50、偽りの出品、真実の鑑定
会場となるサロンに足を踏み入れた瞬間、わたしが最初に抱いた感想は「うわ、眩しっ」だった。
物理的に眩しいのだ。
天井からぶら下がったシャンデリアは、これでもかというくらいクリスタルをジャラジャラとぶら下げていて、壁には悪趣味な金箔の装飾が施されている。その光が反射し合って、視界全体がチカチカする。光量過多で偏頭痛を誘発する拷問部屋か何かかと思った。
集まっている人間もまた、部屋の装飾に負けず劣らずギラギラしている。
恰幅のいい商人、着飾った貴族、胡散臭い魔導師風の男。
全員が全員、「私、金持ってますけど何か?」という顔をして、グラス片手に談笑している。その笑顔の裏に、どれだけのどす黒い欲望が渦巻いているのか想像するだけで、胃もたれしそうだ。
「……趣味が悪いな」
背後で、小さな従者がボソリと呟いた。
統だ。燕尾服姿も板についてきたが、その表情は能面のように冷徹だ。
「しっ。聞こえるわよ、セバスチャン」
わたしは扇子で口元を隠し、小声でたしなめる。
今日のわたしは、東方の島国から来た大富豪の娘、「レディ・セブンカラーズ」だ。ネーミングセンスが絶望的だが、ブンザさんがノリノリで登録してしまったので仕方がない。
設定上は、ワガママで世間知らず、でも金払いはいいカモ、ということになっている。
「あら、素敵な会場ですこと。我が家のトイレより少し狭いくらいですけれど」
わたしはわざと聞こえるように声を張り上げ、周囲を見回した。
近くにいた貴族たちが、ギョッとした顔でこちらを見る。
つかみはオッケーだ。
「おや、これはこれは。噂の東方のお嬢様ですかな?」
人垣が割れて、ひとりの男が現れた。
撫で付けた髪に、カイゼル髭。ワイン色のベルベットの服を着た、少し小柄な男。
ロンリコ・ブランコ男爵だ。
カコちゃんを狙い、タカシくんを追い詰め、この街の裏で子供たちを食い物にしている張本人。
生理的な嫌悪感が背筋を走るのを、鉄の意志で押さえ込む。
わたしはニッコリと営業スマイルを浮かべた。
「ごきげんよう、男爵様。招待状をいただき、感謝いたしますわ」
「いえいえ、遠路はるばるようこそお越しくださいました。よろしければ、私が案内させていただきましょう」
男爵の視線が、わたしの全身をねっとりと舐めるように動く。
ドレスの値踏みか、あるいは中身の値踏みか。どちらにせよ、気持ち悪いことこの上ない。
統が一歩前に出て、わたしの視界から男爵を遮るように立った。
「男爵閣下。お嬢様は長旅でお疲れです。席へご案内いただけますか」
慇懃無礼な口調。でも、その目だけは笑っていない。
男爵は「おっと」と大げさに肩をすくめた。
「これは失礼。小さな番犬をお持ちのようですな」
「ええ、小さくても牙が鋭いので、お気をつけくださいね」
わたしは統の背中に手を置き、さっさと歩き出した。これ以上あの髭面を見ていたら、せっかくのメイクが崩れるくらい顔をしかめてしまいそうだ。
案内されたのは、会場の前方にある特別席だった。
ふかふかのソファに座らされ、高い酒が出される。
周囲の視線が痛いほど刺さる。
「どこの馬の骨だ」「あんな小娘が」という嫉妬と、「いくらむしり取れるか」という欲望が入り混じった視線だ。
やがて、会場の照明が落とされた。
スポットライトがステージを照らす。
オークションの始まりだ。
「さあさあ、紳士淑女の皆様! 今宵も素晴らしい品々をご用意いたしました!」
司会者が大げさな身振りで叫ぶ。
最初の出品物が運ばれてきた。
古びた剣だ。
「こちらは、古代遺跡から発掘された『竜殺しの剣』! 刀身に刻まれたルーン文字が、その威力を物語っております!」
会場がどよめく。
入札が始まる。価格がどんどん釣り上がっていく。
「統、あれどう?」
わたしは扇子の陰で聞いた。
統は眼鏡の位置を直しながら、冷淡に答える。
