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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第二章 深い心臓編

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24、暗がりへの決意

【2026/5月改訂】




「──見つけたわよ。たぶん、あんたらが探してる人」


「ほんとに!?」


 自分でも驚くくらい声が跳ねた。

 テーブルに置いた手がじっとり汗ばんでいる。


 アリアは少しだけ視線を落とした。

 言いにくいことを言う前の、あの一拍だった。


「正確には、“見つけた”っていうより、“見つかった”かな」


 胸が、どくんと鳴る。


「……生きてるの?」


 いきなりそこを聞いていた。

 たぶん、他のことは後回しでよかった。


「生きてる。かろうじて、だけど」


 その一言で、肩から少しだけ力が抜けた。

 でも、次の言葉が来るのが怖い。


 アリアは手袋を外し、指先を軽く握った。


「右腕がなかった。根元から綺麗に飛んでた。血は止まってたけど、衰弱がひどい。意識も途切れ途切れだった」


 息が止まる。


 頭の中で、元気に走っていたイヌミミさんの姿を思い出そうとする。

 でも、言葉の方が先にそれを潰してくる。


「……獣の傷じゃない」

 統(すばる)が低く言った。


「うん」

 アリアがうなずく。

「刃物。しかもかなり鋭い。逃げながらやられた感じだった」


 森の魔獣より、もっと近くて嫌な怖さが胸を冷やした。

 “人”に斬られた。

 それだけで、世界が少し暗くなる。


「今、その人はどこに?」


「見つかったのは村の北、一刻くらいの藪の陰。今は別の場所に移してる」


「なんで連れて来なかったの」


 思ったより強い声が出た。

 自分でも少し驚く。


「目立つわけにはいかなかった。人も付けてる」


「看護か? 監視か?」


 統の声は静かだった。

 静かなのに、刃みたいに細い。


 アリアは少しだけ口元を引いた。


「……両方、かな」


 正直すぎて、余計に悔しい。


「場所どこ。今から行く」


 気づけば立ち上がっていた。

 周囲の客がこっちを見たけど、そんなのどうでもよかった。


「悪いけど、今は言えない」


「どうして!」


「今日会ったばかりだろ」

 アリアは目を逸らさなかった。

「それに、場所を説明しても暗い中じゃ辿り着けない」


 横から統が割って入る。


「七色(どれみ)。無駄だ」


「でも……!」


「信用が足りない。それだけだ。違うか?」


「……そうだね」


 アリアの答えはまっすぐだった。

 正しいからこそ腹が立つ。


 わかってる。

 わたしたちは、まだ“そういう立場”ですらない。


 それでも、どこかで今にも壊れそうな人がいると思うと、座っていられなかった。



 ***



 部屋に戻ってからも、全然眠れなかった。


 寝返りを何度も打って、薄い布団の中で目を閉じても、頭だけが妙に冴えている。

 天井の木目を数えるのも途中で飽きたのに、時間だけがちっとも進まない。


 焦りのせいなのか、身体が変わってきているせいなのか。

 もう、どっちでもよかった。とにかく胸の奥が落ち着かない。


(本当に、あの獣人がイヌミミさんなのかな)

(だったら……フィーネさんたちは?)


