表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く  作者: 真野真名


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/36

25、深い心臓




 ──闇が、黒い。


 地球の夜とは種類が違う。

 二つの太陽が沈んだあとに落ちてくる闇は、色そのものが濃い。墨汁を流し込んだみたいに光を吸って、目の奥までべったり貼りつく。


 足元の土は冷えて、湿った夜風が肌を撫でるたび、体温がじわじわ奪われていく。

 なのに、わたしの胸の奥には、それよりずっと冷たいものが居座ってた。


 先頭はアリアさん。

 その後ろを、わたしとすばるが続く。


 土の匂い、濡れた枝の匂い、夜の冷気。

 普段なら「まあ森ってこんな感じ」くらいでスルーするものが──


(……聞こえる……)


 思わず足が止まった。


 耳鳴りじゃない。風でもない。

 虫の脚が葉っぱの筋を横切る音。高いところで休んでる鳥の、胸がふくらむ呼吸の音。

 アリアさんの心臓の脈が、ただの“音”じゃなくて“テンポ”として理解できる。


 そして──


(草を掻き分ける音……鉄がこすれる音……遠いけど……)


 音の方向も距離も、人数まで。わかってしまう。


 胸の奥で、別の心臓が動き出したみたいに、ズズッ……と低い振動が体の内側に響いた。


(心臓が……変。深いところで鳴ってる……)


 手を当てても触れられない。

 皮膚の裏じゃなくて、臓腑よりもっと奥。さらに奥。

 そこに、もう一つ“拍動”が生まれてるみたいな錯覚。


七色どれみ、止まるな」


 統が肩に手を置いた瞬間、耳の奥のざわつきがすっと弱まった。

 冷たい指先なのに、変に落ち着くのが悔しい。


(……統の声だけ、近くて安心する……)


「ごめん。ちょっと……変な感じがして」


 アリアさんが足を止めて振り返る。

 月明かりの代わりに星が照らす金髪が、うっすら光る。


 その目が、わたしを射抜く。

 甘さゼロ。冒険者の“査定”の視線。


「ドレミ、さっきから動きが妙だよ。耳がいいの? 気配にも先に気づくし」


 しまった。

 この人、勘が鋭いの忘れてた。


 わたしはとっさに笑ってごまかす。


「えー、たまたまでござるです」


「夜目が利くだけだ。異常ではない」


 統が即、上から蓋をした。

 わたしが余計な言い訳を足す前に、ぴしゃり。


 アリアさんはじっとわたしを見て──

 何か言いかけたけど、飲み込んだ。


 その“保留”が、逆に怖い。

 喉がカラカラになる。


***


 しばらく歩いたところで、また足が止まった。


「統……」


 息を潜めたまま、統の袖を引く。

 指先が少し震えてるの、ちゃんと自分でわかった。


「なんだ? ……あぁ、気づいたのか」


「うん。三人、こっち向かってる」


「正確には四人だ」


 統の声が、びっくりするくらい淡々としてる。

 この状況すら誤差扱いなの、逆に安心感あるんだけど。


 わたしが止まったせいで、アリアさんが振り返った。


「どうしたの?」


 統は眉ひとつ動かさずに言う。


「四人、近づいてる。こちらが見つかったわけではなさそうだ」


「なんで人数まで? それにドレミちゃんも気づいたってこと?」


「慣れだ」


 統が即答。


 アリアさんの眉がぴくりと跳ねる。


「ちょ……慣れって。二人とも、どんな生活してたのよ」


「カンチョーの連続的な?」


 一瞬、アリアさんの顔が“理解に迷った顔”になる。


「……それね。二度目だし、もう驚かないわ。緊張よ。カンチョーじゃなく、き・ん・ちょ・う」


 発音の違いだったらしい。

 わざわざ直してくれるの、地味にありがたい。こういうの、今後も生きるし。


 アリアさんは小さく息を吐いた。


「……あんたら、本当に何者?」


 統もわたしも返せない。

 返す必要もない、って空気だけが静かに流れた。


***


 その四人の気配は、どこかでそれたみたいだ。今はもうわからない。


 危険なら統がなんとかしてくれるでしょ。

 見た目ちびっ子だけど、七千年の安心感がある。


 森の空気がまた濃くなって、湿った土の匂いが鼻にまとわりついた。


 三人で木々の間を進んでいると、アリアさんがぽつりと話し出した。


「ここ最近、オーミの周りは妙に慌ただしいんだよ。代官も商会も、裏で何か嗅ぎ回られるのを嫌がって」


「嗅ぎ回られるのを……?」


「オーミは流通の要みたいな街だからね。利権も絡むし、後ろ暗いところは少なからずあった。でも十年くらい前に代官が変わってから、それが加速してさ。今じゃ、ごたつきが表に出てきたって感じ」


