11、命の値段は、サイズダウン
【2026/5月改訂】
──生きたいか?
《どうする。生きたいか?》
男がいた。
立ったまま、わたしの顔を覗き込んでいる。
黒っぽいスーツに、咥え煙草。
異世界の神秘存在というより、駅前のロータリーで客待ちしてそうな雰囲気だ。
《このままだと、確実に死ぬ》
あ、はい。
えっと……どうするって言われましても。
こっちはたぶん、もう手足が足りてないんですが。
喉がからからで、声が出ない。
唇も張りついて、返事ひとつできそうになかった。
ただ、目だけが男を追う。
身体は動かない。寝転がったまま、地面に貼りついた虫みたいだ。
《無理に喋らなくていい。今の君は瀕死だ。長くはもたない》
声は、頭の中に直接響いていた。
テレパシーってやつだろうか。便利。少なくとも、この世界の言葉がわからないわたしにとっては、今までで一番有能な翻訳機能だ。
立ち上がって、お礼くらい言おうとした。
もちろん無理だった。
あ、そうだ。
右腕と左足、さっきのワンコに持っていかれたんだった。
左手も何かに挟まってるみたいで動かない。
……これ、もう人間というより事故現場の部品では?
《選んでくれ。生きるか、ここで終わるか》
ああ、なるほど。
そういう確認か。
この人、死ぬ前の意思確認係なんだな。
たぶん地獄の受付とかにも派遣されてる。なんか、そういう慣れがある。
でも、生きるって言ってもなあ。
手足ないし。
もし生き返っても、どうせ寝たきりコースじゃない?
スマホもない、動画もない、この世界でベッド生活とか、絶対すぐ飽きるでしょ。
《そこは問題ない。損傷は修復される。欠損も戻る。外見も、基本的には元に近い形で再構成される》
おお。
それはすごい。
思わず感心しかけたところで、男はほんの少し間を置いた。
《ただし、再構成には個体差がある。どのような形で復元されるかまでは、保証できない》
個体差。
急に保険の免責事項みたいなこと言い出したな、この人。
でも、手足が戻るなら。
さっきまで「もういいかも」って思ってたくせに、そう聞いた瞬間、びっくりするくらい未練が湧いた。
……生きたい。
たぶん、かなり。
男はわずかに目を細めた。
笑ったのかどうかは、よくわからない。
《わかった。では、少し眠れ》
その言葉と同時に、温かいものが身体の奥へ流れ込んできた。
首筋から、胸へ。
胸から腹へ。
血管の中をなぞるみたいに、熱いような冷たいような感覚が広がっていく。
ああ。
これが命の再起動ってやつか。
そんなことをぼんやり思ったところで、意識はそのまま闇に沈んでいった。
***
……知らない天井だ。
目を開けると、傾斜のついた板張りの天井が見えた。
壁は白く塗られた木造で、両側に出窓。薄いレースのカーテンが、やわらかく揺れている。
紺色の木のドアまであって、なんだかおしゃれなペンションの屋根裏部屋みたいだった。
柔らかそうなベッド。
小さな机。
そのベッドの上に、わたし。
……夢?
いや、違う。
机の横に置かれた籠が、現実だと言っていた。
中には、血で汚れてぼろぼろになった制服が入っている。
わたしの学校の制服だ。
見間違えるはずがない。
異世界JK仕様・戦闘後、って感じで、だいぶ終わっている。
そこで一気に意識が冴えた。
……腕。
両手を顔の前に持ち上げる。
ある。
ちゃんとある。
指も五本。
傷もない。
爪も、手のひらも、ちゃんとわたしのものだ。
布団を跳ねのけて、足も見る。
こっちもある。
両方ある。
しかも無傷。
おお。
すごいな、再構成。
……いや、待って。
なんか違う。
両手をもう一度見る。
指は細いし、手のひらは小さい。肌も妙にすべすべしていた。すべすべというか、ぷにっとしている。なんというか、若い。
ベッドから降りて立ってみる。
視線の高さが、前より少し低い。
脚も腕も、ひと回り細い。
肩も狭い。
全体的に、わたしが縮んでいる。
これ……たぶん、中学生くらい?
いや、そこはまだいい。
若返り。うん。美容面では大勝利と言えなくもない。
問題は、そこじゃなかった。
身体に掛けられていた布――マントみたいなものを見下ろして、わたしは固まった。
下、直肌なんですけど。
え、誰よこんな格好にしたの。
……いや、あの人か。
まあ、治療行為だろうし。医療。たぶん医療。
そこは、うん、飲み込もう。セーフ。きっとセーフ。
でも、もっと大きな問題があった。
減ってる。
明らかに減ってる。
胸部装甲が、目に見えて貧弱になっている。
前はもうちょっと、こう……存在感というものがあったはずなのに。
なんか、ここだけ綺麗にツーサイズくらい引かれてない?
嫌な予感がして、視線をさらに下へ落とす。
……。
ない。
あるはずのものが、ない。
のっぺりしていた。
びっくりするくらい、のっぺり。
着せ替え人形か。
マネキンか。
いや、再構成の個体差って、そこまで含まれるの?
え、なにこれ。
どういうこと?
今度こそ、叫んでいいと思った。
「お嫁に行けないわぁぁ!!」
……いや、別に今すぐ嫁に行く予定なんてなかったけど。
でも叫びたかった。
儀式として。
だって理不尽じゃない?
命を拾った代わりに、なんか大事な仕様がごっそり変わってるんだけど。
おトイレとか、どうするのこれ。
生き返ったのは、本当にありがたい。
手足は戻った。
痛くもない。
ちゃんと立てる。
でも、その代わりにこれって。
命の値段にしては、ちょっと高くない?
窓の外を見ると、二つの太陽がのんきに空へ浮かんでいた。
やたらまぶしい。むかつくくらい、まぶしい。
でも、そのまぶしさをちゃんと感じられるのが、少し嬉しかった。
──生きてる。
それだけは、確かだった。
ただし。
前と同じ“わたし”かどうかは、まだちょっと怪しい。




