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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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104、第三の目




 午後になって、わたしたちは集会所から少し離れた茶店に入った。


 わたしが買った果物を食べながら、今日聞いた話を頭の中で整理していると、向かいに座ったベルロウさんが突然、顔を上げた。


「ドレミ」


「なに?」


「こっちを見てる奴がいる」


 わたしは反射的に集会所の方を見そうになった。


 ベルロウさんが目だけで止める。


「見るな」


「……白布?」


「違う」


 ベルロウさんの耳が、わずかに動いた。


「こっちは、もっと上手い」


「もっと上手い?」


「ああ。あーしらを見てることを、見せないようにしてる」


 わたしは、なるべく自然に周囲を見渡した。


 通りの向こうには露店が並び、人が行き交っている。


 その中に、一人だけ妙に気になる男がいた。商人風の服装で、露店の商品を眺めている。

 けれど、手に取った商品を買う気配がない。


 ほんの一瞬、男と目が合った。


 男は何事もなかったように、別の商品へ手を伸ばした。


「……あの人?」


「たぶんな」


「白布じゃないね」


「だから厄介なんだよ」


 ベルロウさんは、りんごを齧った。


「あーしら、二種類に見られてる」


「二種類?」


「あっちの白布と、こっちの誰かだ」


「誰かって、誰の誰よ」


「そこまでは分からねえ」


 ベルロウさんの顔に、いつもの冗談めかした表情はなかった。


「でも、あーしらが集会所を見てることは、もう完全にバレてる」


 胸の奥が、少し冷たくなった。


 今までわたしたちは、見ている側だと思っていた。

 でも違う。わたしたちが何かを探しているのと同じように、向こうもこちらを見ている。


 その事実が、ようやく実感として落ちてきた。





 夕方、宿の食堂奥に五人が集まった。


 テーブルの上には、ノッピーニオさんの帳面、アリアさんが集めてきた噂、そしてわたしたちが聞いた話が並んでいる。


 ノッピーニオさんの記録を聞いた時、わたしは思わず眉を寄せた。


「……入る数と、出る数が合わない?」


「そう」


 アリアさんが頷いた。


「子どもが数人ずつ入っていく。でも、出てくる人数は、それより少ない」


「どこへ行ったの?」


「それは、まだ分からない」


 ノッピーニオさんが帳面を閉じた。


「ただし、見間違いではありません」


 その言い方には、妙な説得力があった。


 ベルロウさんが腕を組む。


「それに夜の出入りだ。木戸が閉まってる時間に、あそこだけ人が動いてる」


「つまり、表から見える慈善活動の裏側に、別の動きがある」


 アリアさんが整理するように言った。


「炊き出し。子どもの保護。信徒の集まり。そこまでは表に出しても問題ない活動。でも、その裏で夜間の出入りと荷物の搬入がある」


「そして、第三の監視者」


 ベルロウさんが付け加える。


 アリアさんの表情が少し変わった。


「白布を見ているのか、私たちを見ているのか……」


「両方かもな」


 ベルロウさんが答えた。


 アリアさんは何か言いかけた。


「可能性としては――」


 けれど、その先は口にしなかった。


 視線だけがノッピーニオさんへ向く。


 ノッピーニオさんも、ほんの少し目を上げた。


 わたしには、それだけで何かが伝わったように思えた。


 たぶん、わたしにはまだ知らなくていい話なのだ。


 その時、統(すばる)が静かに口を開いた。


「あの家の地下は、古い水路に繋がっている」


 全員が統を見た。


「……それ、かなりやばい情報じゃない?」


「だから、言うタイミングを計っていた」


 ベルロウさんが呆れたように笑う。


「お前、その『計ってた』の頻度、最近高くねえか?」


「必要な情報だった」


「いや、そういうところだよ」


 統は気にした様子もなかった。


 わたしは地図に目を落とした。


 集会所。


 神殿。


 王城。


 地下を走る古い水路。


 今日一日で、点だった情報が少しずつ線になり始めている。


 けれど、その線がどこへ繋がっているのかは、まだ見えない。





「明日も基本は見張りを続ける」


