↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第四章 古都テンペタ・フロップス編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/107

50、タカシが見たかった空

【2026/5月改訂】




 エンターキーを押した瞬間、塔の中から低い唸りみたいな音が返ってきた。


 びくっと肩が跳ねる。

 壊れたわけじゃない。たぶん。いや、たぶんじゃ困るけど。


 床の奥で、重たいものが噛み合い直すような音がする。

 次いで、機械室の片隅の床がゆっくりと横へずれた。


「うわ……」


 現れたのは、下へ続く細い階段だった。

 ほんのりと青白い魔法灯がともっていて、闇に落ちる穴というより、何かの喉の奥みたいに見える。


「正解らしいな」


 統(すばる)が先にのぞき込む。


「アバカム、で合ってたんだ」


「単純だが、悪くない選び方だ」


「タカシくん、わりとベタ寄りだったんだね」


「親しみやすいとも言える」


「今の言い方、ちょっと好き」


 統は何も返さず、先に階段を下りていった。

 ので、わたしも続く。


 下へ行くほど、塔の機械音が遠のいていく。

 代わりに空気が変わった。乾いているのに、どこか閉じ込められた匂いがする。長いあいだ誰も開けなかった引き出しみたいな空気だ。


 階段の先は、小さな部屋だった。


 広くはない。

 けど、きちんと作られている。壁も床も磨かれた石で、ただの隠し倉庫という感じじゃない。誰かが、ここをちゃんと“置き場”として整えたのがわかる。


 その中央に、布をかぶせられた大きなものがあった。


「これ、か」


 わたしは近づいて、布の端をつまんだ。


 少しだけためらう。

 たった今まで、これは兵器かもしれないと思っていた。男爵が欲しがって、職人を攫って、子どもまで使い潰そうとしているもの。そういう話の中心にある以上、もっと禍々しくて、もっと見ただけで嫌な感じのするものかもしれないと、勝手に思っていた。


 でも、目の前のそれは、布越しにもどこか静かだった。


 息をひとつ吸って、わたしは布をめくった。


「……え」


 出てきたのは、巨大な筒だった。


 大砲みたいでもある。

 望遠鏡みたいでもある。

 金属の骨組みに、太いガラス管。魔導回路の筋が蔦みたいに這っていて、古い機械なのに、どこか不格好な愛嬌がある。


 兵器というより、巨大な実験装置。

 科学室の夢をそのまま大きくしたみたいな形だった。


「なんか……思ってたのと違う」


「同感だ」


 統が側面に手を触れる。

 目を閉じ、じっと探る。

 こういう時の統は、ふだんより少しだけ静かになる。というか、普段から静かだけど、その静かさの質が変わる。


 わたしは機械を見上げたまま待った。


 少しして、統が目を開ける。


「兵器ではないな」


「ほんとに?」


「ああ。少なくとも、直接何かを破壊するための構造じゃない」


「じゃあ、何」


 統は筒の先を見上げた。


「投影機だ」


「投影機?」


「光を上へ飛ばし、空間へ像を映す装置だ。魔力で像を組み立て、塔全体を増幅器として使う」


 言われて、わたしも改めて見回した。

 機械の台座から伸びる細い導線みたいな回路が、床の下へ潜っている。たぶんこの部屋だけじゃない。塔のどこかと繋がっている。


「つまり、時計塔まるごと使うってこと?」


「おそらくな。この高さ、この位置、この構造。全部込みで設計されている」


 わたしはもう一度、機械を見た。


 大砲みたいな形。

 でも中身は違う。

 撃ち出すのは弾じゃない。光だ。像だ。空に浮かべる何かだ。


「……何を映すつもりだったんだろう」


 口に出した瞬間、わかった気がした。


 帰りたかったんだ。

 たぶん、すごく。

 日本に。元の世界に。見慣れたもの全部に。


 でも、帰れなかった。


 だからせめて。

 せめて空だけでも、と思ったんじゃないか。


「タカシくん……」


 会ったこともない。

 顔も知らない。

 それでも、この機械の形が妙に寂しく見えて、胸の奥が鈍く痛んだ。


「男爵たち、これを兵器だと思ってたの?」


「完全には理解していなかったのだろうな。未知の技術と魔力の出力だけ見て、危険なものだと決めつけた」


「馬鹿だね」


「ああ。たいへん馬鹿だ」


 珍しく、統の口調にちょっとだけ棘があった。


 わたしは機械のそばを回った。

 背面にはいくつかの端子があり、そのうち一つには見覚えのある形の差込口がついていた。ゲーム機とどこか思想が似ている。異世界の魔道具だけじゃなく、日本の機械を知ってる人間が手を入れた形だ。