「ただの錆びた鉄くずだ。ルーン文字に見えるのは、製造過程でついた傷だな。切れ味は包丁以下だ」
「……だよねぇ」
わたしはあくびを噛み殺した。
次に出てきたのは、「若返りの秘薬が入っていた壺」。
中身はない。壺だけだ。それでも「残り香だけで十年は若返る」という触れ込みで、貴婦人たちが目の色を変えて入札している。
「あれは?」
「ただの古い尿瓶だ」
「ブッ……!」
吹き出しそうになるのを必死で堪える。
尿瓶に大金を払って群がる貴族たち。喜劇を通り越してシュールレアリスムの絵画みたいだ。
その後も、ガラクタのパレードは続いた。
「賢者の石(ただのガラス玉)」、「空飛ぶ絨毯の切れ端(ただのボロ布)」、「伝説の魔獣の卵(ダチョウの卵)」。
よくもまあ、これだけゴミを集めてきて、それっぽい嘘で塗り固められるものだ。ある意味、その胆力だけは認めてあげてもいいかもしれない。
わたしは退屈そうに振る舞いながら、時折、適当なチャチャを入れた。
「あら、その壺、わたくしの国では漬物を入れるのに使いますわよ?」
「その剣、お庭の草刈りにちょうどよさそうですわね」
わたしの無邪気(に見せかけた悪意ある)なコメントに、会場の空気が微妙に凍りつく。
男爵がイライラした様子でこちらを睨んでくるのが分かる。
いい気味だ。もっと焦れ。
呆れている間に、オークションはいよいよ佳境に入っていた。
会場の照明が一段と暗くなり、ステージにスポットライトが集中する。
「皆様、お待たせいたしました! 本日の目玉商品の登場です!」
男爵の声が上ずる。
巨大な物体が、数人の男たちによって運び込まれてきた。
黒い布が掛けられているが、その隙間から、禍々しい鉄の質感が覗いている。
統の目が、すっと細められた。
「来たな」
「あれが……?」
「ああ。タカシの設計図を元に、無理やり作り上げた紛い物だ」
布が取り払われる。
現れたのは、巨大な砲身を持つ機械塊だった。
無骨なパイプ、露出した配線、そして中央には赤く明滅するレンズ。
見るからに不安定で、今にも爆発しそうな危うさを孕んでいる。
「戦略級魔導兵器、『神の雷』でございます!」
会場がどよめく。
欲望と、恐怖と、興奮がないまぜになった歓声。
「これがあれば、城壁はおろか山をも吹き飛ばす! 我が国に敵対する者は、塵ひとつ残さず消滅するでしょう!」
男爵は陶酔したように叫ぶ。
そして、合図と共にワゴンが運ばれてきた。
透明なケースに入った、赤黒い結晶。
「そして、この兵器を動かすためのエネルギー源……『賢者の魔石』!」
その石を見た瞬間、わたしの胸の奥の「深い心臓」が、警鐘を鳴らすように激しく打った。
あれは、ただの石じゃない。
血の匂いがする。
悲鳴が聞こえる。
「……統」
「わかっている」
統の声は、絶対零度よりも冷たかった。
「あれは、子供たちの命を濃縮したものだ。許容量を超えて搾り取られた魔力の残滓……ヘドが出るな」
わたしは扇子を握りしめた。
ベキッ、という音がして、扇子の骨が一本折れた。
「……ぶっ壊していい?」
「まだだ」
統が止める。
「今ここで暴れれば、男爵はあの石を使って兵器を起動させるかもしれん。ここで爆発すれば、会場の人間だけでなく、街の一部が吹き飛ぶ」
「じゃあ、どうするのよ!」
「タイミングを待て。そして……スマートにやれ」
統は眼鏡の位置を直した。
「私たちはただの『令嬢と従者』だ。暴力で解決するのではなく、あくまで『アクシデント』として処理する」
無理難題を言う。
でも、やるしかない。
わたしは深呼吸をして、震える足を止めた。
ドレスの裾を直し、優雅に立ち上がる。
「あら、男爵様?」
会場に響き渡るような、鈴を転がすような(猫を被った)声で、わたしは言った。
「その機械、どこかから煙が出てますわよ?」
その一言が、開戦の合図だった。




