17、閉ざされた村と金髪の冒険者
【2026/5月改訂】
村は木の柵でぐるりと囲まれていた。
外から見るかぎり、なかなか頑丈そうだ。
……いや、頑丈“そう”としか言えない。
実際に殴って確かめたわけじゃないし、責任は持てない。少なくとも見た目はしっかりしている、という話である。
門は街道にまっすぐ向いていた。
けれど、その門はぴっちり閉じていた。
「閉まってるな」
「閉まってるね」
統がぼそりと言い、わたしもつい同じことを返した。
深夜の静けさに声だけが吸い込まれていく。返事はない。
「深夜だからな」
なるほど。
言われてみれば、その通りでしかない。
村全体が、夜の底に沈んだみたいに静まり返っていた。
「どうする? 乗り越える?」
門の上には、威嚇というより“登るなら怪我して帰れ”みたいな尖った杭が並んでいた。
高さは三メートルくらい。今の身体なら届きそうな気もするし、届かない気もする。絶妙に嫌な高さだ。
「やめておけ。あそこの小屋に人の気配がある」
「え、どこ?」
「あれだ」
統が顎で示した先、門のすぐ内側に小さな小屋があった。
軒先のランプがぼんやりと灯っていて、橙色の光がにじんでいる。
「灯りがあるから人がいる、って話じゃないぞ」
「え、違うの?」
「中に二人いる。どちらも起きている」
「……マジで?」
「七色にも、そのうち分かるようになる」
「便利すぎるでしょ、その“そのうち”」
結局またそれだ。
この人、七千年生きた結果だいたいのことを「慣れ」で片づける。
「人が起きてるなら、声をかけて開けてもらえばいいんじゃない?」
「それもやめておけ」
「どうして」
「どんな村か分からん」
統の声は低かった。
「街道沿いだ。盗賊の根城ではないだろうが、それでも不用意に近づく理由はない」
こういう時の統は、やたら慎重だ。
たぶん七千年生き延びてきた生き物というのは、こういうところが異様に堅い。
「じゃあ、どうするのよ」
「朝を待つ。門が開くなら入る。それまでは……あそこだ」
統は街道脇の林へひょいと逸れ、そのまま木陰に消えた。
仕方なく、わたしも後を追う。
木々の影に紛れたところで、統が例の収納を開いた。
次の瞬間、見慣れつつあるログハウスがぬっと現れる。
いや、見慣れたとはいえおかしいものはおかしい。
RPGのバグ技を目の前で見せられている感じがする。
家の中は昨日と同じく、ふんわり暖かかった。
外の冷気が嘘みたいだ。空気ごとしまってあるんだろうか。真祖の収納、ほんと仕様書が欲しい。
ベッドに腰を下ろして、わたしは胸の奥に引っかかっていたことを口にした。
「ねえ、統」
「なんだ」
「わたしたちの関係、どうする?」
「……関係?」
「旅人としての設定。わたし十三歳くらい、統が十歳くらいに見えるでしょ。子供二人旅は目立つし、“姉弟”が無難じゃない?」
統が腕を組む。
仕草だけ見ると完全に老練な賢者なのに、見た目は小学生なのが本当にずるい。
「姉弟、か」
「嫌?」
「嫌ではないが」
「なに」
「お前が姉というのが少し引っかかる」
「何それ」
「精神年齢が子供だからだ」
「言ったわねこの元七千歳児!!」
「私は見た目だけだ」
「わたしだって見た目だけよ! 中身は十七歳!」
「十七でそこまで子供なのか」
「おいコラ!!」
でも言い返さないと、こっちは一生“子供扱いされる側”で終わる気がする。
「というわけで決定。わたしが姉、統が弟」
「……好きにしろ」
よし、勝った。
「それで、わたしは冒険者見習いってことにする」
「まあ、それはいい」
「“まあ”って何よ」
「問題がある」
「なに」
「言葉が分からんだろう」
「あ」
完全に忘れてた。
統と普通に話せるせいで、そこだけすっぽ抜けていた。
「統は喋れるの?」
「喋れる」
「ずるっ!!」
「ずるくない」
「どうやって覚えたのよ」
「魔獣に襲われた集落跡を見ただろう。あそこの血から言語情報を読んだ」
「それって、ひょっとして……」
「殺してはいない。着いた時にはもう死んでいた」
「あ……そっか」
「間に合ったかどうかは分からんがな」
統は軽く肩をすくめた。
「そういう能力があるから、吸血鬼などと呼ばれるのだろう」