「起動できる?」


「今すぐはやめておけ」


「なんで?」


「上空に何かを映す装置なら、こんな時間に動かせば街中の目を引く。明日の前に騒ぎを起こすのは得策じゃない」


「そりゃそうか」


 わたしは少しだけ残念になって、すぐに納得した。

 ここで空に変なものを映したら、決戦前に全部台無しだ。


 統は機械の側面をもう一度なぞる。


「ただ、起動の準備はできる」


「準備?」


「投影内容の選択と、魔力経路の再接続だ。今のままでは、たぶん途中で止まる。経年劣化もある」


「直せるの?」


「応急処置程度ならな」


 そう言って、統は機械の基部を開いた。

 内部には細い回路板みたいなものと、魔石をはめる座がいくつも並んでいる。何がどうなってるのか、正直わたしには半分もわからない。


「手伝えることある?」


「そのゲーム機を出せ」


「え、こっち?」


「ああ。データの記録方式が似ている。投影パターンの読み出しに使えるかもしれん」


 言われた通り、サコッシュからゲーム機を渡す。

 タカシくんが最後まで抱えていたもの。

 その中身と、この機械がどこかで繋がっていると思うと、変な感じだった。


 統は端子とゲーム機を見比べ、少し考え込んだあと、四次元ポケットからケーブルだの小さな魔石だの訳のわからないものを次々出し始めた。


「ほんとに何でも入ってるね、それ」


「必要なものしか入っていない」


「必要の定義、広すぎない?」


「狭いよりはいい」


 それはそうかもしれないけど、そうかなあ。


 結局、統が作業しているあいだ、わたしは部屋の中を見て回った。

 壁際には小さな机があって、その上に紙束がひとつ置かれていた。湿気から守るためか、箱の中に丁寧に入れられている。


「統、こっち見ていい?」


「罠の気配はない。問題ない」


 箱を開ける。

 中にあったのは、何枚かの設計図と、走り書きのメモだった。


 字は少し癖がある。

 でも、勢いのある字だ。考えながら一気に書いた感じがする。


 帰還装置は危険。

 座標が安定しない。

 人を通す前に空を通せ。

 星座ならずれても死なない。


 わたしは、その一文の前で止まった。


「……そっか」


 帰るために作ってたんだ。

 帰還装置を。

 でも人間を通すには危なすぎた。だからまず、空を通すことを考えた。


 日本の空を、この世界に映す。

 それがタカシくんの“最高傑作”。


 兵器なんかじゃなかった。

 帰れなかった人が、それでも諦めきれなくて、空に手を伸ばした跡だ。


 なんだそれ。

 切ないにもほどがある。


「七色」


 統に呼ばれて振り向く。


「見ろ」


 機械の先端近く、透明なガラス管の奥で、淡い光がゆっくり点った。

 完全起動ではない。でも、死んでない。ちゃんとまだ動く。


「いけそう?」


「ああ。明日の夜なら使える」


「何を映すの」


「まだ全部は読み切れていないが、星図らしきデータがある。おそらく、元の世界の夜空だ」


 胸の奥がきゅっとなる。


「……うん」


 それ以上、すぐには言葉が出なかった。


 タカシくんが見たかった空。

 帰れなくて、でも忘れたくなかった空。

 もしそれが明日の夜、この街の上に広がるなら――それはたぶん、ただ綺麗なだけじゃない。


 男爵たちが欲しがった“最高傑作”の正体が、誰かを殺す力じゃなくて、誰かが帰りたかった証拠だってことになる。


「これ、持っていかなくていいの?」


「運ぶには大きすぎるし、ここに固定されている。この塔ごと使って完成する仕組みだ。下手に動かせば壊れる」


「じゃあ、明日ここで起動する?」


「いや」


 統は短く首を振った。


「起動自体は遠隔でできるようにしておく。オークション会場で騒ぎを起こし、相手の目を地上に向けたところで空を使う」


「派手だね」


「お前は好きだろう、そういうの」


「好き」


 即答すると、統が少しだけ笑った。ほんの少しだけ。

 その顔を見て、こっちもつられて笑う。


「いいね。偽物を並べて悦に入ってるところへ、本物を空から見せるわけだ」


「ああ。しかも本物は兵器ですらない」


「最高に趣味が悪い」


「褒め言葉として受け取っておく」


 準備に必要な細工をいくつか済ませて、わたしたちは部屋を出た。

 布は元通りかぶせる。床の扉も閉じる。機械室のキーボードも、触った痕跡が残らないように整える。


 全部終わったころには、夜はだいぶ深くなっていた。


 時計塔を出ると、風が頬を撫でた。

 ドレスの裾が少し揺れる。見上げた空には、この世界の星が散っている。見慣れない形。二つの月。日本じゃ絶対に見られない空。


 それなのに、明日の夜はそこへ別の空が重なる。


「七色(どれみ)」


「なに」


「歩きながら寝るなよ」


「寝てない。ちょっと考えてただけ」


「顔がぼんやりしている」


「感傷にひたってる乙女への言い草じゃないなあ」


「乙女ならもっと静かにひたれ」


「注文が多い従者だね」


 言い返しながら、少しだけ胸を押さえた。

 深いところで、あの心臓がゆっくり鳴っている。


 不安はある。

 明日はたぶん、簡単に済まない。

 カコちゃんも、地下の子どもたちも、職人さんたちも、みんなまとめて助けるなんて、口で言うほど簡単じゃない。


 でも、ひとつだけはっきりしたことがある。


 タカシくんの話を、あんな連中の勘違いで終わらせたくない。


 兵器なんかじゃない。

 あれは、帰れなかった誰かが、それでも世界を見失わないために作った空だ。


 だったら、いちばん綺麗な形で使ってやる。


 宿へ戻る道すがら、わたしはもう一度だけ時計塔を振り返った。

 闇の中に立つ塔は、何も知らない顔をしている。


 明日の夜。

 あそこから、空が変わる。


「統」


「なんだ」


「明日、絶対決めよう」


「ああ」


 短い返事。

 でも、それで十分だった。


 ニセ令嬢と小さな従者。

 ふざけた配役だ。ほんとに。


 けど、舞台に上がる準備はもう終わった。


 次は、幕を開けるだけだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。