100、街の素顔
ごめんなさい。
投稿、二ヶ月以上空いちゃいました。
頑張って書き続けて行きますので
他作品共々、お付き合いよろしくお願いします。
本日午後(お昼? 夜?)もう一話投稿予定です。
お昼には『新・娘子隊』も投稿します。
そちらも良ければ読んでみてくださいね。
朝食の時、ベルロウさんはやけに念入りにパンを千切っていた。
別に祈祷でもしているわけじゃない。ただ、わたしを横目で見ながら、見事なまでに不機嫌な顔をしていた。
「あーし、お前の子守係扱いなんだけど」
「失礼ね」
「“失礼”って言える立場じゃねえぞ、ドレミ」
「ちょっと!」
「お前、よく考えてみ? 昨日のお前」
「うん?」
「ぶつかったとかで、喧嘩が起こりそうになった時、一歩出ようとしただろ」
「そだっけ?」
「ありゃ、揉め事に首突っ込むチンピラの顔だ」
「人聞きの悪い表現やめて」
ベルロウさんはパンを口に運びながら、にっと笑った。でも、嫌そうな顔は、ちゃんと半分は本気で嫌そうだった。
わたしは助けを求めて、向かいの席の統を見た。
が、統は、もう朝食を半分以上片付け終わっていた。
いつの間にか身支度も済んでいて、明らかに今から出ようとしている顔だ。
「あんたはあんたで、なに、その完璧な臨戦態勢?」
「今日は別行動だ」
「どこ行くのよ」
「散歩」
「絶対ありえない」
「散歩だ」
「あんたが“散歩”って言う日、わたしの知る限り絶対散歩じゃないのよね」
「事実だ」
「事実って言っとけば通るって思ってない?」
「便利だ」
「だから昨日のと同じよそれ!」
アリアさんが横で笑いをこらえていた。
「あなたたちが街で固まらない方が、こっちも動きやすいの」
「えー、アリアさんもそっち側?」
「そっち側よ」
「ドレミ、観念しな」
ベルロウさんが、サラダのお皿からピーマンに似た野菜を、丁寧に取り除きながら言った。
「ベルロウさんまで?」
「だってあーし、おまえの子守だぞ。子守として全権持って動くからな、文句言うなよ」
「子守の全権ってなによ」
「子守なめんなよ」
「なんか、めっちゃ気合い入ってる!?」
ノッピーニオさんは食堂の隅のテーブルで、いつものように静かに何か書いていた。
目線だけはちらりとこちらに向ける。「やかましいですよ」とでも言いたげな、無言の冷静さ。
わたしはがくっと肩を落として、自分のパンに戻った。
……まあ。
みんな、昨日のことをちゃんと心配してくれているらしい。
そう思えば、悪い気はしなかった。
子守扱いなのは、ものすごく不本意だけど。
昨日の騒ぎを受けて、それぞれが自分の役割をもう一度確認している。
昨日までわたしたちが歩いていた「ふつうの旅」とは、ほんの少しだけ温度の違う朝だった
宿を出ると、平民街の朝はすでに動いていた。
通りの少し奥に、共同井戸が見える。
その周りには、おばちゃんたちが大きな桶を抱えて集まっていて、洗い物の水しぶきと、世間話の声が混ざり合っていた。
「あんたとこ、もう次の子のお祝い決めた?」
「冗談じゃないよ、上の三人で手一杯さ」
「あら、四人目欲しいって言ってたじゃない」
「あの時は酒入ってたんだよ!」
わはは、と笑い声が上がる。
通りの反対側を、五、六人の子どもが、年長らしい女の子に手を引かれて一列に歩いていった。
「迷子になんないでね」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
返事だけ揃ってる。
「おまえにお仲間たちがいるぞ」
その光景を見てベルロウさんが肘で突ついてくる。
「もうその、子守ムーブやめてくださいよ」
「あーしが、おまえの子守りなのは変わらない」
なんかその半笑いが、キャットタワーの上から見下ろしてくるうちの猫の笑顔に似ていた。
露店はもう仕込みに入っていた。
パンの匂い、揚げ油の匂い、それから昨日かいだ香辛料の匂いが、朝の冷たさの中で立ち上っている。
通りの隅には、毎朝そこで座っているらしい老人が、ひざ掛けをかけたまま、流れていく人々をぼんやり眺めていた。
「うわ、平民街、めちゃくちゃ生活感あるよね」