「便利そうではあるのよね……受験とかに役立ちそうだし」
「七色もできる」
「ほんと!? じゃあ統、ちょっと血出して!」
「いやだ」
「なんでよ!」
「私の血から七千年分の記憶が流れ込む。お前の頭が吹き飛ぶ」
「やめます!!」
即撤回である。
七千年分の人生なんて、想像しただけで脳が過労死しそうだ。
「じゃあ、わたしはしばらく言葉が分からないまま?」
「何日か聞いていれば覚える。それまでは無口でいろ」
「あ、それならいける」
外向的ではない。少なくとも、知らない相手に愛想よく喋るタイプではない。
無口役は案外向いている気がした。
「朝になれば、村の様子も見える」
そのあと統からこの世界の情報をざっと聞かされ、わたしはベッドにもぐり込んだ。
そして、眠る前に一つだけ聞く。
「ねえ、統」
「なんだ」
「明日、うまくいくかな」
「いかせるのは七色だ」
「……なんでそういう冷たい言い方するの」
「励ましだ」
「どこがよ」
「七千年の励ましはこういう形だ」
「七千年のくせに不器用ね」
「不器用でないと七千年は生きられん」
そのやり取りに、妙に安心した。
異世界でも、言葉が通じなくても、統の声だけはいつも通りだった。
わたしはそのまま目を閉じた。
吸血鬼でも、眠気はちゃんと来るらしい。
翌朝。
鳥の声で目覚めるような綺麗な朝ではなかった。
統が容赦なく肩を揺さぶってきた。
「起きろ。朝だ」
「わたしに優しい起こし方って存在しないの?」
「寝かせておくと昼まで寝るだろう」
「うっ……否定できない……」
朝に弱いのは、この世界に来ても健在らしい。
むしろ吸血鬼になって余計に弱くなった気がする。うん、きっとそう。わたしのせいではない。
外に出ると、村の方から人の声が聞こえた。
門が開いたらしい。
「行くぞ」
「ちょっと待って。設定確認」
「言ってみろ」
「姉。冒険者見習い。無口」
「それでいい。旅の理由は、住んでいた村が魔物に襲われて離散。姉が弟を連れて行方不明の家族を探している」
「わたしが統を守るの、無理ない?」
「見た目を考えろ。お前の方が年上だ」
「そこは触れないで!!」
実年齢だの見た目年齢だのを考え始めると頭がこんがらがるので、そこはもう放置するしかない。
「行くぞ、姉さん」
「その呼び方はまだ慣れない!」
「私もだ」
村門は大きく開いていた。
周囲では数人の男たちが朝の作業をしている。門番らしい男が槍を持ったまま、こちらを見て軽く顎を上げた。
統がすっと前に出る。
「おはようございます。旅の者です。昨夜遅くに着いたのですが、門が閉まっていたので外で夜を明かしました」
わあ、すらすら喋ってる。
こっちは無口な姉を演じるしかない。
「そうだったか。すまんな、うちは日が落ちたら門を閉める決まりでな。危険も多いから」
「いえ、当然のことです」
統、こういう時だけ異様に普通だ。助かるけど。
門番の男がちらりとわたしを見る。
「そっちの嬢ちゃんは?」
「姉です。少し人見知りで」
「ああ、なるほどな。立ち方に隙がないし、人見知りというより警戒が強いんだろ。いい姉ちゃんじゃないか」
よし、通った。
子役時代から数えて芸歴十二年。こういう“黙ってる役”なら得意分野だ。
「それで、一つ伺いたいのですが」
統が自然に本題へ入る。
「騎馬二頭を連れた馬車が、ここ数日のうちに来ませんでしたか?」
門番は眉を寄せた。
「騎馬と馬車? いや、ここしばらく見てねえな」
「そうですか。ありがとうございます」
通り抜けようとした時、男がふと思い出したように声を上げた。
「そうだ。昨日の夕方、南の方で獣が騒いでたって話は聞いたぞ」
「獣、ですか?」
「ただの噂だがな。気になるなら雑貨屋の親父にでも聞いてみな。ああいうのは耳が早い」
「ありがとうございます」
統は軽く頭を下げた。
たとえ噂でも拾う。そういう男だ。
村の中は静かだった。
農村というより、自給自足に特化した小さな集落という感じがする。
細い道を抜けると、小さな広場があり、その一角に雑貨屋の看板が下がっていた。
「ここか」
統が扉を押す。
カラン、と鈴が鳴った。
中には壮年の店主らしい男がいて、棚には道具や乾燥肉、縄、薬草まで雑多に並んでいた。
