51、偽りの出品、真実の鑑定
【2026/5月改訂】
会場のサロンに足を踏み入れた瞬間、わたしは扇子の裏でそっと眉を寄せた。
明るすぎる。
天井から下がるシャンデリアは、これでもかというほどガラスを連ね、壁には金の装飾がべたべたと貼りついている。光が光を跳ね返して、部屋じゅうが落ち着きなくきらついていた。豪華というより、まぶしさで相手を圧倒しようとしてくる感じだ。
集まっている客たちも似たようなものだった。
腹の出た商人、宝石まみれの貴婦人、魔導師めいたローブ姿の男。
誰も彼も、グラス片手に余裕ありげな顔をしている。けれど、視線の動きだけはいやにせわしない。値踏み、牽制、探り合い。笑っているくせに、目だけが忙しい。
「……品がないな」
すぐ後ろで、統が小さく言った。
「静かになさい」
扇子で口元を隠したまま、わたしは囁く。
「従者が先に顔をしかめてどうするの」
「従者だからこそだ。主人の代わりに不快になっている」
「余計なお世話ね」
今日のわたしは、東方の島国から来た富商の娘。
金はある。世間は知らない。けれど妙に高慢で、気分次第で大金を落とすかもしれない。
そういう、主催者から見れば扱いづらいけど無視できない客だ。
ドレスの裾を整え、わたしはゆっくり周囲を見回した。
「まあ。ずいぶん光がお好きな趣味ですのね」
少しだけ声を張る。
近くにいた何人かがこちらを見た。
「わたくしの国では、ここまで飾ると浴場みたいだと笑われますの。地方ごとに流儀が違うのですね」
嫌味は言った。
でも一応、笑顔の包み紙には包んでおく。
その時、人垣の向こうからひとりの男が進み出た。
髪は几帳面に撫でつけられ、口元には整えた髭。ワイン色の服はよく仕立てられていて、いかにも自分の趣味に自信がありそうだった。
ロンリコ・ブランコ男爵。
見た瞬間、胸の奥がひやりとした。
この男が、カコちゃんを狙い、子どもたちを削り、タカシくんの遺したものを歪めた。
そう思うだけで、喉の奥に嫌な熱がたまる。
でも、今は笑う番だ。
「これはこれは。東方からのお客様とは、まことに光栄です」
男爵は優雅に一礼した。
礼の形はきれいだ。だから余計に、中身の気色悪さが透けて見える。
「ごきげんよう、男爵様。お招きいただき感謝いたしますわ」
わたしも微笑んで礼を返す。
男爵の視線が、わたしの顔から首元、ドレスの仕立て、指先の飾りへと順に滑った。
露骨ではない。けれど、“見ている”というより“査定している”目だった。
「どうぞ、今宵は楽しんでいってください。珍しい品をいくつも揃えております」
「まあ、それは楽しみですこと」
その一瞬だけ、統が半歩前へ出た。
「閣下。お嬢様はお疲れです。席へご案内いただけますか」
声は丁寧。
でも、丁寧な分だけ冷たい。
男爵は薄く笑った。
「忠実な従者をお持ちのようだ」
「ええ。よく躾けられておりますの」
わたしが答えると、男爵の笑みがほんの少しだけ固くなった。
よし。嫌われるくらいでちょうどいい。
案内されたのは前方の上席だった。
沈みこむようなソファ。重たそうな酒。周囲から刺さる視線。
嫉妬と警戒と、金の匂いを嗅ぎつけた顔が、遠慮なくこちらへ向いている。
「居心地、最悪」
「顔に出すな」
「出してないわよ」
「出ている」
「どこが」
「全部だ」
最低の従者である。
やがて照明が落ち、ステージだけが浮かび上がる。
司会役の男が中央へ進み出て、大げさなくらい朗々と声を張った。
「紳士淑女の皆様、今宵も選び抜かれた至高の品をご覧いただきます!」
最初の品は古びた剣だった。
『竜殺しの剣』だの『古代王家の秘宝』だのと、いかにもな文句が並ぶ。
「どう?」
扇子の陰で訊くと、統は一度見ただけで答えた。
「ただの鉄くずだ。刃こぼれもひどい。飾っても映えない」
「飾っても駄目かあ」
入札はなぜか盛り上がっていた。
信じているのか、信じたふりをしているのか、そのへんは怪しい。けれど、ここでは“本物かどうか”より、“この場で奪い合うこと”の方が大事らしい。
