8 Sep. 14129「遺書。」
8 Sep. 29 -緑の泉-
ボクは再びその緑色に出会えた。
幸運なことに、砂漠に風は吹かなかった。おかげで、緑色の泉は砂に埋もれることなく、ボクを待っていてくれた。
この奇跡は絶対に逃しちゃいけない。
その透き通った緑色の円は、ボクを深く誘う入り口のようだった。
ボクの側で、泉が凍らないよう、僕が水面をかき混ぜてくれている。
「ありがとう」
ボクは僕にお礼を言った。
「うん。でも、早くして」
泉の横で、ボクは潜水服に大量のバッテリーを詰め込む。背中のバックパックから空気ボンベや浮袋を取り出し、空いたスペースにもバッテリーを押し込む。
左腕のライトも外して、バッテリーに入れ替える。
ボクの脚も要らない。もう歩くことはない。両脚を外した。
でも、この木製の義足は一緒に持って行きたい。義足には、すでにバッテリーが入っているから、潜水服の脚の先に押し込む。脚を入れる部分にどんどんバッテリーを詰めていく。
最後にボクとケーブルで繋いで、潜水服を着る。
気象学者とスクーターは、本業のお仕事中。
ボクは黙って出てきた。泉のことも伝えてはいない。
彼らがボクの夢を知ったら、間違いなくボクを止めるだろう。
僕が心配そうな顔をする。
「発電機とかなくても大丈夫?」
「だいじょうぶ」
そう答えたけど、根拠なんてない。
十万年後にやってくるはずの「朝」。ダイソンスフィアから太陽が顔を出す「夜明け」をボクは見るんだ。
十万年後まで動く発電機なんてないし、バッテリーだって、そこまで長い期間もつなんて保証はどこにもない。だけど、ありったけのバッテリーを使って、十万年を過ごす。
ボクは奇跡に賭けるしかない。
潜水服を着込み、ヘルメットを横において、泉の淵に腰掛ける。
カラハーイがひらひらと飛んで、ボクの肩の上に乗る。
「カラハーイ、おねがい」
カラハーイに、ボクの声を録音してもらう。
ボクの遺言になるかもしれない。
……いや、これは遺書。
「みんなにつたえて」
しかし、カラハーイはヘルメットの中に入った。
「こんどはダメだよ」
ボクの遺書を残してくれなきゃ。
カラハーイは首を振る。羽根がしゃらしゃらと鳴る。
「大丈夫。今の言葉は、僕からみんなに伝えるよ」
僕が微笑む。
「カラハーイは、ボクの側に居てあげて。十万年も独りなのは淋しいよ」
「いいのかい?」
「もちろん」
ボクは、タイマーを十万年後の夜明けに設定する。
研究者が計算した「ダイソンスフィアの影から再び太陽が顔を出す日」だ。
計算が間違えているかもしれない。もしかしたら、ダイソンスフィアに彗星なんかが衝突したりして、ズレるかもしれない。
将来の人類が夜明けの日をずらすために、何かするかもしれない。
でも、今のボクに信じられるのは、計算結果だけ。
きっと、夜明けの日までに「新しい僕」や、その後に続く「僕」たちが、地球の環境を修復してくれる。
見違えるような光景が見えるはずだ。
ボクの夢。「この星の夜明けを、自分の目で見届ける」ことを信じて。
見上げると、まん丸な月が辺りをぼんやりと照らし、プラスチックの砂漠は灰色……いや、銀色に輝く。
僕が残った鞄や脚を片付けてくれている。
少し風が出てきた。急がないと。
「ほんとうにありがとう」
僕はボクを見つめて悩む。
「何て言ったら良いんだろう。さよなら……じゃない気がする」
考え込むことなんてないのに。
「いってきます」
ボクがそう言うと、僕は納得したように静かに答える。
「行ってらっしゃい」
ヘルメットを被り、ロックする。
カラハーイが、ボクの頬に体を寄せる。
徐々に泉の水面が凍り始める。
もうボクたちには命綱は必要ない。
トプン
潜水服は泉の底へと向かって沈んで行った。




