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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第七章 王都への道編

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102、成長する『血』




 三人が去ったあともしばらく、わたしは動けなかった。


 ベルロウさんが、横から軽く肘で小突いてくる。


「ドレミ」


「……なに?」


「こっち向け」


 わたしは無理やり視線を戻した。


「お前、絶対あの集まりに行きたがってる顔してる」


 ぐ、と詰まった。


「顔に出てた?」


「お前、顔に出やすいよ。役者やってたって言ってたくせにな」


「役と素は別なのよ」


「役の時は、あーしも騙されるよ。素の時はなあ」


 ベルロウさんは、ふっと息を吐いた。


「あの女、たしかにあーしの鼻も嫌いだった」


「うん」


「上手いやり方だ。怒鳴らねえ。掴まねえ。札も無理やり押しつけねえ。ただ、引っかかったやつには、ちゃんと『覚えていてくれ』って空気だけ残して帰る」


「……そうなんだよね」


「あーしらが今ここで暴れたら、王都で通り名がつくぜ」


「それは分かる」


 わたしは深く息を吐いた。


「分かってるんだけど……」


「ん?」


「あの子の顔、放っておけないなっと思って」


「だろうな」


 ベルロウさんは、それ以上は止めなかった。止めないことが、ベルロウさんなりの「だろうな」なのだと思う。


「だからこそ、ドレミ」


「なに?」


「お前、一人で動くなよ」


「分かった」


「アリアとスバルに、ちゃんと相談しろ」


「了解」


「あーしもいる」


「うん」


「忘れんなよ、子守係を」


「失礼ね」


 ベルロウさんが、にっと笑った。


 わたしも、なんとか笑い返した。


 胸の中には、まだぞわぞわしたものが残っていた。


 あの少女の振り返った目。

 あの女性の品のある言葉遣い。

 そして、「血の中に、古いものを感じる方」という言葉。


 全部が、嫌な組み合わせで頭に残っている。




 その頃、わたしたちがいた場所から少し北の通りでは、統もまた、別のものに出会っていた。


 わたしがあとで聞いた話をつなぎ合わせると、統は王都の魔力線を確認するため、一人で歩いていたらしい。


 王城を中心に、東西南北の塔へ向かう線。

 その一部が、地上だけではなく地下へ向かっている。


 統がそのことを確かめていた途中、ある神殿の脇道で、白い装束の老人とすれ違った。


 老司祭らしい。


 杖を突いていて、目はもうほとんど見えていないようだった。


 ところが、老人は統の前で足を止めた。見えていないはずなのに。

 老人はしばらく黙ったあと、ごく軽く頭を下げた。


 驚いている様子もなかった。

 怖がっているようにも見えない。


 ただ、まるで――昔から知っているものに、久しぶりに出会ったような仕草だった。


「……久しぶりに、こういうものを見たな」


 老人は、それだけ言った。


 統も何も答えず、軽く頭を下げ返した。


 そのまま、二人は別々の方向へ歩いていった。


 振り返らなかった、と統はあとで言った。


 そして、その時に何を感じたのかについても、統は多くを語らなかった。


 ただ、一つだけ。


「この街には、私を知っている側の人間がいる」


 そう言った。


 それ以上は、何も教えてくれなかった。




 わたしたちは予定より早く宿へ戻った。


 ベルロウさんが「これ以上歩いても、今日は意味がない」と判断したのと、わたし自身、足が少し重くなっていたのと、その両方が理由だった。


 食堂奥のテーブルには、すでにアリアさんとノッピーニオさんがいる。


 わたしの顔を見るなり、アリアさんは茶器に伸ばしかけた手を止めた。


「どうした?」


「ドレミ、向こうに当てられた」


 ベルロウさんが先に答えた。


「丁寧に、ちゃんと品定めされたよ」


 アリアさんの目が、ほんの少し細くなる。


 わたしは、できるだけ落ち着いた声で順番に話した。


 路地裏で少女に会ったこと。

 パンと果物を渡したこと。

 白布の女性が現れ、「保護している」と言ったこと。


 話し終えると、アリアさんはしばらく黙っていた。


 茶器の縁を指で二度叩いてから、ゆっくり息を吐く。


「……向こうから、もう仕掛けに来てるわね」


「勧誘? それとも目印?」


「両方よ」


 アリアさんは、わたしをまっすぐ見た。


「誘いと品定めを、同時にやってる」


「うわ、嫌な手口」


「上手な手口でもあるわ。慣れてる」


「経験のある組織ってこと?」


「少なくとも、王都で一日二日やってる連中の手際じゃないわ」


 ノッピーニオさんが無言でメモに何かを書き足した。


 わたしには内容までは見えない。


 でも、ベルロウさんが今日の道すがら拾ってきた情報も、わたしが見た看板の内容も、白布の女性の言葉も、彼の中ではすでに整理され始めているのだと思う。


 たぶん、わたしよりずっと正確に、今日一日のことを覚えている。


「明日の動きなんだけど」


 アリアさんが、いったん言葉を切った。


「もう少し外側から情報を集める。集会所の場所と、出入りする人数、それから時間帯」


「分かった」


「外から見える範囲だけよ。内側には、まだ踏み込ませない」


「……アリアさん」


「ん?」


「わたし、行く」


 自分でも驚くくらい、迷いなく言っていた。


 アリアさんが、ほんの少しだけ目を瞠る。


「危ないわよ」


「行きたいの」