次に出てきたのは古い壺だった。
「こちらは若返りの秘薬を納めていた伝説の器!」
「それは?」
「……尿瓶だな」
危なかった。
ほんとに危なかった。笑うところじゃないのに、口の端が上がりそうになる。
貴婦人たちが真剣な顔で値を吊り上げていくのを見ていると、可笑しいというより寒くなってくる。
この会場、誰か一人が本気で信じていて、あとはみんなでその信仰を値段に変えている感じがした。
賢者の石と呼ばれたガラス玉も、空飛ぶ絨毯の切れ端とされた布切れも、まとめて同じ匂いがした。
嘘そのものというより、嘘に値札をつけて売る手つきの匂いだ。
わたしは退屈そうに酒杯を傾けながら、ときどき口を挟んだ。
「その壺、わたくしの国なら香草を漬けるのにちょうどよさそうですわね」
「まあ、その石は綺麗。お庭の池に沈めたら映えそうですこと」
客席の空気が、じわじわと変わっていく。
笑いたいのに笑えない顔。こちらを睨みたいのに、令嬢相手だから露骨にもできない顔。
そして、男爵の笑顔が少しずつ薄くなっていく。
いい。
もっと苛立てばいい。
やがて司会者が大仰に間を取り、声を張り上げた。
「皆様、お待たせいたしました――本日の目玉でございます!」
会場が静まる。
数人がかりで大きな機械が運び込まれた。
黒い布がかけられている。だが、その下の輪郭だけで十分だった。
無理に威圧感を作ろうとした形。重たく、尖って、露骨に“怖そう”に寄せた造形。
統の声が低く落ちる。
「来たな」
「あれが偽物」
「ああ。設計図の一部だけ真似て、力任せに組んだ代物だ」
布が剥がされる。
露わになった機械は、巨大な砲身を思わせる形をしていた。むき出しの配線、落ち着きのない光、無理やり繋いだような継ぎ目。
強そうというより、危なそうだ。見ているだけで嫌な感じがする。
「戦略級魔導兵器――『神の雷』!」
男爵が両手を広げる。
客席からは、歓声ともどよめきともつかない音が上がった。
「城壁を砕き、敵軍を灰燼と化す、まさしく時代を変える一品にございます!」
酔っている。
酒にじゃない。自分の作った舞台に。
さらに男爵が合図すると、小型の台車が運ばれてきた。
透明なケースに入れられた、赤黒い結晶。
それを見た瞬間、胸の奥が強く脈打った。
嫌だ。
理屈より先に、そう思った。
近くにあるだけで気分が悪い。甘ったるく錆びたみたいな匂いが、喉の奥に貼りつく。
「そして、これを駆動させるための至高の触媒――『賢者の魔石』!」
会場がさらにざわめく。
「……統」
「ああ」
統の声は、氷みたいに固かった。
「あれは石ではない。子どもから搾り取りすぎた魔力の残滓を、無理やり結晶化させたものだ」
扇子を握る手に力が入る。
乾いた音がして、骨が一本きしんだ。
ぶっ壊したい。
今すぐ。全部。
「……壊していい?」
「まだだ」
「でも」
「ここで動けば、あの紛い物ごと暴発しかねない。巻き込まれるのは、この部屋の連中だけでは済まん」
わかってる。
わかってるから腹が立つ。
「じゃあ、どうしろっての」
「優雅に止めろ」
統が眼鏡の位置を直した。
「私たちは令嬢と従者だ。乱入者ではない。なら、やることは一つだろう」
わたしは一度、深く息を吸った。
怒りで熱くなった頭を、無理やり冷やす。
ドレスの裾を整える。背筋を伸ばす。扇子を閉じる。
令嬢なら。
この場を壊すにしても、壊し方がある。
わたしはゆっくり立ち上がった。
視線が集まる。男爵も気づく。
「あら、男爵様」
猫をかぶった声で、やわらかく呼びかける。
「出品前の鑑定は、きちんとなさったのかしら」
会場がしんとする。
男爵の目が細くなった。
「……どういう意味でしょう、お嬢様」
わたしは扇子の先を、機械の砲身の継ぎ目へ向けた。
「その継ぎ目。魔力が漏れておりますわよ」
ほんの一拍遅れて、客席のざわめきが広がった。
その一言が、開戦の合図になった。