 アリアさんが地図を畳みながら言った。


「ただ、今夜は少し動きが変わってる。夕方から出入りの間隔が妙に短くなってるの」


「今夜、何かある?」


「可能性はある」


「じゃあ、わたしも――」


「休んで」


 アリアさんに先回りされた。


「え」


「今日はかなり歩いたでしょう。明日はまた動いてもらう。だから今夜は休んで」


「でも……」


 反発しかけたところで、統が言った。


「休め」


「統まで……」


「明日動けないお前は、役に立たない」


「なにそれ!」


「事実だ」


「もういいよ。それも」


 ベルロウさんが笑った。


「あーしらの世界じゃ、疲れてる奴を休ませるのも作戦なんだぞ」


「……それを先に言ってよ」


「言ったら素直に休むのか?」


「たぶん」


「じゃあ言わねえ」


「なんでよ!」


 結局、わたしは渋々引き下がった。


 今夜はアリアさんとノッピーニオさんが夜間の観察を担当するらしい。


「何かあったら呼んで」


 統が言った。


「どうやって?」


「聞こえるようにしておく」


「えっ」


 わたしは思わず顔を上げた。


「それ、どういう意味?」


「説明はしない」


「だーかーらー!」


 統はもう話を終えた顔をしていた。


 最近、本当に説明しないことが増えている。





 部屋に戻ってから、わたしはベッドに横になった。

 疲れているはずなのに、なかなか眠れなかった。


 目を閉じると、昨日の少女の顔が浮かぶ。

 白布の女が言った言葉も消えない。


 ――血の中に、古いものを感じる方。


 そして今日聞いた、子どもたちの出入りの数。入った数と、出た数が合わない。


「ねえ、統」


「なんだ」


「……あの子たち、どこに運ばれてるんだと思う?」


 少しだけ間があった。


「分からない」


「うん」


「だが、良い方には考えにくい」


 やっぱり、そうだよね。

 わたしは天井を見上げた。


「だったら、早く動いた方がいいんじゃない?」


「急ぐな」


「でも」


「急いで失敗すれば、次の子が同じ場所に入る」


 その言葉には、珍しく感情が混じっていた。――ほんのわずかだけれど。


「……それ、あんたらしい励ましとしては、かなり高度ね」


「励ましてはいない」


「うん。知ってる」


 統は黙った。


 わたしも、それ以上は言わなかった。


 しばらくして、統が窓の方へ目を向けた。


「……」


「なに?」


「いや」


「また『いや』?」


「寝ろ」


「うわ、今日いちばん有無を言わせない」


 統は返事をしなかった。


 わたしは枕に顔を埋めた。


 眠れないと思っていたのに、いつの間にか意識が薄れていった。





 どれくらい経ったのかは分からない。

 ふいに、遠くで何かが軋む音がした。


 ――ぎい。


 わたしは目を開けた。


 部屋はすっかり暗くなっていた。窓の外には街灯がいくつか灯っていて、その明かりが石畳をぼんやり照らしている。


 何気なく窓の向こうへ目をやって、わたしは息を止めた。


 通りの向こうに、人影がある。


 三人。


 白い布をまとっている。


 その後ろには、大きな荷車が続いていた。木箱がいくつも積まれている。


 こんな時間に?


 わたしが身を起こすと、隣では統もすでに起きていた。


「……荷車」


「ああ」


 統は窓の外を見たまま答えた。


「アリアたちが先に気づいているはずだ」


 その言葉を裏付けるように、隣の部屋から小さな音がした。


 ――コン、コン、コン。


 規則正しい、短いノック。


 ベルロウさんだ。


 わたしと統が部屋を出ると、廊下には誰もいなかった。


 ただ、床に一枚の紙が置かれている。


 拾い上げると、アリアさんの字で短く書かれていた。


 荷車が動いた。追う。お前たちは待機。――アリア


「……待機、ね」


「待機だ」


「分かってる」


 わたしは紙を強く握りしめたまま、窓の外を見下ろした。


 角を曲がり、闇の奥へと消えていく白い布と荷車。


 昼間、わたし達はあの集会所を見張っていた。だが向こうもまた、わたし達の動きを見極め、この闇に乗じて動き出したのだ。


 この街の夜は、わたしが眠っている間にも容赦なく進んでいく。


 その渦中に飛び込むためには――もう、後戻りはできない。




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