わたしが思わず呟くと、ベルロウさんが小さく鼻を鳴らした。
「お前、ようやく王都の素顔を見たな」
「昨日の貴族街となに、これ同じ街なの」
「ん。同じ街だ」
「すごい二段構造」
「都市ってのは大体そうなんだよ」
ベルロウさんは耳をぴくりと立てた。
「あーし、人ごみは嫌いだが、人は嫌いじゃねえ、って昨日言ったろ?」
「うん」
「あーしが嫌いなのは“都市”そのものなんだよ。人が集まりすぎて、ルールでがちがちにしねえと動かなくなる街そのものが嫌いだ」
「あー、なるほど」
ベルロウさんはそう言って、井戸端のおばちゃんたちにも、すれ違うおじいさんにも、軽く目線を返していた。
人は嫌いじゃない。
むしろ、こういう人たちのことは好きなのかもしれない。
その時、横から急に小さな声がした。
「ねこ!」
通りすがりの子どもだった。
たぶん、五歳くらい。
お母さんに手を引かれて歩いていた途中で、ベルロウさんの尻尾を見つけて、目をきらきらさせている。
「ねこのおねえちゃん!」
ベルロウさんの耳が、ぴくっと跳ねた。
「おい、子ども。あーしを“ねこ”呼ばわりすんな」
「ねこのおねえちゃん!」
「だから違うっつーの」
「ねこのおねえちゃーん!」
「お前、ぜんぜん聞いてねえな!?」
子どもはそのままお母さんに引っぱられていって、最後にぶんぶん手を振った。
ベルロウさんは、無言で見送った。
「……今、ちょっと許してやった」
「単純すぎ」
「いいんだよ、子どもには」
「ベルロウさん、わたしには鬼みたいに厳しいのに」
「お前は子どもじゃねえからだろ」
「身長は子どもよ!」
「中身は元成人だろうが」
「うっ」
「うっ、じゃねえよ」
ベルロウさんは、けらけら笑っていた。
思った以上に、街と相性が悪くなさそうだった。
平民街の北寄りの通りに入ったところで、人だかりがあった。
大きな騒ぎではなかった。
ただ、衛兵が二人、街路の壁に貼られていた何枚かの手配書を取り外していた。
そこには、いくつかの名前と特徴が書かれている。
年齢。
身長。
着ていた服。
最後に目撃された場所。
名前ごとに、最後の目撃場所が違う。
でも、目撃場所の地名を頭の中で並べてみると、なんとなく方向が似ていた。
北の――神殿の方角。
「……これ」
わたしが立ち止まると、ベルロウさんも横で耳をぴくりと立てた。
「迷子じゃねえな」
「人捜しの掲示?」
「ああ。たぶん、ここのところ続いてるやつだ」
看板を取り外していた衛兵が、もう片方の衛兵にぼそりと言うのが聞こえた。
「また増えた、って話だ」
「……月で三人、もう超えた」
「上、何やってんだ」
「滅多なこと言うな」
その小声の応酬を、ベルロウさんの耳は明らかに全部拾っていた。
周囲の住人たちの会話も、なんとなく聞こえてくる。
「またあれかい」
「うちの娘も気をつけさせないとね」
「白布の集まり、なんか怪しくないかい?」
「滅多なこと言うんじゃないよ。あれは慈善ってことになってんだ」
「……ってことに、ね」
住人の声の中に、含みがあった。
怒っているわけじゃない。でも、信じきってもいない。
ベルロウさんが、わたしにだけ聞こえる小声で言った。
「あーしの鼻と耳が言ってる。これは“噂”の段階で済む話じゃねえな」
「アリアさんが言ってた通りね」
「ま、あれが酒場で拾ってきた話だってんなら、その酒場、王国でいちばん優秀な酒場だぜ」
「……ベルロウさん」
「ん?」
「アリアさんって、絶対ただの冒険者じゃないわよね?」
ベルロウさんは、耳の付け根をぼりぼり掻きながら、無表情にしてみせた。
「あーしは、なんにも知らねえな」
「あ、それ、絶対知ってるやつの返し方」
「気のせいだ」
「うわ、統と同じ言葉使った!」
「“事実”だからな」
「もういい!」
わたしは半分本気で拗ねたフリをした。
でも、ベルロウさんの耳は、わたしの方ではなく、衛兵たちの動きと、住人たちの声を、まだ静かに追い続けていた。
そっちが本業なんだろう。
そう思った時点で、わたしは内心、もうほとんど答え合わせを済ませていた。
七色が主人公の本作の続編思いついちゃいました。
が……手を付けずしばらく寝かせておきます。




