーしの仕事だからな」


 アリアさんは、声のトーンを少し落とした。


「最近、平民街で行方不明が増えてるって噂があるの」


「……行方不明」


「ええ。身寄りのない若い男女、移民、孤児」


「全員、ってわけじゃないんでしょう?」


「ええ。でも、何件かは、白布の集会所の近くで最後の目撃が止まってる」


「……」


「噂の段階よ。でも、無視できる段階でもない」


「アリアさん、なんでそんなこと知ってるの」


「冒険者って、酒場の話を聞くのも仕事なのよ」


「だから毎回違うのよ、その『冒険者って』!」


「気のせいよ」


 アリアさんは涼しい顔をしている。

 たぶん、わたしには本気で言うつもりがないだけだ。


 白布の連中の方は、こちらに気づいているのか、いないのか、よく分からなかった。

 ただ、視線がときどきこちらを撫でていく気配だけは、ぼんやりと感じた。


 わたしじゃない。


 たぶん、わたしじゃない方向に意識を取られている。


 その「方向」が分かったのは、横を歩くすばるの足取りが、いつもよりほんの少しだけ早かったからだ。


 帰路、貴族街の縁を少しかすめる道を通った。


 平民街の喧騒から、急に空気が静かになる区画。


 石畳がやけにきれいで、街路樹もそろっていて、行き交う人の数自体は少ない。代わりに護衛がやたら多い。立派な馬車も多い。


「うわ、別世界」


「同じ街なんだけど、住む層が違うとここまで変わるのよ」


「同じ街でこれ?」


「同じ街でこれ」


「……それはそれで嫌な平等のなさね」


「ま、どこの王都も似たようなものよ」


 通り過ぎる馬車は、どれも紋章を掲げていた。


 その中の一台に、統がほんの一瞬だけ、視線を止めた。


 ほんの一瞬。


 誰かが見ていなければ気づかないくらいの動きだった。


 でも、わたしはたまたま見ていた。


「いま、なんか反応した?」


「気のせいだ」


「絶対気のせいじゃないわね、それ」


「気のせいだ」


「あんた、最近そういうの増えてるからね?」


「気にするな」


「絶対に気にするわよ」


 統は、それ以上は答えなかった。

 通り過ぎていく馬車の影が、石畳に長く落ちて、また消えた。


 わたしは口を尖らせて、頭の中だけで覚えておくことにした。


 今日の貴族街。

 その中で、統が反応した馬車。


 誰のものなのか、知らない。

 でも、たぶん、いつかその名前と出会う。

 そんな予感だけがあった。




 帰路の途中、街路の所々で、衛兵が動き始めるのを見た。


「夜の準備か」


「ええ。木戸の閉鎖時刻が近いから」


「木戸?」


「街区ごとに、夜は木戸で仕切るのよ」


「街の中なのに?」


「ええ、街の中なのに」


「えっ、それって……」


「夜の通行は、街区を越えるたびに門番に申請がいるの」


「うっわ、住んでる人たち不便じゃないの?」


「慣れね。だから王都の人間は、早朝から仕事に出掛けて、午後には終えるようにしているわね」


「うーん……」


 わたしはついため息をついた。


「早起きが苦手なわたしに、王都の生活は向いてないわね」


 ベルロウさんが横で笑った。


 統だけはいつも通り、ただ静かに歩いていた。


 でも、わたしには分かる。


 こいつ、今日一日でかなり多くのことに気づいている。


 そして、ほとんどの気づきを、まだ口に出していない。




 宿の食堂は、夜になると客がほどよく減った。


 わたしたちは奥まったテーブルに集まった。

 アリアさんが言っていた、声の漏れにくい席だ。


 夕食の皿が並ぶ。

 パン、香草の煮込み、煮豆、ハーブの薄いお酒。


 わたしは黒パンを千切ろうとして、見事に失敗した。


 硬い。

 手のひらが負けた。


「あんたねえ、その身体能力で、なんでパンに負けるのよ」


「弱点なの」


「子供だってそんなに、お皿の周りパン屑だらけにしないわよ」


 たしかに、パン屑というか、パンのかけらがテーブルの上に散乱している。


 ベルロウさんもけらけら笑いながら、自分のパンをわたしの皿にぽいと投げた。


「ほら、お前用の柔らかいやつ」


「パン、投げないでよ」


「気遣ってんだろうが」


「気遣いの形がひどい」



 アリアさんは皿の縁を指でとんと叩いて、自然な調子で本題に入った。


「明日からのことなんだけど」


「うん」


「ドレミは街歩き」


「うん」


「ベルロウと」


「え」


「ベルロウと」


「えっ、統じゃないの?」


 わたしが思わず聞き返すと、アリアさんは平然と続けた。


「スバルと歩かせると、目立つから」


「は? ……どういう意味よ」


 わたしは半笑いで返した。


「異世界人と幼児の、姉と弟、よく見るやつでしょ」


「お前らが並ぶとな」


 ベルロウさんがにやりとした。


「異物感がすげえ」


「ちょっと?」


「あーしの鼻だけじゃなくてな、街の人間の感覚としても、なんつーか『あの二人、なんだろうな』って一瞬考えさせるんだ。あれが王都じゃまずい」


「うわぁ、容赦ない」


「ほんとのことだ」


 アリアさんが横で頷いた。


「あなたとスバルが並ぶと、視線が一回止まるのよ。王都の通りでそれは避けたい」


「うっ」


