31 Oct. 114024「Happy Ending」
(おはよう)
ボクは瞬きで返事をする。
カラハーイは嬉しそうに頷く。
『喋れないのかしら』『バッテリー不足?』
返事をしたいけど、これ以上まぶたを動かすと、夜明けまでバッテリーがもたない。
他に何か、何か動かせるところはないか。
そうだ、アラーム!
ピピッ
ボクの眉間の辺りから、甲高いビープ音が鳴る。
『良かった』『返事してくれた』
カラハーイは、そのまま下へと潜っていった。ボクに繋がっているケーブルの一本から、空のバッテリーを抜きとる。
続けてカチャカチャと音が聞こえてくる。
すると、ボクの体のあちこちに電気が走り、通電していく。頭のアラートが消え、身体中の各機能へ接続できるようになった。
まだ、どこかに新しいバッテリーが残っていたのだろうか。
右手の指がほんの少し動く。しかし、腕は動かない。
やっぱり声も出ない。出せる音はビープ音だけみたいだ。
救難信号は発信できたけれど、古い記憶にはもうアクセスできなくなっている。
ボクはほとんど壊れてしまっていた。
カラハーイが戻ってくる。
『私の』『バッテリーよ』『どう?』『お兄ちゃん』
ピピッ
短いアラームで答える。
『喋れないのね』
ピピッ
カラハーイは、少し残念そうにする。
しかし、どうしてこんな小さなカラハーイが元気に動いているんだろう。しかも、ボクにバッテリーを分けてくれるくらいの余裕がある。
ボクはまぶたを動かす。
カラハーイは小首を傾げ、ボクの目を見つめる。
『どうして私が』『動ける』『不思議でしょ?』
ピピッ
そのとおり。やっぱりカラハーイは、かしこくてかわいい。
『やっぱり』
カラハーイは嬉しそうに手を叩く。
手の鳴る方へ視線を移すと、カラハーイは、どこからかコンパスを引っ張りだした。そんなもの入れてたっけ?
『このコンパス』『南を向いてる』
地球の磁気は弱くなっているから、どこも指すはずがないのに。
でも、このコンパスはちゃんと南を指している。
南だって?
『不思議でしょ』
カラハーイの説明によると、この十万年の間に地磁気が逆転して、カラハーイに搭載された地磁気発電機がフル充電されたらしい。
……そんなことで充電できるのかよく分からないけど、奇跡って、こうやって起きるんだ。
『外、見てみたいね』
ピピッ
そうだね。ボクはカラハーイの呟きに賛同する。
カラハーイがヘルメットの窓を押すと、ガラスはボロボロと意外と簡単に崩れ落ちた。
サファイアガラスや透過樹脂を何重にも重ね合わせた窓は、十万年も耐えて限界を迎えていたようだ。
『氷だわ』
ボクたちは氷の中に閉じ込められていた。あの緑色の泉が凍ったのだろうか。とても透明度の高い、アクリルのような氷。
その透明な氷の向こうに、チラチラと光るものが見える。
(星だ……)
ボクたちは、奇跡的に空を向いて氷漬けになっていた。
これなら、氷越しに夜明けを見届けることができそうだ。
これだけの奇跡が重なったんだ。
あと少しだけ。夜明けを見るまで、奇跡が続いてくれないか。
『キレイな』『星空ね』
カラハーイがボクの頬に寄りかかる。
あんな場所に明るい星あったかな。惑星にしても明るすぎるし。
確かあそこはベテルギウスのあった場所……。そうか、とうとう新星爆発してしまったんだ。だからあんなに明るいのか。
十万年。星が爆発してしまうほどの期間。
地球はどう変わってしまったのか。山や大陸の形も全然違うだろう。コロニーだって、いくつ残っている?
カラハーイがボクの顔を見る。
気付かないうちに、ボクの左眉は少し下がっていた。
『大丈夫よ』
確かに。いろいろと考えても、電力を無駄に消費するだけだ。今できることは、静かに待つことだけ。
お互いに何も語らず、氷越しにキラキラと光る星々をただ眺めていた。
ボクたちがこれまで耐えてきた時間と比べたら、ほんの少しの時間だ。
雲一つない空が、わずかに白み始めた。
『お兄ちゃん!』
この位置からは地平線は見えない。それでも、空の東の方角から少しずつ明るくなってきているのが分かる。
空の黒が、濃紺から藍色に、そして群青へとゆっくり色が変わっていく。
(夜明けだ)
昇ってきた太陽は三日月よりも薄く、ピンと張りつめた弓のような、すぐにでも折れてしまいそうな頼りない細さ。
それでも、充分な熱量を持った光が地表に降り注ぐ。太陽はその力強さを十分に発揮する。
カラハーイ、十万年ぶりに夜が明けるんだ。
太陽は徐々にその姿を現し、空と大地を照らしていく。
空が十万年ぶりに空色に染まる。大地へと日差しを届ける。
暖かい。
太陽の光に、ボクは初めて温度を感じた。
ボクの目に、氷が溶けて水滴が落ちた。
まだ氷が溶けるような気温ではない。その雫も奇跡。
水滴は涙のようにボクの頬を伝って落ち、涙の跡が凍りつく。
これが夜明け。
これが青空。
ボクの願いは叶った。ボクの夢は実現した。ボクの目的は果たされた。