「理由は?」


「あの子を放っておけない」


 言いながら、頭の中には別の理由も浮かんでいた。


 あの女性の言葉。


 「血の中に、古いものを感じる方」。


 あれは、たぶん偶然ではない。

 たまたまわたしを捕まえて、適当なことを言ったわけではないのだと思う。


 あの言葉は、わたしが今いちばん、自分でも怖いと思っている部分に、まっすぐ手を伸ばしてきた。

 そんな連中が、何の準備もなく王都を歩いているとは思えない。


 だったら、こちらも準備する側に回らなければいけない。


「あの子を放っておいたら、たぶん次の子が同じ目に遭う」


「……ええ」


「だから、一度ちゃんと近くまで行って見たい」


 アリアさんは、しばらく黙っていた。


 ベルロウさんが横から軽い声で言う。


「ま、こいつ、言い出したら聞かねえぞ」


「知ってる」


 アリアさんが少し笑った。


「分かった。ただし、条件をつける」


「なに?」


「一人で動かない」


「分かった」


「スバルと完全に連携を取る」


「了解」


「危険判定は、最後にスバルが出す。前にあなたたちと約束した通りよ」


「……分かった」


 今度は、はっきり頷いた。


 ベルロウさんも、ノッピーニオさんも無言で頷く。


 ノッピーニオさんがいつ頷いたのか、たぶん他の人には分からなかったと思う。

 でも、わたしには分かった。


 今日の彼は、いつもより少しだけ視線が忙しい。


 たぶん、何かをずっと自分の中で組み立てている人の動きだった。


 夜、部屋へ戻った。


 窓の外では、街灯がぽつぽつと灯っている。


 遠くから、また祈祷の声が薄く聞こえてきた。


 統は、もう部屋に戻っていた。


 わたしの顔を見ると、何かを察したようだった。


 わたしはベッドに腰掛け、今日あったことを順番に話した。白布の女性に言われたことまで、すべて。


 統は、いつもより長く黙って聞いていた。

 普段なら、途中で何度か「事実か」とか「いつだ」とか確認してくるのに、今日は最後まで遮らなかった。


 話し終えると、統は短く言った。


「お前、踏み込む側になることに、もう抵抗がないな」


「……あるよ」


 わたしは少し笑った。


「怖いし、できれば関わりたくないと思ってる」


「だが、止まりたくはない」


「うん」


 統は、ほんの少しだけ目を細めた。


「変わったな」


「変わった?」


「ボーダーにいた頃のお前なら、迷子の少女がいたら、助けて終わりだった」


「……そうかも」


「今日は、その先まで自分で行こうとした」


「うん」


「悪くない」


 わたしは、ちょっと固まった。褒められた、というには控えめすぎる。

 でも、ちゃんと評価ではあった。


「珍しく褒めるじゃない」


「気のせいだ」


「うわ、即逃げた」


「事実だ」


「最近、その『事実だ』の使い方が雑すぎない?」


「便利だからな」


「またそれ!」


 文句を言いながら、わたしは笑っていた。


 統は、いつもの平坦な声で、最後に一つだけ付け加えた。


「ただし、ひとつ言っておく」


「なに?」


「あちらは、『格上だと思っているもの』を、今、品定めしに来ている」


「うん」


「次に向こうが踏み込んでくる時は、もっと正面からだ」


「……正面から?」


「だから明日は、私もお前の動きに合わせる」


 思わず、統を見る。


「ついて来てくれるの?」


「ついて来る、ではない」


「じゃあ、なに?」


「合わせる」


「ほとんど同じ意味じゃない?」


「違う」


「どう違うの?」


「お前の判断を尊重する側に立つ、という意味だ」


 わたしは、少しだけ口をつぐんだ。


 ああ。


 それは、ボーダーの時にも、ダイスロープの時にもなかった言葉だった。

 あの時の統は、わたしを助ける側だった。

 守る側だった。


 でも今は、少し違う。

 わたしの判断を、信用する側に立つと言っている。


 それだけのことなのに、胸の奥が少しだけ熱くなった。


「……ありがと」


「気のせいだ」


「それは気のせいじゃないでしょ!」


「事実だ」


「あんたほんとに!」


 枕を投げつけたくなったけれど、投げたら絶対に怒られる気がしたのでやめた。


 代わりに、枕を抱きしめる。


 統が灯りを落とす前に、こちらを見ずに言った。


「七色」


「なに?」


「明日も、できるだけ気配を抑えろ」


「分かってる。ふだんの半分でしょ」


「ああ」


「努力する」


「それでいい」


 統は、そこで少しだけ間を置いた。


「だが、今日のお前なら、それ以上を保てる気もする」


「珍しい言い方ね」


「気のせいだ」


「だーかーらー!」


 灯りが落ちた。


 窓の外では、街路の灯りが薄く部屋の天井を撫でている。


 通りは、もうほとんど人の気配がない。


 遠くの祈祷の声と、街区を越える夜の見回り衛兵の足音だけが、静かな夜の中に響いていた。


 わたしは天井を見ながら、今日一日のことを思い返した。


 「あなたなら、扉はいつでも開いておりますから」

 「血の中に、古いものを感じる方」


 もう、知らないふりはできない。

 明日のわたしは、たぶん今日までのわたしとは少し違う場所に立つ。


 ただ目立たないように歩くだけじゃない。自分から見に行くのだ。あの子がいた場所へ、あの白い布の向こう側へ。


 それが正しいことなのかどうかは、まだ分からない。怖くないと言えば嘘になる。


 それでも、もう一度目を閉じてしまうことだけは、したくなかった。




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