「ベルロウとなら、ただの獣人の姉貴と妹分みたいに見えるから。多少注目されても、街の景色に溶ける」


「あーし、その役割もちょい不本意なんだがな」


「我慢して」


「あいよ」


 わたしは恨めしげに統を見た。


「あんた、なんで何にも言わないの」


「事実だからだ」


「あんた最近その言葉に逃げてない!?」


「便利だからな」


「絶対わざと言ってる」


「事実だ」


 無表情で同じ顔のまま言うので、こいつ最近そこを完全に楽しんでる。


 わたしはため息をついて、アリアさんに向き直った。


「で、統は?」


「スバルは宿に残るか、別行動」


「別行動……」


「あの子も、街中を出歩かせるなら一人の方が動きやすいでしょ」


 わたしは統の方をちらりと見た。

 統は、表情をほぼ動かさず、ただ短く言った。


「私のことは気にしなくていい」


「いやそれが一番気になるのよ」


「気にしなくていい」


「答えになってない!」


「事実だ」


「だからその逃げ方ぁ!」


 ベルロウさんがけらけら笑った。

 アリアさんも肩を揺らしていた。


「ノッポ、今日のメモ」


 アリアさんが促すと、ノッピーニオさんが無言で一枚の紙を差し出した。


 簡単な街区図だった。

 覚えのある通り、神殿前の広場、白布のいた位置、神殿の周辺、貴族街の縁、宿の場所。

 いくつかの通りに、小さな印で“避けるべき箇所”が打ってある。


 わたしは目を丸くした。


「ノッポさん、今日、ずっと黙ってたのに、これだけまとめてくれてたんですか?」


 ノッピーニオさんは小さく一度頷いただけだった。


「ノッポはね、口は閉じるけど、目は閉じないのよ」


「便利すぎる」


「ノッポを便利扱いはやめなさい」


「……すごい人材です」


「言い直しが雑」


 でも、ノッピーニオさんは、ちょっとだけ目を細めて、それなりに満足げに見えた。


 たぶん。


 たぶん、だけど。




 食事のあと、部屋に戻った。


 窓の外はもう薄暗くなっていて、街路の灯りが点き始めていた。


 通りを歩く人の数は、明らかに減っている。


 代わりに、遠くからかすかに祈祷の声が流れてきた。

 昼間も聞こえていた声だけれど、夜になるとそれが少し強くなる。


 わたしは窓辺に座って、それをぼんやり聞いていた。


 今日のことを頭の中で並べる。


 城門の混雑。

 肩がぶつかって始まりかけた喧嘩を、おばさんが一秒で止めたこと。

 迷子を抱き上げた別のおばさんの慣れた手つき。

 香辛料屋のおじさんと、その隣の店の主人の世間話。

 白布の控えめな札配り。

 ベルロウさんの言う“煮詰まった匂い”。

 貴族街と、紋章入りの馬車と、統の一瞬の反応。

 街区を仕切る夜の木戸。


 怖いものも、ちょっと不穏なものも、ちゃんとあった。


 でも、その合間には、ちゃんと人が暮らしていた。


 たぶんそれが、今日いちばんの収穫だった。


「ねえ、統」


「なんだ」


「今日、貴族街であんたが反応した馬車、なに?」


 統は、ベッドの端に腰掛けたまま少しだけ間を置いた。


「気のせいだと言った」


「ぜったい嘘でしょ」


「……今は言わない」


「またそれ?」


「ここで名前を出して、お前の反応が漏れるのが嫌だ」


 その言い方には、いつもの無表情とは違う、ほんのわずかな硬さがあった。


 わたしは枕を抱えた。


「あんた、今日、何回くらい気づいた?」


「数えていない」


「数えてないのに即答するの、不誠実だわ」


「数えても意味がない」


「……そう」


 わたしは少しだけ笑った。


「ねえ」


「なんだ」


「この街、あんたにとって、わたしより面倒?」


 統は、わずかに目を細めた。


「お前にとっても面倒だ」


「うん。それは知ってる」


「……同程度には面倒だ」


「あんたが“同程度”って言うなら、結構な面倒さだわね」


「事実だ」


「もう、それ何回目」


「事実だからな」


 そこで統は、灯りを落とす前に、ぽつりと言った。


「七色」


「ん?」


「明日からは、できるだけ気配を抑えろ」


「どのくらい?」


「ふだんの半分でいい」


「……半分も?」


「それ以上は、お前にはまだ難しい」


 突き放しているようで、ちゃんと現実的な言い方だった。


「努力する」


「努力でいい」


 それだけ言って、統は灯りを落とした。


 窓の外、街路の灯りが、薄く部屋の天井を照らしていた。

 遠くの祈祷の声が、闇の中で少しだけ近くなった気がした。


 巨塔の街の最初の夜。


 わたしはまだ、この街が自分に何を呼びかけてくるのかを、ちゃんとは知らないでいた。


 ただ、なんとなく、わかっていたことが一つだけある。


 この街にいる間、わたしはたぶん、ふつうの女子高生に戻ることはできない。


 それはちょっとだけ、寂しいことだった。


 でも、もう、ずっと前から、たぶん分かっていたことでもあった。


 わたしは枕に顔を埋めて、目を閉じた。


 明日から、王都の街を歩く。


 目立たないように。

 でも、目は閉じないように。


 ノッポさんみたいに、できるかどうかはわからないけど。




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