103、見張る側、見られる側
朝食の席で、アリアさんは昨日より少し早く口を開いた。
「昨日の件を、もう一度整理するわ」
わたしは焼きたてのパンをちぎりながら、顔を上げた。
食堂の奥には、わたしたち五人が集まっている。
アリアさん。
ベルロウさん。
ノッピーニオさん。
統。
そして、わたし。
昨日までは、ただの旅仲間だったはずなのに、今朝の空気は、なんだか小さな調査隊の作戦会議みたいだった。
「まず、単独行動は禁止。ドレミはベルロウと組む。危険と判断した場合は、必ずスバルの判断を仰ぐこと」
「はい」
「それから、今日の目的は集会所の内情を探ることじゃない。外側を見る」
「外側?」
「位置、出入りする人数、時間帯、運び込まれる荷物。あとは近所の人たちが、あそこをどう見ているか」
アリアさんが指を一本ずつ折っていく。
「建物の中には入らない。信徒にも深入りしない。こちらから接触する必要もない。まずは、向こうが普段どう動いているのかを知る」
「なるほど」
昨日、白布の女性に声をかけられたことを思い出す。
あちらから接触してきた以上、今日はこっちから不用意に動く必要はない。
「ノッピーニオは、向かいの宿から定点観察」
ノッピーニオさんが、黙って一度だけ頷いた。
「半日くらい同じ場所から見てもらう。人の出入りを数えて。可能なら、荷物の種類も」
再び頷く。
「統は?」
「私は街の魔力線を見る」
「またそれ?」
「集会所そのものだけでなく、周囲の地下構造も確認する。昨日の時点で、いくつか気になる流れがあった」
「……それ、最初から言ってくれてもよかったんじゃない?」
「必要がなかった」
「必要、昨日からあったと思うんだけど」
「今日はある」
「どういう基準なのよ」
統は答えなかった。
アリアさんが苦笑する。
「スバルはスバルでいいわ。あなたが理解しようとすると話が長くなるから」
「ひどい」
「私は別ルートから噂を集める。昨日の話を聞いて、いくつか当たってみたいところがあるの」
つまり。
七色+ベルロウ。
ノッピーニオ。
統。
アリア。
四方向から同じものを見る。
「……わたしたち、めちゃくちゃ組織的になってない?」
思わず呟くと、ベルロウさんがパンを齧りながら鼻を鳴らした。
「あーしら、元々ちゃんと動く連中だぞ」
「へえ」
「その『へえ』なんだよ」
「いや、なんか意外で」
「失礼だな、お前」
ベルロウさんが尻尾を揺らす。
「こっちは旅の途中でも、危険な街に入ったら役割分担くらいするんだよ」
「そうだったっけ?」
「お前が覚えてねえだけだ」
「……そうだったの?」
「知らん」
「どっちなのよ」
アリアさんが笑った。
その横で、統が椅子から立ち上がる。
「私は先に出る」
「え、もう?」
「人の流れが変わる前に見ておきたい」
統はそのまま食堂を出ようとした。
わたしは慌てて声をかける。
「ちょっと待って。昨日、わたしの動きに合わせるって言ってたじゃない」
「言った」
「じゃあ今日は一緒に動くんじゃ?」
「同行するとは言っていない」
「……屁理屈じゃない?」
「違う」
統は振り返った。
「合わせるだけだ」
「それ、一緒に動くのとどう違うのよ」
「必要な場所に必要な時にいる」
「余計分からない」
統は少しだけ考えた。
「気配、半分を忘れるな」
「うん」
「忘れるな」
「二回言わないでよ」
「事実の重要度が高い」
「雑!」
ベルロウさんが吹き出した。
「ははっ。朝からいいな、お前ら」
「よくない!」
統はそれ以上何も言わず、食堂を出ていった。
わたしはその背中を見送りながら、なんとなく思った。
昨日までなら、統はわたしの前を歩いていた。
今日は違う。
姿が見えなくても、たぶん、どこかでわたしの動きを見ている。
それが妙に心強くて、同時に、少しだけ緊張した。
集会所の場所は、昨日の情報を合わせると、意外なほど早く絞り込めた。
平民街の北東寄り。
大通りから少し外れた場所に、その建物はあった。
以前は小さな宿だったらしい。今は白い壁がきれいに塗り直され、入口には木製の看板が掛かっている。
そこには、柔らかな字体で「集いの家」と書かれていた。
玄関脇には小さな奉仕箱が置かれ、子どもが座れるくらいの低いベンチまである。
開け放たれた窓からは、朝粥の匂いが流れてきた。
わたしは思わず足を緩めた。
「……本当に、良いこともしてるんだ」
「ああ」
ベルロウさんは、少し離れたところから建物を眺めている。
「だから厄介なんだよ」
「どうして?」
「悪いことしかしてねえ組織なら、話は簡単だ。誰かが証拠を掴んで、潰せばいい」
ベルロウさんは、顎をわずかに上げた。
