22、金髪の冒険者
廊下の向こうで、気配が止まった。
ぎし、と床板が鳴る音がして、わたしは反射的に息をひそめる。
月明かりの中に、金色が差し込んできた。
金髪の女の人だ。
背が高くて、腰まで届く長い髪。月の光を浴びて、やけに目立つ。
でも、綺麗とか華やかとか、そういう印象より先に──目が、怖い。
あ、これ、戦ってきた人の目だ。
わたしでもわかる。旅慣れてるし、たぶん強い。
「……あんたら、誰?」
低い声。軽く聞いてるようで、全然油断してない。
その声を聞く前から、なんとなく察してた。
この人、フィーネじゃない。
「……あんた達、旅人?」
口調は砕けてるのに、視線はばっちり品定めモード。
頭のてっぺんから足先まで、じっくり見られてる感じがして、背中がむずむずする。
統が、すっと一歩前に出た。
動きが静かすぎて、金髪の人が一瞬だけ「はっ」と息を呑むのが見えた。
「冒険者か?」
統の声は低くて、よく通る。
ああ、こういうとこだけ妙に様になるんだよな、この人。
「……まあね。アリアっていう。あんた達は?」
「俺は統。こっちは七色だ」
「へぇ。子どものわりに、ずいぶん落ち着いてるじゃない」
アリアさんはそう言って、視線を統からわたしに移した。
──あ。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、空気が変わった。
……気づいた?
心臓が、きゅっと縮む。
わたしはもう、完全な人間じゃない。
血も、体も、少しずつ別のものに変わり始めてる。
統みたいに完璧には隠せてない。
アリアさんみたいな“本物”の冒険者には、この違和感、伝わっちゃうんだろうな。
アリアさんは首を傾げた。
「なんか……静かな子だね。ていうか、生き物っぽくないっていうか……」
統が即座に被せる。
「気のせいだ」
「そっか。ならいいけど」
あっさり流されたけど、わたしの胸の奥は全然よくなかった。
統が、そっとわたしの背中に手を添える。
その温度に、呼吸が少しだけ楽になる。
「人違いだったようだ。早朝から邪魔をした」
統はそう言って、もう立ち去る気満々だ。
「子どもだけでうろつくのは感心しないけどね。でも、あんたがついてるなら余計なお世話か。じゃ、気をつけな」
「ああ。そちらもな」
アリアさんは踵を返して歩き出し、廊下の奥へ行きかけて──ふと思い出したみたいに言った。
「そうだ。一つ聞こうと思ってたんだけどさ。“右腕を失った獣人”が、この近くの街道で見つかったらしいよ」
「え!」
思わず声が出た。
獣人。右腕。
その単語だけで、頭が真っ白になる。
アリアさんが振り返る。
「……あんた達の仲間に、獣人っていた?」
統は、わたしの顔をちらっと見て、小さく頷いた。
「いる」
アリアさんは目を細めた。
「なら、急いだ方がいい。アタシも気になって追ってる噂なんだ。どう考えても──ただ事じゃない」
夜風が吹いて、三人の間にぴんと張りつめた空気が走る。
胸の奥が、じりじり焼ける。
イヌミミの人……生きてるの?
でも、腕……。
「明日の早朝出発でいいなら、噂の場所まで一緒に行こうか。……アタシ、人の事情にはあんまり口出さないタイプだからさ」
今すぐ村を出ることもできる。
でも、場所がわからない。
どうする?
どうしたらいい?
「わかった。同行しよう」
統が答えていた。
わたしは、ただ頷くことしかできなかった。
***
「ねえ……先に出発した方がよかったんじゃない?」
夕方まで用事があるって言って、アリアさんと別れてから、わたしたちは村をぶらぶらすることにした。
昼下がりの陽は傾き始めて、家々の影が長く伸びてる。
人はそこそこいるのに、胸の奥だけぽっかり穴が空いたみたいで、風が吹くたびに冷たい空気が流れ込んでくる。
「確かに先行すれば早い。だが利点はそれだけだ」
統は落ち着いた声で言う。
「場所も不明だ。聞き込みも含め、彼女に任せた方が効率的だろう。それに、この世界の知識も得られる」
正論。
わかってる。
でも、わたしの焦りだけが取り残されてる感じがして、統の背中が少し遠く見えた。
──それでも。
こうやってちゃんと理由を話してくれるのは、やっぱり心強い。
「知識って……まさか血を吸うの? 綺麗な人だったけど……」
「違うわ!」
即ツッコミ。
「お前には口と耳がないのか。話を聞くだけだ」
「なーんだ。吸血デビューかと思ってドキドキしたのに」
「全く……血は吸わない。死神がリンゴを好むのは事実かもしれんが」
「えっ、死神ってリンゴ好きなの!?」
「そこに食いつくな!」
怒られてるのに、なんだか胸が少し軽くなる。
怒鳴られると安心するとか、わたしもだいぶ変だ。
でもね、統。
血の話がしたかったわけじゃないんだ。
あの人の視線が、ちょっと怖かった。
もし、わたし達のことが知られたらって思うと……。
冗談でも言わないと、気持ちが持たなかっただけ。
焦りは、まだ胸の奥で暴れてる。
右腕を失った獣人。
その言葉が、頭から離れない。
***
「統。あれ食べたい」
鉄板の上で、肉と野菜を豪快に炒めてる屋台を見つけた。
血を吸わない吸血ボディでも、お腹は普通に空く。
「自分で買ってこい」
「言葉わかんないよ」
「練習だ。手を出せ」
じゃらじゃらと銅銭が手のひらに落ちてくる。
「まだ無理だって。統が買ってきてよ」
上目づかいをしようとして、身長差のなさに気づく。
これ、弟にお使い頼む姉みたいだな。
「何事も経験だ。フォローはする」
仕方ない。
設定は外国から来た姉弟。
お腹を空かせた弟のために頑張る姉。
よし、いける。
屋台に近づくと、おじさんが陽気に声をかけてきた。
「こんにちは tuleます、小さな とぅdruk!」
少し遅れて、統の念話。
(いらっしゃい。美味しいよ)
「えっと……それ、ふたちゅ、くだされ」
通じた!
おじさんが笑って、葉っぱで包んでくれる。
「ふたちゅ、なんぼでっか?」
指一本。
たぶん銅銭一枚。
「かたじけない」
完璧。
後ろで、なぜか笑いをこらえる気配がしたけど、きっと喜んでくれてるんだろう。
「ほら。これは統の分」
「……そうか。自信がついたようでなによりだ」
「明日から会話担当、わたしでいいよ」
「……それは、もう少し慣れてからにしろ」
“おねーちゃん”をスルーされたのが、ちょっとだけ不満だった。
その後、わたしたちは買い食いと散策を終えて、宿に戻った。
胸の奥のざわざわは、まだ消えない。
でも──ちゃんと前に進んでる。
それだけは、確かだった。