何でも置いてありそうだが、どれも少しずつ年季が入っている。
「いらっしゃい」
「少し伺いたいことがありまして」
統が馬車のことを手短に説明する。
わたしはその後ろで、“喋らない付き添い”に徹した。
店主は腕を組み、少し考えた。
「騎馬と馬車か……貴族の箱馬車なら十日ほど前に通ったって話は聞いたが、それじゃねえんだろうな」
「ええ。別件です」
「ただな」
店主が少し声を落とした。
「昨日泊まった冒険者が一人いる。金髪の女だ。身なりは悪くなかったが、旅慣れてる感じでもあった。なんとなく気になってな」
「冒険者、ですか」
「ああ。宿屋にいるはずだ。何か探してるように見えたんだが……まあ、俺の勘だ」
統がわずかに目を細める。
「貴重な情報です。ありがとうございます」
礼を言ったあと、統は店の棚に視線を向けた。
「ところで、買い取りはしていますか?」
「やってるぞ。何でも屋みたいなもんだ。見せてみな」
統は肩に掛けたバッグへ手を入れ、簡易鞘のついた包丁を取り出した。
取り出した“ふり”をしているけど、収納から出したのは丸わかりである。ちょっと詰めが甘い。
店主は包丁を手に取った瞬間、息を呑んだ。
わたしも内心で息を呑む。だってそれ、どう見ても日本の台所から出てきたやつだ。
「なんだこの作り……鍛冶屋の腕前って話じゃねえぞ。細工も金属も桁違いだ」
「旅では使い勝手が悪いもので」
統はさらっと言った。
顔色一つ変えない。
「これを売るのか?……いや、詮索はやめとくか」
店主はしばらく眺めたあと、値をつけた。
「銀貨十七枚ってところだな」
「では、それで。銀貨十五枚と銅貨二十枚でお願いします」
金を受け取り、店を出る。
外へ出るなり、統が小声で言った。
「金髪の女冒険者……四人のうちの一人だろうな」
「やっぱりそう思う?」
「馬車に乗っていた人物かどうかまでは分からん。だが、時間は合う」
「四人が別れて動いてるってこと?」
「その可能性はある」
統は宿屋の方角へ視線を向けた。
「行くぞ。話が聞けるなら聞いておきたい」
「うん」
どうしてフィーネが一人なんだろう。
あとの三人も無事ならいいんだけど。
わたしたちは並んで歩き出した。
胸の奥に、じわじわと緊張が広がっていく。
宿屋は、村の規模のわりには立派だった。
白い漆喰の外壁に、赤茶色の屋根。
“泊まるならここしかない”と言わんばかりの顔をしている。
「ここか」
統がぽつりと言う。
わたしの喉が、緊張で少し鳴った。
親切な馬車のお姉さんかもしれない。
あるいは、まったく別の危険を連れた誰かかもしれない。
どちらにせよ、行かないわけにはいかなかった。
「設定の確認だ」
「姉。冒険者見習い。無口」
「それで十分だ」
わたしが何か言う前に、統は扉を開けた。
宿の中は、湯気と木の匂いで満ちていた。
遅めの朝食を取っている客が数人いて、焼いたパンの匂いが漂っている。
カウンターの奥で、宿の女主人らしい人がこちらを見た。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「いえ、少し伺いたいことが」
統は柔らかく微笑んだ。
「昨日、金髪の女性が泊まられたと聞いたのですが」
「ああ、あの子ね」
女主人は苦笑して、階段の方を見る。
「部屋にいるなら二階だよ。たぶん起きてる。さっき出てきたところを見たからね」
「突然伺っても大丈夫でしょうか」
「たぶんね。口は少し荒いけど、悪い子じゃないよ」
「ありがとうございます」
統が小さく目配せする。
行くぞ、という合図だった。
わたしたちは階段を上がった。
木の階段がきしむ。やけに音が響く。
二階の廊下は細長く、部屋は三つしかなかった。
「どの部屋だ」
「……たぶん、一番奥」
わたしがそう言った瞬間だった。
まるでこちらの気配を察したみたいに、奥の扉ががちゃりと開く。
金髪の女が現れた。
長い髪を一つに結び、軽装の鎧に短いマント。
年の頃は二十代前半くらい。
目つきは鋭く、表情にははっきり疲れが残っている。
女は廊下に立つわたしたちを見て、眉を上げた。
「……あんたら、誰?」
低い声だった。
警戒が、隠しもせずに滲んでいた。