「ねえ、統。今から探しに行かない?」


 暗がりの向こう、隣のベッドから気配だけが返る。


「村から一刻。十キロ前後だ。北というのも本当か分からん。闇雲に動くより、明朝アリアに案内させた方が早い」


 理屈はわかる。

 わかるけど、感情って理屈だけじゃ止まってくれない。


「……なんで教えてくれないんだろ。親切そうだったのに」


 アリアの笑顔と、あの冷たい目が頭の中で交互に浮かぶ。

 どっちも本物っぽいのが、余計にややこしい。


「あちらの用事が何かは知らん。だが、獣人の件もそれに絡んでいるんだろう」

 統の声は落ち着いていた。

「それでも情報をよこした。十分すぎる好意だ。お前が人でないことに気づいているのにな」


「え。やっぱり気づいてるの?」


「たぶんな」


「なんでわたしだけなの。大元そっちじゃん」


「隠し慣れてる」


 いつものように、短い。


「安心しろ。アリアが勘のいい側だ。普通はそう簡単に分からん」


 また“慣れ”だ。

 便利な言葉だと思う。何でもその一言で済む。


 ため息をつきかけた、その時だった。


「来たか」


 統の声が変わった。


 小さなノックが響く。


「夜分に悪い。緊急事態だ」


 ドア越しのアリアの声は低く、早い。


 統がすぐに扉のそばへ寄る。

 慎重に開けると、冷たい空気が細く流れ込んできた。


「オーミの衛兵隊が村に入った。急で悪いけど、今すぐここを出たい」


「さっきから外が騒がしいのはそのせいか」

 統は振り返る。

「七色、荷物をまとめろ」


 その声にはもう迷いがない。

 わたしも反射で起き上がった。


 荷物といっても大したものはない。

 偽装用の鞄と短剣、それだけだ。


「ねえ、なんで衛兵が来たら逃げるの?」


 靴を履きながら聞くと、統は窓の外を一度見た。


「アリアの件か、私たちの件か、その両方かだ」


「わたしたち?」


「今日、村を歩いていた時に妙な視線があった」


 夕方の視線。食堂の酔っ払い。

 全部ただの好奇心だと思っていた。


 その時、外が急に騒がしくなる。

 荒い足音。戸を開ける音。宿の主人の怒声。


 アリアが舌打ちした。


「……早いな」


 廊下で扉が叩かれる。


「代官所の者だ! 扉を開けろ!」


 声が板壁を震わせた。

 わたしの心臓もそれにつられて跳ねる。


「金髪の女と子ども二人がいるはずだ。確認する!」


 統が指を立てた。

 声を出すな、の合図。


 息を止めた、その瞬間だった。


 ──どくん。


 胸の奥の、もっと深いところで脈が強く跳ねた。


(……え?)


 熱が一気に上がる。

 視界がわずかに揺れて、廊下の足音がやけにはっきり聞こえた。


 耳が良くなった、というより、壁の向こうが近すぎる。

 息遣いが分かる。靴の重さが分かる。

 扉の前にいる人数まで、なんとなく輪郭が浮かぶ。


(……三人……いや、二人半?)


 上手く言えない。

 一人が強く前に出ていて、もう二人が少し後ろ。そんな感じがする。


 その先頭の気配だけ、妙に熱かった。

 怒っているのか、苛立っているのか、とにかく刺さる。


「七色、大丈夫か」


 統の囁きで、なんとか現実に戻る。


「……うん。でも、なんか変。外の音が、近い」


 自分の声まで少し遠い。


 統が手首を取って脈を測った。

 ひやりとした指先が、熱を少し奪っていく。


「……速いが乱れてはいない。進行が早まっているだけか」


「進行?」


「あとで話す」


 その間にも、扉を叩く音が強くなる。


「返答しろ! 不審者の確認だ!」


 今にも壊されそうだった。


 統がアリアを見る。

 アリアは一瞬だけ笑って、それからすぐに動いた。


 窓へ駆け寄り、外を一瞥する。


「行くよ。飛ぶ」


「窓!?」


 聞き返す間もなかった。


 アリアが窓を蹴り破り、統がわたしの手を掴む。

 木枠とガラスが派手に飛び散って、冷たい夜気が一気に流れ込んだ。


 次の瞬間には、三人そろって裏の畑に転がり落ちていた。


 息が詰まる。

 でも止まれない。


 背後で怒鳴り声が上がる。宿の主人の悲鳴も混じる。

 それらを置き去りにして、わたしたちは暗い裏道を駆けた。


 村外れの防壁を越え、そのまま森へ入る。


 焚き火もない、真っ暗な林の中でようやく足を止めた。

 湿った土と木の匂いが鼻を満たす。もう村の灯りは見えない。


 ここから先は、夜の世界だった。


「……七色。本当に大丈夫か?」


 統がもう一度聞いてくれる。

 暗闇の中で、その声だけがはっきりしていた。


「うん……でも、変。音が近いし、鼓動もなんか違う」


 胸に手を当てる。

 速いだけじゃない。もっと深いところが鳴っている感じがする。


 アリアが額に手を当てた。

 戦闘の時とは違う、少しだけ柔らかい手つきだった。


「熱い……でも熱だけじゃないね」

 彼女は目を細める。

「気配が濃い。浮いてる、って言った方が近いか」


「浮いてる?」


「普通の体調不良には見えないってこと」


 それはもう、わたしもわかってる。


 統が静かに言った。


「七色。怖いか」


「……ちょっと。けど……フィーネさんの仲間を助けたい」


 口に出したあと、自分で少し驚いた。

 怖いのに、それより先にその言葉が出た。


 統はうなずく。


「なら、この変化は無駄じゃない。お前の身体が、必要な方へ寄っているだけだ」


 その一言で、胸が少し軽くなった。

 勝手に変わっていく身体に、意味をひとつ貰えた気がしたから。


 アリアが木にもたれたまま言う。


「聞きたいことは山ほどあるけど……先に動くか。見張りと合流しないと」


「夜明けまで潜むの?」


「いや」

 統が立ち上がる。

「夜のうちに行く」


 その背中は、さっき宿から逃げた時とは違っていた。

 逃げるための背中じゃない。向かうための背中だ。


「了解。ほんと、子どもに見えないね」


 アリアも苦笑しながら腰の武器を確かめる。


 わたしは鞄の紐を握り直した。

 布の感触が手のひらに残る。それが妙に安心する。


 胸の奥で、また脈が強く跳ねた。

 怖さだけじゃない。


 助けなきゃ、という気持ちに、身体がようやく追いつこうとしている。


 わたしたちは、イヌミミさんのところへ。

 もっと暗い方へ、踏み込んでいった。




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