16、二つの軌跡
【2026/5月改訂】
ティンバーウルフたちを片づけたあと、わたしたちは静かになった街道を歩いていた。
毛皮とか、売れそうなのにもったいない。そう思って「死骸は持っていかないの?」と聞いたら、統は「いらん。売るものなら他にいくらでもある」とだけ答えた。
他って何。
統の収納には何が入ってるんだろう。気にはなる。でも、聞いたらたぶん後悔する。そういう確信だけはあった。
夜風は冷たく、草の匂いがやけに濃い。
二つの太陽はもう沈みきっていて、代わりに月みたいな白い輪が空にぼんやり浮かんでいた。
地球の月より、だいぶ大きい。
なんというか、カラオケのスクリーンみたいでちょっと邪魔だ。
「道はこのまま一本だ。追いつけるかどうかは運次第だな」
統はそう言って、つま先で道の土を軽く蹴った。
夜目が利く、と本人が言っていた通り、わたしにも暗闇はそこまで暗く見えなかった。
闇というより、薄い影が何枚も重なっているみたいな景色だ。
「ねえ、統」
「なんだ」
わたしは刀の柄を握ったまま、前を歩く小さな背中に声を投げた。
「わたし……ちゃんと斬れたよね。二匹」
「斬れたな」
「変な感じ。昨日までわたし、靴に小石が入っただけで“痛っ”とか言ってたのに」
「人は変わる」
「吸──ヴァンパイアになったから?」
「それもあるが、死んだからだろう」
その言葉は、夜風より少し冷たかった。
「一度死んだ者は、だいたい吹っ切れる。死を恐れ続けるのは、生きている者の特権だ」
「……わたし、まだ恐いけど」
「なら、生きてるんだろう」
本当にこの人、急にそういうことを言う。
こっちはちょっとしんみりしようとしてるのに、容赦なく結論だけ投げてくる。
「でも、死なないんでしょ? わたし」
「死なないな」
「じゃあ、刀の練習はした方がいいよね」
「した方がいい」
「“死なないから平気”って話じゃないんだよ。痛いのは嫌なんだから」
「なら、斬ればいい」
「極論!!」
統は前を向いたまま、ほんの少しだけ肩を揺らした。
たぶん、笑っている。
街道は右へゆるく曲がっていた。
その先に、ぼんやりした灯りが見える。
村か、宿場か。
あるいは夜のうちに移動している馬車かもしれない。
「統」
「なんだ」
「わたしさ、フィーネたちを見つけたら、何て言おう」
「好きに言えばいい」
「いや、そうじゃなくて……。なんかあるじゃん。“また会えたね”とか、“心配かけてごめん”とか」
「どれでもいい。お前が言いたいことを言え」
「言いたいこと、か……」
口に出してみると、そんなに難しい話でもない気がした。
でも、胸の奥のどこかが少し引っかかる。
「昨日さ、死にかけて。いや、死んだんだけど」
「うむ」
「なんか……ちゃんと誰かに会いたいって思ったんだよね」
「それは良い兆候だ」
「統は?」
「何がだ」
「会いたい人とか、いる?」
統の歩幅が、ほんの少しだけゆるんだ。
横顔は暗くてよく見えない。
でも、返事までの沈黙は、思っていたより長かった。
「……いないな」
「そっか」
しばらく、草を踏む音だけが続いた。
「長く生きると、別れの方が増える」
統は前を向いたまま言った。
「会いたいと思う頃には、もういないことの方が多い」
「寂しくない?」
「寂しさは、慣れる」
「慣れちゃうの?」
「……慣れなければ、長くは生きられん」
その言い方で、だいたい分かった。
たぶんこの人は、そうやって生きてきたんだろう。
「……統」
「なんだ」
「わたし、しばらく統と一緒にいたい」
言った瞬間、胸の内側がざわっとした。
本音すぎて、自分でちょっとびっくりする。
でも、今は言わないといけない気がした。
「そうか」
統は振り返らないまま答えた。
「七色がそう言うなら、好きにしろ」
「うん」
「ただし、私の旅は長い。いつでも離れていい」
「離れない!」
「勝手にしろ」
「する!!」
そんなやり取りをしていると、妙に実感が湧く。
ああ、わたし、生きてるんだなって。
死ねないけど。
いや、死ねないからこそ、なのかもしれないけど。
灯りが少しずつ近づいてくる。
「村だな」
「フィーネたち、いると思う?」
「運が良ければな。悪ければもう通り過ぎている」
「運が悪い、か……。最近のわたし、そのへんだいぶ自信ないんだよね」
「生きてるだろう」
「それはそうなんだけど!」
統が立ち止まり、ふいにわたしの肩を軽く叩いた。
「七色」
「なに?」
「さっきより歩き方が良くなった」
「え、ほんと?」
「うむ。その身体に馴染んできている」
「……ふふん」
「何を得意げになっている」
「ほっといてよ!」
そんな会話をしながら、わたしたちは村の明かりの方へ歩いていく。
草の上には、わたしの足跡と、統の小さな足跡。
二つ並んで、同じ先へ伸びていた。
それを見ていたら、ちょっとだけ安心した。




