↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/107

105、届かなかった追跡




 荷車が動き出してから、どれくらい経ったのか。


 わたしには分からなかった。


 ただ、窓の外を見ていると、遠くの路地を曲がっていった荷車の影が、いつまでも頭から離れなかった。


 アリアさんの走り書きには、「追う」とだけ書かれている。


 だからこそ、わたしは待つしかなかった。


「……本当に待つの?」


 窓辺から振り返ると、統(すばる)はベッドの端に腰掛けたまま、こちらを見ていた。


「待つ」


「わたしなら追いつけるかもしれないよ」


「追いついて、どうする」


「……」


 返事に詰まった。


 統はそれを見て、淡々と続ける。


「荷車を止めるか。中身を見るか。開けて、子どもが出てきたら、お前はその場で全員を倒すか」


「ぐっ……」


「仮に倒せたとしても、逃げた連中は翌朝には別の顔で動く。証拠がなければ、衛兵は我々を捕らえるだろう」


「分かってるわよ」


「なら、待てる」


「それが一番むかつくの」


 思わず唇を尖らせると、統は少しだけ首を傾けた。


「理屈が正しいからか」


「そう。わたしだって、頭では全部分かってるのよ。でも、目の前で荷車が子どもを運んでるかもしれないのに、部屋で座ってろって言われると、納得できない」


「納得する必要はない」


「え?」


「必要なのは、失敗しないことだ」


 その言葉に、わたしは黙った。


 腹が立つ。腹は立つのだけれど、反論できない。


 ここは、わたしが今まで戦ってきた場所とは違う。


 剣を抜いて敵を倒せば終わる場所ではない。正しいことをしているつもりでも、証拠がなければこちらが悪者になる。逆に、相手が明らかに怪しくても、街の制度を味方につけていれば簡単には手を出せない。


 王都という街そのものが、巨大な盾になっている。


「……分かった」


 わたしは窓の外へ視線を戻した。


「今日は待つ」


「それでいい」


「でも、明日は動くからね」


「知っている」


「そこは止めないんだ」


「止めても行くだろう」


「まあね」


 思わず笑うと、統もそれ以上は何も言わなかった。


 しばらくして、遠くで鐘が鳴った。


 夜が少しずつ薄くなっていた。


 やがて空が白み始めたころ、廊下から足音が聞こえてきた。


 少し急いでいる。


 わたしが扉を見ると、統も同時に顔を上げた。


 次の瞬間、控えめなノックが響いた。


「入って」


 扉が開き、アリアさんが入ってきた。


 その後ろにはノッピーニオさんもいる。


 さすがに疲れているらしく、アリアさんの髪は少し乱れ、ノッピーニオさんの目の下には薄い隈が浮かんでいた。


「……おかえり」


 わたしが声をかけると、アリアさんは椅子を引きながら苦笑した。


「ただいま。残念だけど、手ぶらよ」


「追いつけなかった?」


「追いついたわ。正確には、見失った」


 アリアさんは腰を下ろし、深く息を吐いた。


「荷車は北へ向かった。途中で木戸を二度越えてる」


「木戸を?」


「ええ。どちらも深夜の通行許可が出ていたわ」


 わたしは思わず統を見た。


 統は何も言わない。


 ただ、こちらの視線にも反応せず、アリアさんの話を聞いている。


「許可証は本物だったの?」


「そこが一番嫌なところね」


 アリアさんの代わりに、ノッピーニオさんが紙を一枚、机の上へ置いた。


 そこには、昨夜の記録が細かく書き込まれている。


 荷車の大きさ。


 幌の形。


 護衛の人数。


 木戸を通過した時刻。


 そして、遠目から確認したという許可証の印章。


「本物だった」


 ノッピーニオさんが短く言った。


「少なくとも、衛兵が偽物として扱うものではない」


「じゃあ、どこまで行ったの?」


「北神殿に近い街区まで」


 アリアさんが答えた。


「そこから先は衛兵の数が増えた。深夜に二人だけで追えば、こちらの方が目立つ。だから、そこで切ったわ」


「北神殿……」


 その名前を口にした瞬間、昨日見た白い布が頭に浮かんだ。


 ベルロウさんが、少し嫌そうに耳を動かす。


「あー、月の姉神メンバメイのところか」


「ええ」


 アリアさんは頷いた。


「王都でも一番古い神殿よ」


 それだけで、部屋の空気が少し重くなった。


 わたしはもう一度、統を見る。

 今度は、統もこちらを見た。ほんの一瞬だけだった。


 けれど、その目がわずかに細くなったのを、わたしは見逃さなかった。


 まるで、初めて聞いた話ではないような顔だった。




 朝食の時間になっても、空気は軽くならなかった。


 パンを切りながら、わたしはノッピーニオさんのメモを覗き込む。


 昨夜の荷車について、かなり細かく記録されている。


「護衛は四人」


 ノッピーニオさんが言った。


「荷車一台。馬二頭。木箱は少なくとも六つ」


「中身までは分からなかった?」


「そこまでは見えない」


 そこでノッピーニオさんが、紙の端を指で押さえた。


「ただ、印章が気になる」


 書き留められていた印章の形を見る。


 円形の中に、いくつかの線が重なっている。


「衛兵所のものではなかった」


「じゃあ何?」


「神殿の印章に似ている」


 誰もすぐには言葉を返さなかった。


 アリアさんが、静かに紙を取り上げる。


「深夜の通行許可を神殿経由で発行できる人間がいる、と考えた方がいいわね」


「神殿が白布に便宜を図ってるの?」


「神殿全体が、とは限らないわ」


 アリアさんは首を振った。


「中にいる誰かかもしれない。あるいは、神殿と別の組織が繋がっているのかもしれない。まだ断定はできない」


 ベルロウさんがパンをかじりながら、ぼそっと呟いた。


「臭い話が、本格的に臭くなってきたな」


「それ、分かりやすいけど嫌な表現ね」


「実際そうだろ」


 反論できない。


 ここまで来ると、もう平民街の慈善団体を調べている、というだけでは済まない。

 街の制度に入り込み、神殿にまで手を伸ばしている。


 白布の向こう側には、もっと大きな何かがある。

 そう考えた方が自然だった。


 アリアさんが、ふと思い出したように言った。


「それと、今日、私は向こうに連絡を取るわ」


「向こう?」


 わたしが聞き返すと、アリアさんは一瞬だけ間を置いた。


「依頼主よ。ここまで大きくなった話を、私の一存で抱えるわけにはいかないから」


「……監査院ってところ?」


「まあ、そういうことで」


 妙に歯切れが悪い。


 けれど、わたしはそれ以上追及しなかった。


 まだ、アリアさんが何を隠しているのか、全部分かっているわけではない。

 ただ、少なくとも味方ではある。そう思っていた。


 向かいに座っていた統が、杯を持ち上げる。

 その手が、ほんの一瞬だけ止まった。


 けれど、誰もそれには気づかなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。