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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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106、名前のある行方不明




 午前中、わたしとベルロウさんは再び平民街へ出た。


 昨日と同じように、買い物のついでを装って歩く。

 ただし今日は、目的がひとつ増えていた。

 昨日の掲示板に出ていた行方不明者について、続報を拾うこと。


 共同井戸の近くまで来ると、昨日のおばちゃんたちが何人か集まっていた。

 洗濯物を片付けながら、声を潜めて話している。


「またいなくなったって?」

「昨日の夕方だってさ」

「今度は誰?」

「ルカだよ。仕立て屋の見習い」


 その名前に、わたしの足が止まった。

 ベルロウさんも、自然な動作で立ち止まる。


「十四歳の男の子だって」

「仕立て屋で働いてた子だよ。よく働く子だったのにねえ」

「夜に届け物があるって出て、それきりらしい」

「また衛兵に?」

「行ったってさ。店の女主人が、泣きそうな顔で駆け込んでた」


 昨日までなら、ただの噂だった。

 でも今日は違った。


 ルカ。

 十四歳。

 仕立て屋の見習い。


 ちゃんと名前があって、働いていた場所があって、帰りを待っている人がいる。

 急に、その事件が近くなった気がした。


 ベルロウさんが、何気ない調子でおばちゃんたちに声をかける。


「ルカって子、どこの仕立て屋だ?」


「あんた、知らないのかい?」


「昨日来たばっかなんだよ」


「それなら――」


 おばちゃんは仕立て屋の場所を教えてくれた。


 ベルロウさんは礼を言い、わたしを促して歩き出す。


「行くぞ」


「うん」


 今度の「うん」は、昨日までとは違った。


 わたし自身が、何をしに行くのか分かっている。




 仕立て屋は、共同井戸から少し離れた通りにあった。

 店先には色とりどりの布が並んでいたが、店の中は妙に静かだった。


 ベルロウさんが扉を開ける。


「すみませーん」


 しばらくして、奥から四十代くらいの女性が出てきた。

 目元が赤い。

 昨日からずっと泣いていたのかもしれない。


「何か?」


「ルカって子のことで聞きたいんだけど」


 女性の顔が強張った。


「あなたたちは……」


「旅の者だよ。昨日、平民街で行方不明者の掲示を見てな。あーしらも少し探してる」


 完全な嘘ではない。

 女性は警戒しながらも、追い返そうとはしなかった。


「……あの子は、うちで一番よく働いてくれたんです」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸が少し痛んだ。


「昨日も、いつも通り仕事をしていました。夕方になって、急に届け物があると言って出ていったんです」


「届け先は?」


「それが分からないんです」


「何を届けるって?」


「布の包みを持っていました。小さな包みです」


 ベルロウさんが少し考えてから尋ねる。


「最近、ルカは変わった様子じゃなかったか?」


 女性は俯いた。


「……少しだけ」


「どんな?」


「夜の祈り会、というものに行っていたみたいです」


 わたしの背中に、冷たいものが走った。


「白い布の?」


 思わず口を挟むと、女性がこちらを見る。


「ええ。そう呼んでいました」


「札を持っていた、とか?」


「……はい」


 女性は、ためらいながら頷いた。


「白い札です。あの子は、それを大事そうに持っていました」


 ――白い札。

 わたしとベルロウさんは思わず顔を見合わせた。


「どこでもらったかは?」


「聞いても答えませんでした」


 女性は、少しだけ声を震わせる。


「でも、あの子が悪いことをしていたなんて、私は思ってません。あそこは、困っている人に食べ物をくれる場所でしょう?」


「……そうですね」


 わたしは答えるしかなかった。


 本当に、そうなのだ。


 粥を配っている。身寄りのない子どもを保護している。困っている人間に手を差し伸べている。

 だからこそ、誰も簡単には疑えない。


 そして、その中にルカのような子どもがいる。


 わたしは店を出る前に、もう一度だけ女性を見た。


「ルカくん、見つけます」


 女性が顔を上げる。


 自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からない。

 けれど、言わずにはいられなかった。


「……お願いします」


 女性の声が、ほんの少しだけ震えた。


 わたしたちは店を出た。


 扉が閉まったあと、ベルロウさんがしばらく黙って歩いていた。


「……ドレミ」


「なに?」


「ひとつ聞いていいか」


「どうぞ」


「あの女に『特別』って言われた時、お前、嬉しかったか?」


 予想していなかった質問だった。


「……嬉しくないよ」


「そうか」


「なんで?」


「顔が、ちょっと揺れた」


 わたしは思わず黙った。


 ベルロウさんは、こちらを見ないまま歩いている。


「揺れたのは、そういう意味じゃない」


「分かってる」


「じゃあ何?」


 しばらく考えてから、わたしは言った。


「……自分が普通じゃないって、向こうの口から言われたから」


 ベルロウさんが少しだけ歩調を緩める。


「それが、怖かった」


「怖い?」


「うん。だって、自分でもずっと考えてたことだから」


 わたしは自分の手を見た。


「わたし、こっちに来てから、ずっと自分が何者なのか分からないままなの。普通の人間なのか、それとも違う何かなのか。記憶だって変だし、身体も変だし、魔力のことだって普通じゃない」


 言葉にすると、思った以上に重かった。


「だから、あの女に言われた時、嫌だったのに……どこかで『やっぱりそうなんだ』って思っちゃった」


 ベルロウさんは、しばらく何も言わなかった。


 やがて、前を向いたまま口を開く。


「あーしは、獣人に生まれた」


「うん」


「生まれた時から、普通じゃない側だった」


 ベルロウさんの耳が風に揺れた。


「だから、お前が言ってる『認められる怖さ』ってのは、あーしにはたぶん分からねえ」


「……うん」


「でもな」


 そこでベルロウさんが、こちらを見る。


「誰かに名前をつけられても、お前の名乗る名前は、お前が決めりゃいい」


 胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「『ドレミ』でいいなら、『ドレミ』だ。あーしらはそう呼んでる」


 わたしはすぐには答えられなかった。


 しばらく歩いてから、ようやく小さく笑う。


「……ありがと」


「礼なんかいらねえよ」


「でも、嬉しかった」


「そうか」


 ベルロウさんは、それだけ言った。


 それ以上は何も説明しなかった。




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