「その代官が原因なのか?」


「権力と金が、おかしな形でくっついちゃったんだろうね」


 アリアさんの声が、ほんの少しだけ冷える。

 嫌悪と諦めと、仕事柄の苛立ち。いろんな感情が混じってるのに、言い方は軽い。


 本心を見せない癖なんだろうな。


「えーっと、代官の首を付け替えるばよいではないか」


「え? ああ……簡単に更迭できない理由があるんだろうね。さすがに近頃は目に余るらしくて、王国も調査に動いてるみたいだよ」


「お前もか」

 統の口調が少し強まる。


 アリアさんは目を細めた。


「冒険者だからね。依頼があればなんでもする。あんた達の知り合いの件も、仕事の流れでたまたま関わったって感じ」


「たまたまね……まあ、お互い詮索はしない方がいい。長生きの秘訣だ」


「そうだね。気をつけるよ。まだ食ってない美味いもんもあるし」


 アリアさんの軽口に、返ってくる空気は重い。

 そのギャップが、緊張を余計に濃くする。


 でも、その軽さの下に──

 誰かを守る覚悟があるのも、なんとなく伝わってきた。


***


 森の奥。小さな岩の裂け目に布が張られて、小屋みたいになってる場所があった。


 そこに、アリアさんの仲間が二人、潜んでいた。


 気配の消し方が異常に上手い。

 すぐ近くにいたのに、全然気づかなかった。わたしの“聞こえる”が、ここでは通じないのが悔しい。


「遅いぞ。オーミの兵が森に入り込んでる。村にも衛兵隊が派遣されたようだ」


「知ってるよ。村の方はこの身で体験してきたからね」


「そうか。よく出られたな。で、獣人の知り合いかもっていうのが、その子らか?」


「そう。無事連れ出せた」


 その会話の間、わたしの胸はずっと早鐘みたいだった。


「あのー……」


「わかってる。獣人の様子だろ」


「意識は混濁してる。何度もうなされて『少女を……仲間を……』と言っていた」


 その瞬間、胸がぎゅっと締まった。


 ……わたしを?


 唇を噛んだら、アリアさんが小さく笑う。


「顔見せてやんな。あんたらのこと探してたんだろ」


 足が勝手に前に出た。


 わたしを探してた頃は、みんな無事だったはず。

 統が馬車で去った四人を確認したって言ってたし。


 なのに、どうして追われることに?


 盗賊?

 でもそれなら、衛兵隊が村に来た理由がわかんない。


 もしかして、わたしたちが盗賊扱い?

 想像がぐるぐる回って、心臓の奥がざわざわする。


 奥へ案内されて、見えたのは──


 血に染まった布の上で、かすかに息をしている獣人の男。


 右腕が、肩から先──根元から綺麗に消えていた。


 膝が抜けて、その場に座り込んだ。

 世界がぐにゃりと傾いたみたいで、焦点が合わない。


「……イヌミミさん……」


 声にならない声が漏れる。喉が震える。


 そのとき、胸の奥でその“あの深い心臓”が、とくんと跳ねた。


 怒りでも悲しみでもない。

 言葉にできない衝動。人の感情よりもっと底に沈んだ、別の何か。


「“イヌミミさん”? ああ、こいつの名前はゲルトって言うらしい」


 ゲルト。


 聞き覚えはある。

 たぶん名前だろうなとは思ってたけど、ちゃんと確かめる機会がなかった。


 ドワーフの人は名乗ってくれた。でも発音が難しくて、曖昧に笑って逃げた。

 馬の人は愛想ゼロだった。笑ったら負けとか思ってそう。名前は当然知らない。


 フィーネさん……無事かな。

 言葉が通じないのに親身になってくれた。優しくて、あったかくて。


 あの街道脇で拾ってもらわなかったら、統と出会うこともなかった。

 感謝しても、し足りない人たち。


 そのゲルトさんが腕を失って、わたしの目の前で横たわっている。


 呼吸が浅い。体温も低い。

 毛並みは乾いた血で固まってる。


 他の人の消息は不明。

 胸が苦しくて、息を吸うのもつらい。


「ゲルトさんはずっと寝たまま?」


「意識の戻る時はあるがな。しばらくはこの状態だろう。これでも回復はしているようだ」


「ポーション的なものは?」


「ポーション? 回復薬か。噂では聞いたことはあるが、実物は見たことないな。効く傷薬は使ってある。鋭い刃物で斬られたから、傷口はきれいだ」


 ……きれい。

 そんな言葉で片付けられるわけないのに。


 もしかして、統なら治せる?

 わたしを救ってくれたみたいに。


 わたしは振り返って、統を見上げた。


 統は黙ったまま、無表情でゲルトさんを見下ろしている。

 冷たい目じゃない。ただ、何かを静かに計算してるような目。


(統……お願い……)



 言葉にする前から、喉が震えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