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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第二章 深い心臓編

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22、金髪の冒険者




 廊下の向こうで、気配が止まった。


 ぎし、と床板が鳴る音がして、わたしは反射的に息をひそめる。


 月明かりの中に、金色が差し込んできた。


 金髪の女の人だ。

 背が高くて、腰まで届く長い髪。月の光を浴びて、やけに目立つ。

 でも、綺麗とか華やかとか、そういう印象より先に──目が、怖い。


 あ、これ、戦ってきた人の目だ。

 わたしでもわかる。旅慣れてるし、たぶん強い。


「……あんたら、誰?」


 低い声。軽く聞いてるようで、全然油断してない。


 その声を聞く前から、なんとなく察してた。

 この人、フィーネじゃない。


「……あんた達、旅人?」


 口調は砕けてるのに、視線はばっちり品定めモード。

 頭のてっぺんから足先まで、じっくり見られてる感じがして、背中がむずむずする。


 すばるが、すっと一歩前に出た。


 動きが静かすぎて、金髪の人が一瞬だけ「はっ」と息を呑むのが見えた。


「冒険者か?」


 統の声は低くて、よく通る。

 ああ、こういうとこだけ妙に様になるんだよな、この人。


「……まあね。アリアっていう。あんた達は?」


「俺は統。こっちは七色どれみだ」


「へぇ。子どものわりに、ずいぶん落ち着いてるじゃない」


 アリアさんはそう言って、視線を統からわたしに移した。


 ──あ。


 一瞬。

 ほんの一瞬だけ、空気が変わった。


……気づいた?


 心臓が、きゅっと縮む。


 わたしはもう、完全な人間じゃない。

 血も、体も、少しずつ別のものに変わり始めてる。


 統みたいに完璧には隠せてない。

 アリアさんみたいな“本物”の冒険者には、この違和感、伝わっちゃうんだろうな。


 アリアさんは首を傾げた。


「なんか……静かな子だね。ていうか、生き物っぽくないっていうか……」


 統が即座に被せる。


「気のせいだ」


「そっか。ならいいけど」


 あっさり流されたけど、わたしの胸の奥は全然よくなかった。


 統が、そっとわたしの背中に手を添える。

 その温度に、呼吸が少しだけ楽になる。


「人違いだったようだ。早朝から邪魔をした」


 統はそう言って、もう立ち去る気満々だ。


「子どもだけでうろつくのは感心しないけどね。でも、あんたがついてるなら余計なお世話か。じゃ、気をつけな」


「ああ。そちらもな」


 アリアさんは踵を返して歩き出し、廊下の奥へ行きかけて──ふと思い出したみたいに言った。


「そうだ。一つ聞こうと思ってたんだけどさ。“右腕を失った獣人”が、この近くの街道で見つかったらしいよ」


「え!」


 思わず声が出た。

 獣人。右腕。


 その単語だけで、頭が真っ白になる。


 アリアさんが振り返る。


「……あんた達の仲間に、獣人っていた?」


 統は、わたしの顔をちらっと見て、小さく頷いた。


「いる」


 アリアさんは目を細めた。


「なら、急いだ方がいい。アタシも気になって追ってる噂なんだ。どう考えても──ただ事じゃない」


 夜風が吹いて、三人の間にぴんと張りつめた空気が走る。


 胸の奥が、じりじり焼ける。

 イヌミミの人……生きてるの?

 でも、腕……。


「明日の早朝出発でいいなら、噂の場所まで一緒に行こうか。……アタシ、人の事情にはあんまり口出さないタイプだからさ」


 今すぐ村を出ることもできる。

 でも、場所がわからない。


 どうする?

 どうしたらいい?


「わかった。同行しよう」


 統が答えていた。


 わたしは、ただ頷くことしかできなかった。


***


「ねえ……先に出発した方がよかったんじゃない?」


 夕方まで用事があるって言って、アリアさんと別れてから、わたしたちは村をぶらぶらすることにした。


 昼下がりの陽は傾き始めて、家々の影が長く伸びてる。

 人はそこそこいるのに、胸の奥だけぽっかり穴が空いたみたいで、風が吹くたびに冷たい空気が流れ込んでくる。


「確かに先行すれば早い。だが利点はそれだけだ」


 統は落ち着いた声で言う。


「場所も不明だ。聞き込みも含め、彼女に任せた方が効率的だろう。それに、この世界の知識も得られる」


 正論。

 わかってる。


 でも、わたしの焦りだけが取り残されてる感じがして、統の背中が少し遠く見えた。


 ──それでも。

 こうやってちゃんと理由を話してくれるのは、やっぱり心強い。


「知識って……まさか血を吸うの? 綺麗な人だったけど……」


「違うわ!」


 即ツッコミ。


「お前には口と耳がないのか。話を聞くだけだ」


「なーんだ。吸血デビューかと思ってドキドキしたのに」


「全く……血は吸わない。死神がリンゴを好むのは事実かもしれんが」


「えっ、死神ってリンゴ好きなの!?」


「そこに食いつくな!」


 怒られてるのに、なんだか胸が少し軽くなる。

 怒鳴られると安心するとか、わたしもだいぶ変だ。


 でもね、統。

 血の話がしたかったわけじゃないんだ。


 あの人の視線が、ちょっと怖かった。

 もし、わたし達のことが知られたらって思うと……。


 冗談でも言わないと、気持ちが持たなかっただけ。


 焦りは、まだ胸の奥で暴れてる。

 右腕を失った獣人。

 その言葉が、頭から離れない。


***


「統。あれ食べたい」


 鉄板の上で、肉と野菜を豪快に炒めてる屋台を見つけた。

 血を吸わない吸血ボディでも、お腹は普通に空く。


「自分で買ってこい」


「言葉わかんないよ」


「練習だ。手を出せ」


 じゃらじゃらと銅銭が手のひらに落ちてくる。


「まだ無理だって。統が買ってきてよ」


 上目づかいをしようとして、身長差のなさに気づく。

 これ、弟にお使い頼む姉みたいだな。


「何事も経験だ。フォローはする」


 仕方ない。

 設定は外国から来た姉弟。

 お腹を空かせた弟のために頑張る姉。


 よし、いける。


 屋台に近づくと、おじさんが陽気に声をかけてきた。


「こんにちは tuleます、小さな とぅdruk!」


 少し遅れて、統の念話。

(いらっしゃい。美味しいよ)


「えっと……それ、ふたちゅ、くだされ」


 通じた!

 おじさんが笑って、葉っぱで包んでくれる。


「ふたちゅ、なんぼでっか?」


 指一本。

 たぶん銅銭一枚。


「かたじけない」


 完璧。

 後ろで、なぜか笑いをこらえる気配がしたけど、きっと喜んでくれてるんだろう。


「ほら。これは統の分」


「……そうか。自信がついたようでなによりだ」


「明日から会話担当、わたしでいいよ」


「……それは、もう少し慣れてからにしろ」


 “おねーちゃん”をスルーされたのが、ちょっとだけ不満だった。


 その後、わたしたちは買い食いと散策を終えて、宿に戻った。


 胸の奥のざわざわは、まだ消えない。

 でも──ちゃんと前に進んでる。


 それだけは、確かだった。






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