「でも、ここは違う。腹を空かせた奴に飯を食わせて、身寄りのない子どもを引き取って、病人の面倒まで見てる。助かった人間が実際にいるなら、そいつらにとっちゃ善人だ」
「……だから、簡単には悪者にできない」
「そういうことだ」
わたしはもう一度、集会所を見た。
入口から出てきた女性が、近所の老人に笑顔で挨拶をしている。
その光景だけを見れば、本当に感じのいい施設だった。
だからこそ、昨日の少女の顔が頭から離れなかった。
わたしとベルロウさんは、集会所を直接見張っているようには見えないよう、少し離れた通りを歩いていた。
「りんご買う?」
「買う」
「即答なんだ」
「朝から歩いてるからな」
ベルロウさんは露店で果物を二つ買い、そのまま店主と世間話を始めた。
わたしは隣で笑っているだけ。
こういう時、ベルロウさんは妙に自然だった。
「そういや、あそこの『集いの家』って、いつからあったんだ?」
「ああ、あそこかい?」
店主は気軽に答えた。
「去年くらいじゃなかったかね。前は宿だったんだよ」
「評判いいみたいだな」
「そりゃそうさ。朝飯を食わせてくれるんだから」
「子どももいるよな」
「身寄りのない子を預かってるんだってさ。うちの隣の子も世話になってるよ」
「へえ」
ベルロウさんは、それ以上深く聞かなかった。
果物を受け取って歩き出す。
少し進んでから、わたしが小声で尋ねた。
「どうだった?」
「嘘はついてねえな」
「分かるの?」
「匂いと声でだいたいな」
「便利ね、それ」
「便利で済ませんな。あーしの仕事だ」
「はいはい」
少し先で、今度は洗濯物を干している女性に声をかけた。
こちらも、最初に出てきた話は同じだった。
粥をくれる。
子どもの面倒を見てくれる。
困った時には助けてくれる。
けれど、話が少し深くなったところで、女性の声が小さくなった。
「ただね……最近、夜にも人が出入りしてるらしいよ」
「夜に?」
ベルロウさんが聞き返す。
「この辺、夜は木戸が閉まるだろ?」
「そうなんだけどね」
女性は周囲を気にするように辺りを見た。
「たまに、あそこの人たちだけは出ていくんだって」
「許可を持ってるとか?」
「さあ。そこまでは知らないよ」
女性は肩をすくめた。
「ただ、近所じゃ怪しいって話になってる」
その場を離れてから、わたしはベルロウさんに言った。
「夜に動けるってことは、どこかと繋がってるってことだよね」
「そういうことだ」
「衛兵か、神殿か、それとももっと上か」
「そこまではまだ分からねえ」
ベルロウさんは、集会所の方へちらりと目を向けた。
「だから、今日のところは見るだけだ」
***
side ノッピーニオ
向かいの宿の二階。
窓際の席に座ったノッピーニオは、朝からほとんど動かなかった。
正確には、動いていないように見えるだけだった。
朝のうちは、集会所から出てくる人間の数を記録した。
粥を求めてやってくるのは、貧しい家族が多い。老人もいる。怪我をした男もいた。
昼になると、今度は白布をまとった信徒が集まり始めた。
数人ずつ時間をずらして入り、一定の時間が経つと出ていく。
その間にも、何人かの子どもが建物の中へ入っていった。
午後になると、子どもたちが何人か外へ出てきた。
ただし、ノッピーニオが記録した人数は、入った人数より少なかった。
最初は数え間違いかと思った。しかし、同じことが二度、三度と続いた。
夕方には、大きな木箱を積んだ荷車が集会所の裏手へ入っていった。
箱は運び出されたのではない。運び込まれた。
夜になると、白布をまとった年配の男が二度、建物を出入りした。
二度目に出てきた時、男は神殿のある方角へ歩いていった。
ノッピーニオは最後に、帳面へ一行だけ書き加えた。
入る人数と、出る人数が合わない。
***
side 統
その頃、統は街の別の場所にいた。
統は集会所そのものを見張る代わりに、王都の地下を走る魔力の流れを追っていた。
古い街には、建物だけでなく魔力の通り道にも歴史が残る。
新しい建物の下に古い基礎があり、そのさらに下に、以前の街の構造が眠っている。
統は集会所の周囲を一周したところで、足を止めた。
魔力の流れが、地面の下でわずかに歪んでいる。
そこから辿っていくと、集会所の地下には、古い水路跡へ続く空間があった。
さらにその水路は、王都の地下構造の一部と繋がっている。
王城方面へ伸びる古い系統と、どこかで接続している可能性もあった。
統はしばらくそこを確認したあと、それ以上は追わなかった。
分かったことを、すぐ誰かに伝える必要はない。
今の段階で七色に話せば、あいつは間違いなく動く。
そして、あいつが動けば、向こうも動く。
統は地面を一度見てから、何事もなかったように歩き出した。
繋がっている。
だが、まだ言わない。




