55、古都からの報告書
それから数日後。
アリアは、二日酔いの頭を抱えながら、再び王国監査院の門をくぐっていた。
前回とは違い、今回は呼び出しだ。
「至急、出頭されたし」という、何とも心臓に悪いメッセージが届いたのが今朝のこと。
部屋に入ると、大監察のウイロウ侯爵は前回と同じポーズで座っていた。
まるで、この数日間、一度も動いていないのではないかと疑いたくなるほどだ。
ただ一つ違うのは、机の上に置かれた書類が、前回よりも分厚くなっていることだ。
「……何の用ですか、閣下。私は今、猛烈に頭が痛いのですが」
アリアが不機嫌そうに言うと、侯爵は楽しそうに目を細めた。
「それはすまないね。だが、君にとっても無関係ではない話が入ってきたのでね」
侯爵は、一枚の報告書をアリアの前に滑らせた。
差出人は、リヴィエール侯爵。
古都テンペタ・フロップスを治める所司代だ。
「……テンペタで、何が?」
アリアは書類を手に取り、目を通した。
そこに書かれていたのは、信じがたい内容だった。
>古都における大規模な組織犯罪の摘発。
>ロンリコ・ブランコ男爵、バウンス商会、セシール修道院による児童誘拐および違法魔道具製造の罪により、関係者全員を拘束。
>地下工場を閉鎖し、被害者を保護。
「……ロンリコ男爵? あの好色ジジイが?」
アリアは目を丸くした。
ロンリコ男爵といえば、中央政界にもコネを持つ厄介な古狸だ。それが、一夜にして失脚したというのか。
「読み進めたまえ。面白いのはそこからだ」
侯爵に促され、アリアは先を読んだ。
>事件解決の糸口となったのは、外部からの協力者による情報提供と、実力行使による制圧であった。
>協力者は二名。姉と弟を名乗る子供。
アリアの手が止まった。
嫌な予感がする。
ものすごく、嫌な予感がする。
「……まさか」
「そのまさかだよ」
侯爵は苦笑した。
「特徴が一致している。君が報告した『オーミの協力者』とね。彼らはオーミを出た後、テンペタに流れたようだ」
報告書には、さらに驚くべきことが書かれていた。
>オークション会場において、男爵が起動させた「未完成の戦略兵器」を、協力者が所持していた「古代の遺物」を用いて無力化。
>その際、時計塔から大規模な光の現象(夜空に絵を描くような発光現象)が発生し、市民の多くがこれを目撃している。
「……花火?」
アリアは呟いた。
夜空に絵を描く光。それは、彼女たちの世界にはない概念だが、あの姉弟ならやりかねない。
ドレミとスバル。
あの二人が、またやったのだ。
「さらに興味深いのは、ここだ」
侯爵が指差したのは、報告書の最後にある追記部分だった。
>リヴィエール侯爵の証言によれば、彼は事前に「神託」のようなものを受け、軍を動かしたという。
>その際、彼の寝室に現れた存在についての記憶が曖昧であり、「圧倒的な畏怖」と「絶対的な命令」だけが印象に残っているとのこと。
>詳細な報告はなされていないが、状況から見て、あの姉弟が関与していることは明白である。
アリアは天を仰いだ。
スバルだ。
あの見た目十歳児の怪物が、一国の侯爵の寝室に忍び込み、何らかの方法で(おそらく精神干渉か、圧倒的な魔力による威圧で)行動を強制したのだ。
記憶が曖昧、というのが怖い。
下手をすれば、侯爵の精神を壊しかねない危険な綱渡りだ。
「……あいつら、自重って言葉を知らないのかしら」
「彼らは、我々の想像を超える『何か』を持っているようだね」
侯爵の声から、笑みが消えた。
そこにあるのは、未知の脅威に対する警戒心だ。
「オーミでの件は、まだ『有能な協力者』で済んだ。だが、テンペタでの一件は度を越している。一領主を意のままに動かし、戦略兵器を無力化し、古代の遺産を操る。……これは、一個人が持っていい力ではない」
侯爵は立ち上がり、窓の外を見た。
王都の街並みが広がっている。この平和な景色を、たった二人でひっくり返せるかもしれない存在。
「アリアくん。君に新たな任務を与える」
侯爵は振り返り、アリアを指差した。
「彼らを、追跡したまえ」
「……え?」
「捕縛しろとは言わない。今の我々の戦力では、彼らを無傷で捕らえるのは不可能だろうし、敵に回せば王都が火の海になりかねない。だから、監視だ」
侯爵は机の上の地図を広げた。
テンペタから西へ伸びる街道。その先にあるのは、港町だ。
「彼らがどこへ行き、何を目的にしているのか。そして、彼らが持つ『力』と『技術』の正体は何なのか。それを突き止めるのだ。接触は最低限に、しかし決して見失わないように」
それは、事実上の「お目付け役」になれという命令だった。
あんな爆弾みたいな姉弟の、ストーカーになれと。
「……断ったら?」
「断る? 君への報酬を倍にしよう。それに、今回の件で彼らに興味が湧いたのではないかね?」
侯爵はニヤリと笑った。
痛いところを突かれた。
確かに、気になる。
あの不思議な道具。見たことのない素材。そして、統の見せる、底知れない闇のような力。
冒険者としての好奇心が、うずうずしているのは事実だ。
「……はぁ。わかりましたよ」
アリアは頭を掻きむしった。
「やりますよ。やればいいんでしょう。どうせ、あの子たちを放っておいたら、次は国の一つや二つ、滅ぼしかねないですしね」
「期待しているよ」
侯爵は満足げに頷いた。
アリアは監査院を後にした。
空は青く晴れ渡っているが、彼女の心はどんよりと曇っていた。
これから始まるのは、気まぐれで、強大で、そしてどこか憎めない「災害」たちとの、終わりの見えない追いかけっこだ。
「ベルロウ、ノッピーニオ! 準備しな! また旅に出るよ!」
アリアは叫んだ。
二日酔いの頭痛は、いつの間にか消し飛んでいた。
代わりに湧いてきたのは、予感だ。
これは、ただの任務じゃない。
きっと、とんでもなく面白い、そして命がけの冒険になるという予感。
アリアたちは、西へと向かう。
嵐の中心にいる、あの姉弟を追いかけて。




